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第三章
その八 タルタロス:痣に乾杯!
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ヨハンセンは目の下を青く腫らしていた。
「やれやれ、まったく酷い目にあった……」
ロングデイはさっと立ち上がると、彼に駆け寄る。
「大丈夫? 傷は顔だけ?」
「顔だけだ。なあに、酒でも飲めば治るって!」
見れば、グラス二つにワインのボトルを持っている。
「あなた……こんな事まで言い訳にするのは、ある意味尊敬するけども、今はダメよ」
ロングデイはぴしゃりと言うと、ポケットから出した軟膏を腫れに塗り始めた。
ジャンは頭を下げた。
「ヨハン、すまない。ハインツだろ?」
ヨハンセンは肩を竦めた。
「ああ。あのドイツ野郎、俺がお前さんの居所を知っていて、匿っていると思ったらしい。どうやってあんなでかい体を匿うんだって聞いたら、きぃぃっとか唸ってこれこの通り。
まあ、知り合いの警察官が逃がしてくれたんだが、そいつの為にも俺は脱走したってことになってる。下手したら職を失うかもしれん」
ロングデイは溜息をついた。
「一言多いのよ、あなたは」
「仕方ないだろう……ところで、ジャン、俺に何か言う事はあるか?」
ジャンは更に頭を深々と下げた。
「すまん。俺は手品師ではない。色々な事件を調査し、解決に努力している者だ」
ヨハンセンが抗議の声をあげる。
「おいおい、なんだそりゃ! お前、スパイ――いや、探偵か!」
ロングデイはヨハンセンの腕にそっと触った。
「あなた、もういいじゃない。二人こそ、博士に会わすべき人達なのよ」
ロングデイの言葉に、ヨハンは眉を上下させた。
「そりゃ……どういう根拠で?」
「マヤさんとジャンさんは残酷大公に完全に敵対しているからです。特にマヤさんは、残酷大公の娘です。博士の研究と合わせれば、あの残酷大公に一矢報いる事だって、できるかもしれない」
「そりゃ……しかし、うむぅ……」
ジャンが手を挙げた。
「待った。博士、とは?」
マヤはヨハンが、自分を部屋に案内した際に、口を滑らせて発した言葉を思い出した。
「……科学者、を匿ってるんですか?」
ヨハンは、目をぱちくりさせ、しまった、と額をぴしゃりと叩いた。
「いや、あれは――」
ロングデイは溜息をつくと立ち上がった。
「博士はまだ本調子じゃないけれども、たぶん大丈夫でしょう。ベッドをお客様のいる部屋に移します」
ヨハンは観念したように、ソファに体を埋めた。
「ヘレンに食事を忘れるなよ」
「ご心配なく。もう、あげたわ」
ロングデイは立ち上がると、木戸を潜って行ってしまった。
ヨハンセンは肩を竦めた。
「……まったく、すぐに人を信じるんだから、あれは……」
「尻に敷かれてるな」
「おいおい! それは――当たってるか。とはいえ、あいつは頭がいい。おまけに優しい。今でもあいつは俺にベタ惚れなのさ。俺もだがな。
美人だろう?」
「惚気るなよ。犬も食わんぞ。ところで、博士とは誰だ? ヘレンってのは?」
ヨハンセンは頭を掻いた。
「質問は後だ! 部屋の準備ができたら、すぐに判る。
ああ、お前らの知り合いの男二人に、ペラペラしゃべる猫もそこで待っているぞ。
ま、とりあえず、俺に一杯ついでくれ。それで、この目の痣はチャラだ」
ジャンは苦笑いすると、グラス二つにワインを注いだ。
「俺の分も飲んでくれ。おごりだ」
ヨハンはにっこりすると、痣に乾杯! とグラス二つを両手で掲げた。
木戸を潜ると、そこは細い廊下だった。奥に一つ、手前に扉が一つある。
奥の扉が開き、ロングデイが顔を覗かせた。
「ご準備ができました。
ところで、一つ質問がございます。
あなたがたはこの船をどうするおつもりですか?」
ジャンはロングデイをじっと見て、口を開いた。
「現時点では何とも。ただ――
『場合によっては破壊せざるをえない』かと」
ロングデイの視線にマヤは肩を竦めた。
「船の事は考えてないです。ただ――
あたしは残酷大公の娘らしいんで、近いうちに、『あいつをぶん殴る予定』なんです。その後は、まだ考えてないかな」
そう言ってからマヤはふっと天井を見上げた。
「でも、あのクソ大公は子供を殺すんでしょう? ロングデイさん達には悪いけど、ぶっ壊すしかないなあと思ってるよ。みんなは船を降りた方が良いと思うなあ」
ロングデイは長く細く息を吐いた。
「ここは出るのに審査が必要なんです。
ここに長く居た者は、客であろうと従業員であろうと、絶対に外に出れません。親として子供達を一刻も早くこの船から降ろしたいのです。
ですので、船を破壊なさる案には賛成です」
マヤはロングデイを真っ直ぐに見つめた。
「あなたは、とっても良い母親だと思います。
あたしの母さんも、そうだったと良いんだけどさ」
ロングデイもマヤを見つめ返した。
「母親の価値を決めるのは子供です。あなたがお母さんをどう思うかが問題なのですよ」
「……うん」
マヤはぐすっと鼻をすすると、にかっと笑った。
ロングデイは手を差し出した。
目上の女性との握手は経験がなかったマヤは照れ臭そうに手を握る。と――ロングデイの肩に蛇が現れた。それは毒々しい模様をしており、ちろちろと舌を出しながら、ゆっくりと彼女の首に巻きついていく。
マヤは息を飲んだ。
「ろ、ロングデイさん……」
「こちらはヘレンです。ああ、お気になさらずに。無毒の大人しい蛇です。私の命令が無ければ人を襲ったりしませんわ」
ジャンが首を傾げる。
「その模様、顔料ですか?」
言われてマヤは蛇に顔を近づけた。なるほど模様は顔料で塗ったものらしい。所々小さく剥げていた。ロングデイはヘレンの頭を軽く撫でた。
「その通りです。毒蛇みたいでしょ? 襲われた時、この子を見せれば大抵の奴は逃げていくのです。逃げない奴も怯みます。怯んだなら――急所を蹴りあげますわ」
ジャンは、おうっと小さく言うと急所を隠す。
ロングデイとマヤは顔を見合わせて笑った。
「さて、中にどうぞ。私と夫は席を外します。この中にいらっしゃいます博士は、お体を壊していらっしゃいますので、ご配慮ください」
ジャンが前に進み出た。
「お名前は?」
「ここにはゴーレムはおりません。ですが、念の為にお名前をこの部屋の外で言うのは禁止しております。この部屋は外部からの霊力や魔力の干渉を受け付けないように鉛の板で覆っています。ご存分にご歓談ください」
ロングデイは脇によけた。
「博士は、この船が『今まで何をやってきた』のか『知っている』お方です」
二人が真っ暗な部屋に滑り込むと、オレンジ色のライトが灯った。
「やれやれ、まったく酷い目にあった……」
ロングデイはさっと立ち上がると、彼に駆け寄る。
「大丈夫? 傷は顔だけ?」
「顔だけだ。なあに、酒でも飲めば治るって!」
見れば、グラス二つにワインのボトルを持っている。
「あなた……こんな事まで言い訳にするのは、ある意味尊敬するけども、今はダメよ」
ロングデイはぴしゃりと言うと、ポケットから出した軟膏を腫れに塗り始めた。
ジャンは頭を下げた。
「ヨハン、すまない。ハインツだろ?」
ヨハンセンは肩を竦めた。
「ああ。あのドイツ野郎、俺がお前さんの居所を知っていて、匿っていると思ったらしい。どうやってあんなでかい体を匿うんだって聞いたら、きぃぃっとか唸ってこれこの通り。
まあ、知り合いの警察官が逃がしてくれたんだが、そいつの為にも俺は脱走したってことになってる。下手したら職を失うかもしれん」
ロングデイは溜息をついた。
「一言多いのよ、あなたは」
「仕方ないだろう……ところで、ジャン、俺に何か言う事はあるか?」
ジャンは更に頭を深々と下げた。
「すまん。俺は手品師ではない。色々な事件を調査し、解決に努力している者だ」
ヨハンセンが抗議の声をあげる。
「おいおい、なんだそりゃ! お前、スパイ――いや、探偵か!」
ロングデイはヨハンセンの腕にそっと触った。
「あなた、もういいじゃない。二人こそ、博士に会わすべき人達なのよ」
ロングデイの言葉に、ヨハンは眉を上下させた。
「そりゃ……どういう根拠で?」
「マヤさんとジャンさんは残酷大公に完全に敵対しているからです。特にマヤさんは、残酷大公の娘です。博士の研究と合わせれば、あの残酷大公に一矢報いる事だって、できるかもしれない」
「そりゃ……しかし、うむぅ……」
ジャンが手を挙げた。
「待った。博士、とは?」
マヤはヨハンが、自分を部屋に案内した際に、口を滑らせて発した言葉を思い出した。
「……科学者、を匿ってるんですか?」
ヨハンは、目をぱちくりさせ、しまった、と額をぴしゃりと叩いた。
「いや、あれは――」
ロングデイは溜息をつくと立ち上がった。
「博士はまだ本調子じゃないけれども、たぶん大丈夫でしょう。ベッドをお客様のいる部屋に移します」
ヨハンは観念したように、ソファに体を埋めた。
「ヘレンに食事を忘れるなよ」
「ご心配なく。もう、あげたわ」
ロングデイは立ち上がると、木戸を潜って行ってしまった。
ヨハンセンは肩を竦めた。
「……まったく、すぐに人を信じるんだから、あれは……」
「尻に敷かれてるな」
「おいおい! それは――当たってるか。とはいえ、あいつは頭がいい。おまけに優しい。今でもあいつは俺にベタ惚れなのさ。俺もだがな。
美人だろう?」
「惚気るなよ。犬も食わんぞ。ところで、博士とは誰だ? ヘレンってのは?」
ヨハンセンは頭を掻いた。
「質問は後だ! 部屋の準備ができたら、すぐに判る。
ああ、お前らの知り合いの男二人に、ペラペラしゃべる猫もそこで待っているぞ。
ま、とりあえず、俺に一杯ついでくれ。それで、この目の痣はチャラだ」
ジャンは苦笑いすると、グラス二つにワインを注いだ。
「俺の分も飲んでくれ。おごりだ」
ヨハンはにっこりすると、痣に乾杯! とグラス二つを両手で掲げた。
木戸を潜ると、そこは細い廊下だった。奥に一つ、手前に扉が一つある。
奥の扉が開き、ロングデイが顔を覗かせた。
「ご準備ができました。
ところで、一つ質問がございます。
あなたがたはこの船をどうするおつもりですか?」
ジャンはロングデイをじっと見て、口を開いた。
「現時点では何とも。ただ――
『場合によっては破壊せざるをえない』かと」
ロングデイの視線にマヤは肩を竦めた。
「船の事は考えてないです。ただ――
あたしは残酷大公の娘らしいんで、近いうちに、『あいつをぶん殴る予定』なんです。その後は、まだ考えてないかな」
そう言ってからマヤはふっと天井を見上げた。
「でも、あのクソ大公は子供を殺すんでしょう? ロングデイさん達には悪いけど、ぶっ壊すしかないなあと思ってるよ。みんなは船を降りた方が良いと思うなあ」
ロングデイは長く細く息を吐いた。
「ここは出るのに審査が必要なんです。
ここに長く居た者は、客であろうと従業員であろうと、絶対に外に出れません。親として子供達を一刻も早くこの船から降ろしたいのです。
ですので、船を破壊なさる案には賛成です」
マヤはロングデイを真っ直ぐに見つめた。
「あなたは、とっても良い母親だと思います。
あたしの母さんも、そうだったと良いんだけどさ」
ロングデイもマヤを見つめ返した。
「母親の価値を決めるのは子供です。あなたがお母さんをどう思うかが問題なのですよ」
「……うん」
マヤはぐすっと鼻をすすると、にかっと笑った。
ロングデイは手を差し出した。
目上の女性との握手は経験がなかったマヤは照れ臭そうに手を握る。と――ロングデイの肩に蛇が現れた。それは毒々しい模様をしており、ちろちろと舌を出しながら、ゆっくりと彼女の首に巻きついていく。
マヤは息を飲んだ。
「ろ、ロングデイさん……」
「こちらはヘレンです。ああ、お気になさらずに。無毒の大人しい蛇です。私の命令が無ければ人を襲ったりしませんわ」
ジャンが首を傾げる。
「その模様、顔料ですか?」
言われてマヤは蛇に顔を近づけた。なるほど模様は顔料で塗ったものらしい。所々小さく剥げていた。ロングデイはヘレンの頭を軽く撫でた。
「その通りです。毒蛇みたいでしょ? 襲われた時、この子を見せれば大抵の奴は逃げていくのです。逃げない奴も怯みます。怯んだなら――急所を蹴りあげますわ」
ジャンは、おうっと小さく言うと急所を隠す。
ロングデイとマヤは顔を見合わせて笑った。
「さて、中にどうぞ。私と夫は席を外します。この中にいらっしゃいます博士は、お体を壊していらっしゃいますので、ご配慮ください」
ジャンが前に進み出た。
「お名前は?」
「ここにはゴーレムはおりません。ですが、念の為にお名前をこの部屋の外で言うのは禁止しております。この部屋は外部からの霊力や魔力の干渉を受け付けないように鉛の板で覆っています。ご存分にご歓談ください」
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