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空を満たす何か

もうお開きですってば

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わたしのそんな反応なんて気付かないのか、ミカエルさんの話は続いた。

「ラヴァル達ともそんなに懇意だったわけじゃないんだよ。利害が一致したってだけ。それに嘘の精霊達もどんどん堕落していってたし。」
お酒でも飲んだのか、空のグラスを手に私の反応なんて求めてないかのように訥々と語る。出会ってすぐの頃より饒舌だ。

「むしろ嫌いな部類だよ。特にギルミアなんて最悪だ!だけど、同胞達のために他に取れる方法がなかった。だからいけ好かない奴らの手だって取ったんだ。……人間達は精霊の中でも無垢な者達ばかりを狙って滅ぼしていったから。包丁の奴は別だけど。」
ミカエルさんが少し俯いた。

先程からちょいちょい出てくる包丁の精霊が気になって仕方ない。こんなに嫌われるなんて一体どんな性格だったんだろう。

「ラヴァルさん達とかなり懇意にしていると思っていました。なんで嫌いなんですか?」
包丁の精霊が気になったものの、本題から逸れるのは良くないと思い直した。

「精霊や妖精は魔族達と成り立ちが違っているんだ。説明が面倒だから省略するけど、僕達は女神の呼び声があれば、いつでもどこでも馳せ参じて、手足となるってわけ。まぁ、従僕的な?」
ミカエルさんの話は続く。ミカエルさん、普段からよっぽど鬱憤が溜まっていたんだろうな。酒が入ると饒舌になる人は、普段鬱憤を溜め込んでいて、こういう人ほど溜め込まれた鬱憤が突然爆発して面倒だってお母さんが言ってた。

「勿論、僕達は偉大な母たる女神が望まれるのなら、喜んで手足になるよ。でもそれ以外の奴らに仕える気なんてさらさらない訳。それなのに分かる?あいつらときたら…僕達を自分の従僕かのようにこき使おうとしてくるんだ。自分の思い通りになって当然みたいな顔して。この屈辱が君にわかる?それに懇意にしていたのは一部の暴走した奴らさ。」

「つまり、掌で転がそうと思ったら転がされる立場になって、更に扱き使われそうにもなったし、一部の精霊達は暴徒化して大変だったって話ですね。」

「身も蓋もない言い方をするね…。でも、まぁそうだね…。」
何故かミカエルさんはがっくりと首を落としながら答えた。

「人間を討つ為に手を組んだ。でも僕たちは魔族や同胞を傷つける為に手を組んだ訳じゃない。勿論、嘘の精霊達全員を制御しきれてはいなかったけど。でも決して幼い無垢な命を傷つけたい訳じゃ無かった。」

「子孫繁栄の祝福を持つ奴らと、豊穣、薬、知識、癒しの奴らまで思いつく限りありったけ集めて、竜族ドラゴン族の里まで行こうとしたんだ。嘘なんかじゃない…。」
ミカエルさんの言葉に嫌な予感がしてきた。虫の知らせか、背中がぞわぞわしてくる。この続きはまさか…。

「行こうと、したんだ…。国中の生き残りの奴らを探して、何とか説得して向かったのに。」
ミカエルさんの、血の気を感じさせない青白く美しい顔から涙が流れる。嗚咽すらなく、ただ滂沱の涙を流している。

ミカエルさんの話を静かに聞いていた古参っぽい精霊がやれやれといった風に言った。
「あぁ、また始まった…。お前の資質なら仕方ないが、まだそこで立ち止まっているのか。もう過ぎ去った過去の事だ。お前の宝ももういない。痛みだけの記憶は風化させなければ次に進めなくなっちまう。そうだろう?」

相槌を求められたものの、私は何と返したら良いのか分からず躊躇ってしまった。宝?誰のことだろうか。
「僕はギルミアだけは何があっても許さないよ。僕の生命と引き換えにしてでも殺す。」

嫌な予感が的中してしまった。

「お嬢ちゃんはこの先を聞かない方が良い。」
私に相槌を求めた男性の精霊は、私の耳を塞ぎその場から離れた。

その精霊に耳を塞がれたまま、アノーリオンの隣まで来た。
「突然耳を塞いですまなかったな。俺のことは、そうだな……ライとでも呼んでくれ。あの話の続きは、ちょっとお嬢ちゃんにはきついと思ってな。あいつは酔うとあの話ばかりするんだ。あいつなりに思いを昇華させたくて必死なんだがなぁ…。どうか許して欲しい。普段は酒は飲まないんだが、今日は浮かれていたらしい。」
この精霊はミカエルさんと親しいのか、親密さを窺わせるような口調で言った。それにしても、ライ(嘘)ってがっつり偽名だね。

「竜族もそうだが、豊穣のと、あとは安寧の精霊達が特に酷かったんだ。精霊の中でも特に穏やかな資質で美しいと評判だったから、人間達に真っ先に狙われたんだ。精霊だが残虐さなんて欠片もない珍しい奴らだった。今は引き篭もりの対人恐怖症、加えて病弱な豊穣の乙女が一人いるだけになっちまったんだ。」
ライさんがミカエルさんの話を補足してくれた。

「いいえ。連れ出してくれてありがとうございます。その、気になったのですが…。ミカエルさんの資質とは一体…?」
精霊達にも被害が及んでいるようだが、聞けば胸が潰れそうになる悲しいお話はもうお腹いっぱい胸いっぱいなのだ。

「ん?あぁ、知らなかったのか。本人は隠したがってるんだが、あいつはザナと対のような資質を持ってるんだ。」

「ザナさんは嘘で守る資質と聞きました。だから……嘘で…戦う?」
盾と矛みたいな感じかな?

「あぁ、そんなところだ。ミカエルは醜い男の見栄から生まれた、なんて言っているが。以前、妖精達に『騎士みたい』と言われてから、恥ずかしがって自分の資質を隠すようになったんだ。」
にかっと笑う目の前の精霊もミカエルさんと同様に嘘の精霊らしさはあるものの、今ゲームに夢中になっている精霊達とは纏う雰囲気が違うような気がした。

「そうだったのですね。他の嘘の精霊さん達とは違って、卑劣さを競争して楽しむような方ではない気がしていたので、違いが分かってすっきりしました。それと、包丁の精霊さんとはどんな方だったのですか?もう気になって仕方がないのですが。」
そろそろ疲れてきたし帰ろうかなと思い、気になっていた包丁の精霊について聞いた。

「ん?あー、包丁か…。包丁はどの家庭にも必ずあるだろう?一般大衆に広く普及したものでありながら、人を殺す道具にもなれる。簡単に言うと、話す内容に毒が混じるんだ。まぁそういう資質だから本人は悪気はないんだがなぁ…。」

「つまり、一般常識を語っている風で、こちらを見下す発言をする嫌味なやつという評価だったのですね。親切に教えて頂いてありがとうございました。」

「まぁ、大体はそういう評価だな。」
ライさんは苦笑して言った。

「たくさんお話して頂いてありがとうございました。では私達は帰りますね。」
私は夜通しの遊びに付き合わされる前に、さっさと帰りたくてタイミングを計っていた。

「待て待て待て!あの遊びはお嬢ちゃんが考えたんだろう?」
ライさんから待ったがかかる。チッ、ライさんもあの遊びの虜か。

「あのゲームを生み出したのは私ではありませんが、提案したのは私ですね。」

「感謝してるんだ。ありがとう。今は皆お嬢ちゃんに教えて貰ったゲームに夢中だが、それまでは本当に酷いもんだったんだ。」

「ラヴァルさんの計画に乗ってしまうほどに?」

「あぁ。やる事と言ったら、魔族や人間達を騙して遊ぶくらいしかしてなかった。それもどんどん卑劣になっていく。むしろその卑劣さを競ってさえいた。資質が嘘だから、真実がどれか分からん。俺達の好むような混乱した状況では収めようがなかった。
 そうした所に、ラヴァル達の提案があったんだ。いつもなら余程のことがない限り相手しない上級魔族を相手取り、力を奮いたい放題の好機を暇してた奴らが逃すはずないだろう?」

「それでコントロールが効かなくなり、あの悲劇を生んだと?」
近くにいるアノーリオンをちらりと見た。ライさんが頷いたので、そういう事なんだろう。

「それで思案していた矢先に、君があのゲームを提案してくれたんだ。皆が夢中になって、誰かを傷つけることもない。一族に真っ当な活気が戻って本当に嬉しいんだ。」
嘘の精霊も意外と裏事情は大変らしい。カラクリは分かったし、ゲームに夢中な今ならラヴァルさんから更に何かを提案されても乗らないだろう。

「お役に立てて良かったです。楽しんで頂けて何よりです。それでは。」
夜通し遊ぶ気はないし、ラヴァルさん達の裏をかけなくなる。

「待て待て待て!」
まだ待ったがかかる。さすがにイラッとした。なぜこんなにしつこく引き止めるの?

「まだ何か?」

「いや、だから……。その、聞きたいことがあるんだ。」

「あぁ!またみんなが悪さしないように、更に新しいゲームを考案してほしいと?でもヒントはあげたのですから、これ以上は自分達で何とかしてほしいところですね。対価を要求しても良いのですか?」

「……君は嘘つくことをどう思っている?」

これまた随分抽象的なことを…。この精霊も自分の司るものに不満があるらしい。

「別にどうとも思いません。嘘という方法で他人を傷付ける悪意あるものは大嫌いですが。」

「やはり…」

「ですが。嘘という方法で守りたい人を守れる事も事実です。嘘をつくという行為自体は悪ではないと私は思っています。嘘は他人を傷付ける為によく使われる最も簡単な方法だから、悪とされてしまいやすいのです。例えば、他人を傷付けることもでき、時には自分の手でさえ切ってしまう包丁は悪ですか?違いますよね?使い所を選べば、嘘だって武器ではなく誰かを救う薬にもなれるのです。事実、これまで私はそうしてきました。」

使い所はよく考える。でも使うべき時には躊躇わない。これは高校生だった私が、どこか窮屈で生きにくそうだった母と姉を救う唯一の方法だった。
『もっと力を抜いて?もっと適当でいいんだよ。ご飯は私が作っておくから少し休んでて?私なら大丈夫だから』
ずっとそうやって傷だらけだった家族を支え続けた。それが私のプライドでもあった。

私の言葉を聞いたライさんは、どこか無防備な顔で呆然としていた。一瞬の後、くしゃりと嬉しそうに笑う顔はマダムキラーだなと思った。

「嘘が薬か…。そうか…。そうか。」
噛みしめるように何度も頷くライさんはとても可愛らしかった。


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