田舎娘、マヤ・パラディール! 深淵を覗きこむ!

島倉大大主

文字の大きさ
35 / 62
第三章

その二 タルタロス:失礼、大公様!

しおりを挟む
 照明を受け、キラキラと輝く血。そして、落下する首に浮かんだ引き攣った表情。
 パイクの顔は残酷大公の像の剣の先に突き刺さり、ぐしゃりと歪んだ。先ほどよりも大きい悲鳴と、下品な歓声が方々から上がる。と、銃声が立て続けに響き、カスパールに撃たれた男達も落下していった。
 残酷大公の傷はみるみる塞がっていく。呆然として見上げるマヤの顔を、残酷大公は血まみれの顔で見下ろすとマイクにがなった。

『楽しんだかね!? わが娘よ!』

 その一言に静寂が、続いてざわめきが起きた。ジャン以外の人間がマヤからじりじりと離れていく。残酷大公は大袈裟に胸に手をやって会釈した。

『娘よ! 嬉しいぞ! 父の贈り物を着てくれているとはね!』

 マヤは足が震えるのを感じた。
 こいつは何を言ってるんだ? 私が――残酷大公の娘?
「じょ、冗談は――」

『貴様の力を知っているぞ! 娘よ! 人の命を吸い取る怪物よ! よくぞ生きてこれたものだ! あの女は、どうやら制御装置を作ったようだが、それにしてもよく自制できたものだ! 親として! 褒めて遣わす!』

 マヤはぐらりとよろけ、ジャンにもたれかかった。
 なるほど、母さんの言うとおりだった。こんな父親なら知らない方が――幸せだ。
「…………か、母さんを何故捨てた?」
 残酷大公は二度三度目を瞬かせると、のけ反って笑い始めた。

『ははは! ははははは! ははははははははは!! 
 吾輩があの女を捨てた! 目の端に残像としても残らなかった、あの女を捨てた!? 
 お前は嘘の塊なのだ! 
 マヤぁ? 何だその名は? 
 吾輩がつけた立派な名前を忘れたのかね、娘よ!』

「……え?」
 残酷大公はケラケラと笑い続けた。

『愚か! いや、希望にすがっていたというべきか? 
 お前は人間ではない。心当たりはあるのだろう? 
 土砂崩れを掘り起し、あの女を掘り出した時、お前の目はどうなっていた? 
 さあ、収穫の時だ! お前は成長してしまったから殺すしかない! 父として、この世で最高の絶望と苦痛を与えてやろう。さあ、ここに来い――

 ヴィルジニー!』

 マヤは、自分の中で食い違っていた何かが噛みあったのを感じた。あの夢での手の感触は――自分の手で撫でまわされる、あってはならない感触――だった……。


「失礼、大公様!」


 その声に、マヤは我に返った。肩に回された手の重さ。ちょっと生臭い体臭。こちらを見下ろす目の奥にある激しい感情! 
 マヤはジャンの腹に顔をゆっくりとうずめ、腰にしっかりと手をまわした。そこでようやく自分が震え、泣いているのに気が付いた。

『んん? なんだ、手品師? まだ、そこにいたか。
 許す! 何でも申してみよ!』

 残酷大公の言葉に、ジャンは恭しく礼をし、頭を下げたまま話す。
「ジャン・ラプラスと申します。どうぞ、お見知りおきを」

『はん! それで?』

「こちらの淑女とは、旅の途中で知己を得まして……まあ、なんと言いますか、くされ縁とでも申しますかね。まったく大飯ぐらいのガサツな女性なのではございますが――」

『簡潔に述べよ!』

 ジャンは雷光のような速さで懐からモーゼルを抜くと、顔を上げずに速射した。
「この女に手を出したら、お前を殺すってことだ……おっと、もう撃っちまったか」
 残酷大公は、再び血しぶきをあげ、吹き飛んだ。周囲から悲鳴と怒号、驚愕のどよめきが上がる。と、床に縫いつけられたように、もがいていたマルガレータと呼ばれた女が、息も絶え絶えに立ち上がった。
「逃げろ!」
 ジャンの叫びにマルガレータは青ざめた顔でちらりと振り返ると、人混みを掻き分け、走り出した。残酷大公は立ち上がると、紅い液体を首に打つ。
 だが、ジャンの撃った弾は両目を吹き飛ばしていた。
 
『く、くそっ! 視えぬ……誰ぞ、そいつを殺せ!』

「マヤ! 逃げるぞ!」
「お、おう! でもどこに? 海に飛び込む? 昼にも言ったけど自信が――」
「いいから来い!」
 ジャンがマヤの手を掴むのと同時に、、ガスマスクの男、カスパールと階層警察がロビーになだれ込んできた。
「動くな、貴様らぁ!」
 ジャンがうんざりしたような声を出した。
「おやおや、バカンツ君のご登場だ」
「え? あ! あいつハインツだったのか! 
 あ! ドーヴィルで蹴られた痕を化粧で隠してのか! なるほどね~……」
 マヤは靴を半分脱ぐと、思いっきり回し蹴りを放った。
「喰らえ! このクソ野郎!」
 マヤの靴は狙いたがわず、飛んでいき、ハインツはそれを片手で受け止めた。だが、ついで飛んできたもう片方でマスクが吹き飛んだ。
「くっ……くそアマぁあああああぁぁぁああああああああああああ!!!」
 ハインツは涎と鼻血をまき散らしながら、マヤ達を追って階段を駆け上がった。
 
ジャンは自分の部屋に飛び込むと鍵をかけ、視線を上に上げた。マヤはすぐにジャンの意を組むと、椅子を持ってきて部屋の中央に据える。
「ジャンさん先に行って!」
「何を言って――ああ、くそっ」
 ジャンは、マヤが苦笑いしながらスカートを摘まむのを見て、ひらりと椅子の背もたれに立ち、通風管の格子蓋をずらす。
 ドアが乱暴にノックされ始めた。
 ジャンは飛びあがると、狭い通風孔に体をあっという間にねじ込んだ。クローゼットから取り出したブーツを履きながらマヤが呆れたような声を上げる。
「まるで、ナメクジだねえ!」
「もうちょっとまともな物に例えろ! 早く上がってこい!」
「はいはい、ちょっと待っててよ」
 マヤはそういうと眼鏡を外した。その目が紅く光る。
「おい、何を――」
 ジャンが言い終える前に、マヤはベッドに飛びついた。豪奢で巨大な、座ると沈み込むベッドをマヤは軽々と引きずり、持ち上げるとドアにどかりと立てかけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...