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第三章:歩き種
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駐車場を横切る真木についていくと、小さな下り階段、そして目的の場所が見えてきた。
あたしは驚きの声を上げた。
すり鉢状に落ちくぼんだ土地は所々にある木の所為もあって、全体が見て取れないくらい広く感じる。朽ちかけた建物は、成程、真木が言った通り落書きが外観にびっしりとされているのだが、数がとにかく多い。階段の降り口から放射状に道が五つ伸びており、建物はそれに沿って規則正しく、隙間なく建っているのだ。
「すげぇな……」
「ああ。場所柄上、ちょっとした町としての機能を持っていたんだ」
真木は体を捻ってあたしを見上げながら階段をひょいひょい降りていく。
「一番左の道を奥まで行くと修行場、まあ道場みたいなものがある。その裏にはお約束の滝だ。一番右の道を行くと倉庫。食品や貴重品、燃料等を保存していたらしい形跡があったが、前来た時にはすでに、もぬけの殻だった。残りの建物は住居のはずだ。
で、本殿は――」
一番下に降り立つと、あたし達の正面奥に大きな建物が見える。
「あれか」
「その通り。さて……」
真木は眼帯を上げると、地面をちらりと見る。
「どう?」
真木は首を捻ると、そこらを見渡し、眼帯を戻すと懐から小さな瓶を出した。蓋を捻ると真っ黒な錠剤を手の平に二つ。
「なんだそれ? ……なにか、こう、霊能力的な丸薬ってやつか?」
「いや、ブルーベリーのサプリだよ。このメーカーの奴はよく効く。ついでに言うと便通も良くなる。飲むかね?」
「……いらねえっす。
ところでブルーベリーサプリってプラシーボって話が無かったっけ?」
「そこは君、気分だよ気分。疲れが取れりゃあ、なんでも良いのだよ。ところで、この辺りだが、特に何も痕跡が見えないんだよなあ。
うーむ、山に行くのが正解なのかな……」
あたし達は、とりあえず本殿を目指すことにした。山に入るのは本殿裏か駐車場からの道を行けばいいらしいので、最悪そのまま登山という流れである。
町には当たり前だが、人の気配はまったく無かった。家は風雨で朽ちて、植物に浸食されボロボロのボコボコ。夜来たならば肝試しにぴったり、昼間ならば廃墟撮影にぴったり。そんな中を更に進むと、真木が本殿と呼んだ建物の大きさが、あたしを圧倒してきた。
所々壊れてはいるが、見上げるほど大きい門は、鳥居と寺の屋根を混ぜたような形をしていた。建築様式に関して知識ゼロのあたしでも、これはかなり凝った造りで金がかかっているってのがわかる。
周囲は崩れかけた土壁で、左右に湾曲しながら延々と続いているように見える。元々は真っ白だったようだが今は蔦に覆われて、怪談映画に丁度いい感じになっている。
そのまま門をくぐると、右に傾いだ建物が現れた。これまた詳しい建築様式は判らないが、金がかかった建物だ。雑草が飛び出している玉砂利の庭に、苔むしたり崩れた石灯籠らしき物が幾つも佇んでいる。
「……なあ、先輩、ここには何もいないよな?」
真木は、振り返ると、ああと短く言って、石灯籠を眺めた。
「……成程。黒い連中を連想させるね。ここには何もいないよ。ところで京さん、なるべく足音を殺してくれ」
あたしは顔を歪め、足をゆっくり降ろす。
ざくりっと玉砂利が鳴った。真木が下あごを歪めて、うーむと唸った。
あたし達はなるべく足音を殺し(ているつもりで)建物の周囲を歩いた。中が見えそうな場所があると真木は立ち止まり、縁側に手をかけ中を覗き込む。
「ダメだな。外からじゃ埒が明かない」
「葦田のおばちゃん、この中にいると思うか?」
「恐らくは」
「じゃあ、しらみつぶしに調べんのか?」
「まあ、最悪はそうなるが、まず目指すのはこの建物の中心でね、窪地の中庭があるんだが、そこに社がある。くそっ、ドローンでも持ってくれば良かった。だが――」
あたしはふと目を上げた。日が傾いてきている。時刻は三時半。またも、時間が無いという焦りがこみ上げてきた。真木の目にも同じ物が見えた気がする。
あたしは縁側にひょいと飛び乗ると、しゃがみ、破れた障子越しに中を伺った。
「もうやるしかねえなあ」
真木も縁側にふわりと乗ると顎をさすった。
「まあ、そうだね。それにしても、この湧き上がる焦りのようなものは気持ちが悪い」
あたしは、まったくだ、と小さく言うと壁にぴったりと背をつけ、左手でゆっくりと障子を開けた。真木が半身で中を見渡し、ついで眼帯をずらす。
「OKだ。京さん、携帯をマナーモードにしてくれ。メッセージサービスってのは空気を読まないからね」
真木は中に滑り込むと、足音を殺しながら反対側の襖まで歩いていき、耳を澄ました。あたしも次いで部屋に入る。畳が腐っており、足を進めるとみしりっと大きな音がした。
ギョッとして足を止めるも、真木が手招きをして襖を開け始める。あたしは足に力を込めて、ゆっくり素早く静かに移動した。
襖を開けるとそこは長い廊下だった。
床には鳥の糞や木の葉が大量に積もっている。うっすらと木の腐ったような臭いがする。
鏡やガラスも散乱していた。見上げれば屋根が一部落ちていて空が見えている。真木とあたしは顔を見合わせた。そして次の瞬間、あたし達は廊下に踏み出すと、どかどかと足早に移動し始めた。
誰かがいたとしても、こんな穴だらけゴミだらけじゃ、どうせ聞かれる。いや、庭を歩いてる時点で多分バレバレだ。ならとっとと移動したほうが良い。何か起きたらそれから考えよう――まあ、そんな感じだ。
「どこよ?」
「ああ、その角を左に曲がって、階段を降りるんだ。中庭はちょっと低い位置にある」
成程、廊下を曲がるとその先に小さな階段があった。その先に木の扉が見える。
大きな文字のような物が書かれているな、と近づきながら観察するうちに、それがブローチと同じ『葉のついてない、根のむき出しの巨木の絵』であることに気がついた。
「さて前に来た時は、ここはかなり綺麗に残っていたんだが……」
真木はゆっくりと肩で扉を押しあけた。あたしはさっと中庭に目を走らせる。
そこは建物が見下ろすように周りを取り囲んでいる、穴の底のような場所だった。薄暗く、それに対抗するかのように玉砂利が敷かれているようだが、落ち葉や木屑が降り積もっており、いっそう暗さが増しているように感じた。
中央に小さな建物があった。真木の視線から想像するに、どうやら目的の社らしい。赤茶けた壁面には所々白い部分がある。元は真っ白な建物だったのかもしれない。
あたし達は中庭を横切ると、社の入り口で立ち止まった。真木が下を指差す。
枝や葉、玉砂利が踏み荒らされているように見える。
真木は背中に手を回すと、金属の棒を取り出し振った。小気味良い音を立て棒が伸びる。
「へえ、警棒か。あたしの分もある?」
真木は首を振ると口の端を上げながら社の扉に近づき、懐中電灯をもう片方の手に構え、せえの、と小さく声を出した。あたしも足に力を入れ、真木が動いたと同時に肩から扉にぶち当たった。
扉は勢いよく内側に開く。
中は暗い。
真木が先頭で飛び込み、あたしが続く。懐中電灯の光がさっと中を照らした。
「あっ」
あたしは思わず声を出した。
埃の積もった床板。そこに無数の足跡。祭事に使うらしい棒の上に金属製のじゃらじゃらが付いた謎の熊手みたいな物が壁に立てかけてあり、その横の一段高い、多分祭壇じゃないかなと思う所に、人が倒れている。
真木はゆっくりと懐中電灯をその人物の顔に当てた。
「誰かわかるかい?」
真木の問いにあたしは短く答えた。
「ああ。葦田のおばちゃんだ」
猿轡をかまされ、ロープで縛られていた葦田のおばちゃんはゆっくりと目を開け、あたしの顔をまじまじと見た。
あたしは驚きの声を上げた。
すり鉢状に落ちくぼんだ土地は所々にある木の所為もあって、全体が見て取れないくらい広く感じる。朽ちかけた建物は、成程、真木が言った通り落書きが外観にびっしりとされているのだが、数がとにかく多い。階段の降り口から放射状に道が五つ伸びており、建物はそれに沿って規則正しく、隙間なく建っているのだ。
「すげぇな……」
「ああ。場所柄上、ちょっとした町としての機能を持っていたんだ」
真木は体を捻ってあたしを見上げながら階段をひょいひょい降りていく。
「一番左の道を奥まで行くと修行場、まあ道場みたいなものがある。その裏にはお約束の滝だ。一番右の道を行くと倉庫。食品や貴重品、燃料等を保存していたらしい形跡があったが、前来た時にはすでに、もぬけの殻だった。残りの建物は住居のはずだ。
で、本殿は――」
一番下に降り立つと、あたし達の正面奥に大きな建物が見える。
「あれか」
「その通り。さて……」
真木は眼帯を上げると、地面をちらりと見る。
「どう?」
真木は首を捻ると、そこらを見渡し、眼帯を戻すと懐から小さな瓶を出した。蓋を捻ると真っ黒な錠剤を手の平に二つ。
「なんだそれ? ……なにか、こう、霊能力的な丸薬ってやつか?」
「いや、ブルーベリーのサプリだよ。このメーカーの奴はよく効く。ついでに言うと便通も良くなる。飲むかね?」
「……いらねえっす。
ところでブルーベリーサプリってプラシーボって話が無かったっけ?」
「そこは君、気分だよ気分。疲れが取れりゃあ、なんでも良いのだよ。ところで、この辺りだが、特に何も痕跡が見えないんだよなあ。
うーむ、山に行くのが正解なのかな……」
あたし達は、とりあえず本殿を目指すことにした。山に入るのは本殿裏か駐車場からの道を行けばいいらしいので、最悪そのまま登山という流れである。
町には当たり前だが、人の気配はまったく無かった。家は風雨で朽ちて、植物に浸食されボロボロのボコボコ。夜来たならば肝試しにぴったり、昼間ならば廃墟撮影にぴったり。そんな中を更に進むと、真木が本殿と呼んだ建物の大きさが、あたしを圧倒してきた。
所々壊れてはいるが、見上げるほど大きい門は、鳥居と寺の屋根を混ぜたような形をしていた。建築様式に関して知識ゼロのあたしでも、これはかなり凝った造りで金がかかっているってのがわかる。
周囲は崩れかけた土壁で、左右に湾曲しながら延々と続いているように見える。元々は真っ白だったようだが今は蔦に覆われて、怪談映画に丁度いい感じになっている。
そのまま門をくぐると、右に傾いだ建物が現れた。これまた詳しい建築様式は判らないが、金がかかった建物だ。雑草が飛び出している玉砂利の庭に、苔むしたり崩れた石灯籠らしき物が幾つも佇んでいる。
「……なあ、先輩、ここには何もいないよな?」
真木は、振り返ると、ああと短く言って、石灯籠を眺めた。
「……成程。黒い連中を連想させるね。ここには何もいないよ。ところで京さん、なるべく足音を殺してくれ」
あたしは顔を歪め、足をゆっくり降ろす。
ざくりっと玉砂利が鳴った。真木が下あごを歪めて、うーむと唸った。
あたし達はなるべく足音を殺し(ているつもりで)建物の周囲を歩いた。中が見えそうな場所があると真木は立ち止まり、縁側に手をかけ中を覗き込む。
「ダメだな。外からじゃ埒が明かない」
「葦田のおばちゃん、この中にいると思うか?」
「恐らくは」
「じゃあ、しらみつぶしに調べんのか?」
「まあ、最悪はそうなるが、まず目指すのはこの建物の中心でね、窪地の中庭があるんだが、そこに社がある。くそっ、ドローンでも持ってくれば良かった。だが――」
あたしはふと目を上げた。日が傾いてきている。時刻は三時半。またも、時間が無いという焦りがこみ上げてきた。真木の目にも同じ物が見えた気がする。
あたしは縁側にひょいと飛び乗ると、しゃがみ、破れた障子越しに中を伺った。
「もうやるしかねえなあ」
真木も縁側にふわりと乗ると顎をさすった。
「まあ、そうだね。それにしても、この湧き上がる焦りのようなものは気持ちが悪い」
あたしは、まったくだ、と小さく言うと壁にぴったりと背をつけ、左手でゆっくりと障子を開けた。真木が半身で中を見渡し、ついで眼帯をずらす。
「OKだ。京さん、携帯をマナーモードにしてくれ。メッセージサービスってのは空気を読まないからね」
真木は中に滑り込むと、足音を殺しながら反対側の襖まで歩いていき、耳を澄ました。あたしも次いで部屋に入る。畳が腐っており、足を進めるとみしりっと大きな音がした。
ギョッとして足を止めるも、真木が手招きをして襖を開け始める。あたしは足に力を込めて、ゆっくり素早く静かに移動した。
襖を開けるとそこは長い廊下だった。
床には鳥の糞や木の葉が大量に積もっている。うっすらと木の腐ったような臭いがする。
鏡やガラスも散乱していた。見上げれば屋根が一部落ちていて空が見えている。真木とあたしは顔を見合わせた。そして次の瞬間、あたし達は廊下に踏み出すと、どかどかと足早に移動し始めた。
誰かがいたとしても、こんな穴だらけゴミだらけじゃ、どうせ聞かれる。いや、庭を歩いてる時点で多分バレバレだ。ならとっとと移動したほうが良い。何か起きたらそれから考えよう――まあ、そんな感じだ。
「どこよ?」
「ああ、その角を左に曲がって、階段を降りるんだ。中庭はちょっと低い位置にある」
成程、廊下を曲がるとその先に小さな階段があった。その先に木の扉が見える。
大きな文字のような物が書かれているな、と近づきながら観察するうちに、それがブローチと同じ『葉のついてない、根のむき出しの巨木の絵』であることに気がついた。
「さて前に来た時は、ここはかなり綺麗に残っていたんだが……」
真木はゆっくりと肩で扉を押しあけた。あたしはさっと中庭に目を走らせる。
そこは建物が見下ろすように周りを取り囲んでいる、穴の底のような場所だった。薄暗く、それに対抗するかのように玉砂利が敷かれているようだが、落ち葉や木屑が降り積もっており、いっそう暗さが増しているように感じた。
中央に小さな建物があった。真木の視線から想像するに、どうやら目的の社らしい。赤茶けた壁面には所々白い部分がある。元は真っ白な建物だったのかもしれない。
あたし達は中庭を横切ると、社の入り口で立ち止まった。真木が下を指差す。
枝や葉、玉砂利が踏み荒らされているように見える。
真木は背中に手を回すと、金属の棒を取り出し振った。小気味良い音を立て棒が伸びる。
「へえ、警棒か。あたしの分もある?」
真木は首を振ると口の端を上げながら社の扉に近づき、懐中電灯をもう片方の手に構え、せえの、と小さく声を出した。あたしも足に力を入れ、真木が動いたと同時に肩から扉にぶち当たった。
扉は勢いよく内側に開く。
中は暗い。
真木が先頭で飛び込み、あたしが続く。懐中電灯の光がさっと中を照らした。
「あっ」
あたしは思わず声を出した。
埃の積もった床板。そこに無数の足跡。祭事に使うらしい棒の上に金属製のじゃらじゃらが付いた謎の熊手みたいな物が壁に立てかけてあり、その横の一段高い、多分祭壇じゃないかなと思う所に、人が倒れている。
真木はゆっくりと懐中電灯をその人物の顔に当てた。
「誰かわかるかい?」
真木の問いにあたしは短く答えた。
「ああ。葦田のおばちゃんだ」
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