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第三章
その九 タルタロス:三人の男
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部屋には三人の男がいた。
一人は奥のベッドに寝ている老人。こけた頬に乱れた白髪。ゆったりした白い服を羽織り、ぼんやりとした目でマヤを見ている。
あとの二人は中央に置かれた粗末な木のテーブルに、向かい合って座っていた。
一人はイギリス風の黒いスーツを着た男で、面長の顔に薄い笑みを浮かべている。
もう一人は老人で、禿げ上がった頭に碧い眼。擦り切れた白いスーツを着ている。
「やあ、来たね」
猫の形をとったガンマがひらりとテーブルに飛び乗った。ジャンとマヤは壁に立てかけてあった椅子を持ってくると腰掛けた。
マヤが頭を下げる。
「初めまして、マヤ・パラディールです。ええっと……残酷大公の娘です」
ガンマがふすっと鼻を鳴らした。黒いスーツの男が柔和な笑みを崩さずお辞儀をした。続いてジャンが頭を下げる。
「ジャン・ラプラス。そこのガンマと同類だ」
「あなたも紐になるのですか?」
黒いスーツの男の低いビロードのような声に、ジャンがにやりと笑う。
「なれと言われれば、なるかもしれませんよ? お名前を聞いてもよろしいですか?」
「そのお顔は、すでに察しているようですね。とはいえ、マヤさんは私の名は聞いたこともないでしょうから、不得意でございますが自己紹介をば……。
ハワード・フィリップス・ラヴクラフト。
今は無きアメリカでジャーナリストをやっておりました」
ラヴクラフトは軽く頭を下げると、マヤに手を差し出した。マヤはその手を握ろうとして何か――違和感のような物――を感じ躊躇した。
ラヴクラフトは笑って手を引っ込めた。
「勘が鋭いお嬢さんだ。私には触らない方がよろしいですよ。私自身、私には触りたくはないですから」
「は、はあ……」
マヤはおどおどとして、ジャンを窺う。ジャンは片眉を上げてみせた。
「この人の身の上話は長くなるから、後で教えてやる。
さて、そちらの御老人二人のお名前をお聞かせ願えるかな?」
ガンマが首をこきりと鳴らした。
「お二人は喋れない。僕が代わりに紹介しよう。まずは奥のベッドの御仁。こちらはヨハンセンご夫妻が長年保護されてきたかただ。お名前は――
ニコラ・テスラ」
ジャンが椅子をひっくり返して立ち上がった。
その手がぶるぶると震えているのを見ながら、マヤはガンマに問うた。
「テスラって、あの電気を遠くに送るでっかい塔を立てた人?」
「そうさ。一九〇五年に無線送電装置、ウォーデンクリフ・タワーを作り上げた。第一次大戦時に破壊されてしまったけども、その少し前に氏は失踪してしまった。
噂によるなら実験は成功したそうだが……記録は公にはならなかった。何故か?」
ジャンはガンマの首を掴んで引き寄せた。
「残酷大公が握りつぶしたんだな! じゃ、じゃあ、あれは、あの船の上のアレは、そういう物なのか!?」
ガンマはずるりと体を緩めるとジャンの手から逃れ、マヤの膝の上で形をとる。
「マヤ、君もアレは見たね?」
ガンマの問いにマヤはこくりと頷く。
「霧越しだったけど見たよ。すると、あれはここに居るテスラさんが作ったんだ。どっかに電気を送るってこと?」
ガンマはマヤの顔をじっと見た後、テーブルにひらりと戻る。
「こちらの御老人の紹介を忘れていたね。ハワード、あなたが紹介するかい?」
「そうですね……。
こちらは私と同じくアメリカからの生還者。ツァンさんです。
知る人ぞ知るヴィオル奏者。残酷大公に追われていた御仁です」
マヤが驚く。
「残酷大公に!? 一体どうして――」
ジャンが座ると腕を組んだ。
「ガンマ、お前は俺の追っている事件の真相を知っているんだな?」
「説明はできるよ」
ガンマは短く答えると、にやりと嗤った。
「ただ、証拠は今揃ったんだけどね。ツァン氏とテスラ氏。それに、マヤ、君だ」
「あたしとテスラさんとツァンさんの関係がよく判らないんだけど……」
テスラが呻き声を上げた。
ラヴクラフトが頷くと、懐から一冊のノートを取り出し、それを静かに二人の前に置いた。
ガンマが喉を軽く鳴らした。
「答えはそこにある。ただし、ショッキングだよ。……マヤちゃんにとってはね」
マヤはノートに伸ばした手を止めた。
「……ジャンさん、お願いできる?」
ジャンは頷くとゆっくりとノートを開き、マヤの肩に手を回した。
「表紙にはテスラ氏のサインがある。実験記録のようだ。ドイツ語だな」
ジャンは指で文章をなぞりながら、ふむふむと頷いた。
「あらかじめ言っておくが、お前に対して誤魔化しはしない。俺の言ったことはこのノートに書いてあることだ。ガンマやラヴクラフト氏も目を通しているはずだから、確認とってもいいぞ」
「信じるって……。それに残酷大公の娘以上にショックな事なんて、この世には無い気がするけど」
ラヴクラフトは、くすりと笑った。
「……お嬢さん、あなたが世界を語るのは少し早いと思いますよ」
一人は奥のベッドに寝ている老人。こけた頬に乱れた白髪。ゆったりした白い服を羽織り、ぼんやりとした目でマヤを見ている。
あとの二人は中央に置かれた粗末な木のテーブルに、向かい合って座っていた。
一人はイギリス風の黒いスーツを着た男で、面長の顔に薄い笑みを浮かべている。
もう一人は老人で、禿げ上がった頭に碧い眼。擦り切れた白いスーツを着ている。
「やあ、来たね」
猫の形をとったガンマがひらりとテーブルに飛び乗った。ジャンとマヤは壁に立てかけてあった椅子を持ってくると腰掛けた。
マヤが頭を下げる。
「初めまして、マヤ・パラディールです。ええっと……残酷大公の娘です」
ガンマがふすっと鼻を鳴らした。黒いスーツの男が柔和な笑みを崩さずお辞儀をした。続いてジャンが頭を下げる。
「ジャン・ラプラス。そこのガンマと同類だ」
「あなたも紐になるのですか?」
黒いスーツの男の低いビロードのような声に、ジャンがにやりと笑う。
「なれと言われれば、なるかもしれませんよ? お名前を聞いてもよろしいですか?」
「そのお顔は、すでに察しているようですね。とはいえ、マヤさんは私の名は聞いたこともないでしょうから、不得意でございますが自己紹介をば……。
ハワード・フィリップス・ラヴクラフト。
今は無きアメリカでジャーナリストをやっておりました」
ラヴクラフトは軽く頭を下げると、マヤに手を差し出した。マヤはその手を握ろうとして何か――違和感のような物――を感じ躊躇した。
ラヴクラフトは笑って手を引っ込めた。
「勘が鋭いお嬢さんだ。私には触らない方がよろしいですよ。私自身、私には触りたくはないですから」
「は、はあ……」
マヤはおどおどとして、ジャンを窺う。ジャンは片眉を上げてみせた。
「この人の身の上話は長くなるから、後で教えてやる。
さて、そちらの御老人二人のお名前をお聞かせ願えるかな?」
ガンマが首をこきりと鳴らした。
「お二人は喋れない。僕が代わりに紹介しよう。まずは奥のベッドの御仁。こちらはヨハンセンご夫妻が長年保護されてきたかただ。お名前は――
ニコラ・テスラ」
ジャンが椅子をひっくり返して立ち上がった。
その手がぶるぶると震えているのを見ながら、マヤはガンマに問うた。
「テスラって、あの電気を遠くに送るでっかい塔を立てた人?」
「そうさ。一九〇五年に無線送電装置、ウォーデンクリフ・タワーを作り上げた。第一次大戦時に破壊されてしまったけども、その少し前に氏は失踪してしまった。
噂によるなら実験は成功したそうだが……記録は公にはならなかった。何故か?」
ジャンはガンマの首を掴んで引き寄せた。
「残酷大公が握りつぶしたんだな! じゃ、じゃあ、あれは、あの船の上のアレは、そういう物なのか!?」
ガンマはずるりと体を緩めるとジャンの手から逃れ、マヤの膝の上で形をとる。
「マヤ、君もアレは見たね?」
ガンマの問いにマヤはこくりと頷く。
「霧越しだったけど見たよ。すると、あれはここに居るテスラさんが作ったんだ。どっかに電気を送るってこと?」
ガンマはマヤの顔をじっと見た後、テーブルにひらりと戻る。
「こちらの御老人の紹介を忘れていたね。ハワード、あなたが紹介するかい?」
「そうですね……。
こちらは私と同じくアメリカからの生還者。ツァンさんです。
知る人ぞ知るヴィオル奏者。残酷大公に追われていた御仁です」
マヤが驚く。
「残酷大公に!? 一体どうして――」
ジャンが座ると腕を組んだ。
「ガンマ、お前は俺の追っている事件の真相を知っているんだな?」
「説明はできるよ」
ガンマは短く答えると、にやりと嗤った。
「ただ、証拠は今揃ったんだけどね。ツァン氏とテスラ氏。それに、マヤ、君だ」
「あたしとテスラさんとツァンさんの関係がよく判らないんだけど……」
テスラが呻き声を上げた。
ラヴクラフトが頷くと、懐から一冊のノートを取り出し、それを静かに二人の前に置いた。
ガンマが喉を軽く鳴らした。
「答えはそこにある。ただし、ショッキングだよ。……マヤちゃんにとってはね」
マヤはノートに伸ばした手を止めた。
「……ジャンさん、お願いできる?」
ジャンは頷くとゆっくりとノートを開き、マヤの肩に手を回した。
「表紙にはテスラ氏のサインがある。実験記録のようだ。ドイツ語だな」
ジャンは指で文章をなぞりながら、ふむふむと頷いた。
「あらかじめ言っておくが、お前に対して誤魔化しはしない。俺の言ったことはこのノートに書いてあることだ。ガンマやラヴクラフト氏も目を通しているはずだから、確認とってもいいぞ」
「信じるって……。それに残酷大公の娘以上にショックな事なんて、この世には無い気がするけど」
ラヴクラフトは、くすりと笑った。
「……お嬢さん、あなたが世界を語るのは少し早いと思いますよ」
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