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第三章
その十 タルタロス:真相
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ジャンはマヤをちらりと見ると、ノートに目を戻した。
「最初の数ページは、テスラ氏が残酷大公に雇われた経緯が書いてある。『魔術と科学を融合させた新たな試み』と『莫大な資金』が決め手になったらしい。ウォーデンクリフ・タワーは金食い虫だったと聞いたことがある。ならば当然の流れかな」
テスラが呻き声を上げる。
「当初の目的は、『地球上のあらゆる場所への送電』だな。
残酷大公は船を数席用意して、世界中に低価格で電気を売るということをテスラ氏に言った、とある。それをソドムの産業とする予定、と。電力自体は魔術と水力、風力発電で作り出す、か……」
マヤは、はーんと感心したような声を出した。
「そりゃ凄い。どこにでも電気をガンガン送れるなら、船はもってこいだね!」
「ああ。エネルギーを巡っての争いが世界から消えるわけだ。利権云々言う連中も、相手が残酷大公じゃあ、手も足も出ない。これはテスラ氏が飛びつくわけだ」
ジャンはページをめくる。マヤが横から覗くと、様々なメモがびっしりと貼られ、そこにぎっちりと書き込みがあるページが続いているのが見えた。
「……どこに本文があるのか、判らねえ……よく、読めるね」
「慣れだよ、慣れ。
……ふーむ、ウォーデンクリフ・タワーの理論を更に推し進めて、残酷大公の魔力に、電気を乗せるってことになったらしい。実験は成功。残酷大公の魔力は地球を一周して、観測できたらしい……。
残酷大公大喜び、と」
「あのいつも笑ってそうなやつが大喜びとは、相当なもんだったんだろうな」
「さて……『七月十二日、ウォーデンクリフ・タワー二号機遂に完成。十五日後に送電実験成功』……ん? なんだこりゃ?」
「どうしたの?」
「……『九月二十五日。大公の目的判明。これから逃走を試みる。これを体に縛って海に飛び込むが、私が死んだ場合、誰かがこのノートを読んでくれることを願う』……続きを聞きたいか?」
ジャンの声に、マヤは頷く。
「『動力は発電装置でも、残酷大公の魔力でもなかった。地下のあれだ。私のタワーを使って、地下のあれから出ているものを遠方まで届かせる気なのだ』……おい、ガンマ、地下のあれってのは、もしや――」
「君の想像通り、残酷大公の像の土台。不安な気持ちになる、あれだよ」
「中には何があるんだ?」
「判らない。テスラ氏はこんな状態だしね」
ジャンはガンマをしばらく睨むと、ノートの記述に戻った。
「『理論上は、地球上のあらゆる場所に、あれから出ているエネルギーを『届ける』ことができる。いや、エネルギーという表現はやめよう。あれが出しているのは、怨念だ。人を発狂させる憎悪と言い換えても――』」
「な、なんだぁ!?」
マヤがジャンを見上げて、叫び声を上げた。
「え? どういうこと? それって――」
「読んだ通りだ。タワーを使って『人を発狂させるエネルギーを送信する』のが、残酷大公の目的だったってわけだ」
マヤの顔に徐々に汗が浮かびだす。
「じゃ――じゃあ、サラエボ事件もジャンさんが追ってる事件も――」
ジャンが頷く。
「ヨーロッパ各地で起きていた一連の事件は、残酷大公が送った『エネルギー』とかの所為で起きてたってことだ」
ジャンはこつこつと机を指で叩く。
「そしてだな……この文章で問題なのは『届けることができる』って箇所だ。『送れる』じゃなくて『届けることができる』。
誰に――届けるか」
マヤはジャンの言葉が体に染み込んでいくように感じた。背筋に冷たい物が走る。
ジャンはノートの記述に戻る。
「『調整された少女の目を見た。何の感情も持ってない深淵だった。
大公によれば、過去の失敗を鑑み、脳をいじったそうだ。
非人道的な行いに私は加担してしまったのだ。この世の闇に私は落ちてしまった。
もう、耐えられ――』…………ここから先は、文字が滅茶苦茶だな。
……ん? 数ページ先に短い記述があって――終わりか……」
マヤはごくりと喉を鳴らした。
「ご、ごめん。頭が回らない。整理してくれない?」
「マヤ、お前に話した村の話を覚えているか。
『一人多かった』。
俺はそう言ったよな。
想像するに、その『一人』は『受信機』なんだ。
確実に怨念を受け取ることができ、それを『溜めこむ』ことができる。そして適当な『対象者』に溜めこんだ怨念を注ぎこむわけだ。すると凶行が起きる。
そういう風に、残酷大公は――『子供を調整して送り込んでいた』」
マヤはがたりと椅子から立ち上がった。部屋中の視線が自分に向いているのが判る。
「それっって……あたしの能力――」
「そうだ。人の感情、いや、微弱な周波を媒介にして『発生源』からエネルギーを取り込み、それを溜め込む能力。
多分、お前は溜め込んだ力を人に注ぎ込むこともできるはずなんだ。
お前がやっていた身体能力の向上は、恐らくテロ活動での目標への移動手段であり、避難行動であり――」
マヤがぐらりとよろけた。
ジャンは素早く腋の下に手を入れゆっくりと椅子に座らせた。
「あたしは――じゃあ、あの夢は! あたしがあそこでサラエボ事件を起こしたってことなのか!」
マヤの叫びにジャンは首を振った。
「落ち着け。勿論可能性はある。だが――」
「だが、なんだよ!」
「お前の母親だよ。
マヤ、お前――君が受信機の役目として、あそこに配置されたのは、十六年前だろ? 君は……ちゃんと成長すると仮定するなら、一歳の赤ん坊だったはずだ」
マヤの目が大きくなる。
あの夢。『懐かしくて暖かい何かに体がつつまれる』のを感じる夢。動けない夢!
「あたしは、あの時――赤ん坊だった!」
じゃあ! 建物の窓に映っていたのは――
「……母さんがあたしを抱いて、あそこに立っていたんだ!」
ジャンは頷いた。
「テスラ氏のノート、最後の部分だ。
『残酷大公の実験記録を読んだ。――赤ん坊の状態での受信実験成功。念のため二体用意。一体は受信後に急激に老化。もう一体は直後に工作員ごと失踪。あの方の『世界への怨み』に耐えられないと思っていたが、極めて興味深い結果――なんという恐ろしい話なのか……』
……君の母親は、最悪の結果を目にして君を連れて逃げたんだよ。そこでお前の夢の話が出てくる。このもう一人ってのは――」
「夢のヴィルジニー! そうか、『覚えてる』って、あたしとヴィルジニーは一緒に調整を受けた……。
いや! 多分、全員がヴィルジニーって呼ばれてるんだな?
あたし達が一緒にいたのを『覚えているか』って意味か!
母さんはヴィルジニーが老化するのを見て……」
「君の母親は君の能力を把握していた。だから君に眼鏡をかけさせた。
元残酷大公の配下なら、魔術方面にも詳しいだろう。
お前の眼鏡は恐らく聖遺物の類を使ってるんだ。だから俺の探知機に反応した」
「母さん……」
「何故、眼鏡をかけさせたのか? いやいや、何故君を連れ去ったのか、その真意は俺には判らん。
だが、お前には判るだろう?」
「うん……判る、と思う」
マヤはふーっと長く息を吐いた。
ジャンはそんなマヤを見て、満足そうに笑みを浮かべ、椅子に深く腰掛けた。
「……しかし、これはとんでもないことだな。子供じゃあ、巧くやればどこにでも入りこめちまう。
無差別大量殺人や暴動、革命も意図的にいつでも起すことができるってことじゃねえか」
マヤは腕を組むと、頷いた。
「しかも、受信機役の子供も殺されちゃってるんでしょ?」
沈黙していたラヴクラフト氏が、深く頷いた。
「正に『死人は語らない』というやつですよ」
「最初の数ページは、テスラ氏が残酷大公に雇われた経緯が書いてある。『魔術と科学を融合させた新たな試み』と『莫大な資金』が決め手になったらしい。ウォーデンクリフ・タワーは金食い虫だったと聞いたことがある。ならば当然の流れかな」
テスラが呻き声を上げる。
「当初の目的は、『地球上のあらゆる場所への送電』だな。
残酷大公は船を数席用意して、世界中に低価格で電気を売るということをテスラ氏に言った、とある。それをソドムの産業とする予定、と。電力自体は魔術と水力、風力発電で作り出す、か……」
マヤは、はーんと感心したような声を出した。
「そりゃ凄い。どこにでも電気をガンガン送れるなら、船はもってこいだね!」
「ああ。エネルギーを巡っての争いが世界から消えるわけだ。利権云々言う連中も、相手が残酷大公じゃあ、手も足も出ない。これはテスラ氏が飛びつくわけだ」
ジャンはページをめくる。マヤが横から覗くと、様々なメモがびっしりと貼られ、そこにぎっちりと書き込みがあるページが続いているのが見えた。
「……どこに本文があるのか、判らねえ……よく、読めるね」
「慣れだよ、慣れ。
……ふーむ、ウォーデンクリフ・タワーの理論を更に推し進めて、残酷大公の魔力に、電気を乗せるってことになったらしい。実験は成功。残酷大公の魔力は地球を一周して、観測できたらしい……。
残酷大公大喜び、と」
「あのいつも笑ってそうなやつが大喜びとは、相当なもんだったんだろうな」
「さて……『七月十二日、ウォーデンクリフ・タワー二号機遂に完成。十五日後に送電実験成功』……ん? なんだこりゃ?」
「どうしたの?」
「……『九月二十五日。大公の目的判明。これから逃走を試みる。これを体に縛って海に飛び込むが、私が死んだ場合、誰かがこのノートを読んでくれることを願う』……続きを聞きたいか?」
ジャンの声に、マヤは頷く。
「『動力は発電装置でも、残酷大公の魔力でもなかった。地下のあれだ。私のタワーを使って、地下のあれから出ているものを遠方まで届かせる気なのだ』……おい、ガンマ、地下のあれってのは、もしや――」
「君の想像通り、残酷大公の像の土台。不安な気持ちになる、あれだよ」
「中には何があるんだ?」
「判らない。テスラ氏はこんな状態だしね」
ジャンはガンマをしばらく睨むと、ノートの記述に戻った。
「『理論上は、地球上のあらゆる場所に、あれから出ているエネルギーを『届ける』ことができる。いや、エネルギーという表現はやめよう。あれが出しているのは、怨念だ。人を発狂させる憎悪と言い換えても――』」
「な、なんだぁ!?」
マヤがジャンを見上げて、叫び声を上げた。
「え? どういうこと? それって――」
「読んだ通りだ。タワーを使って『人を発狂させるエネルギーを送信する』のが、残酷大公の目的だったってわけだ」
マヤの顔に徐々に汗が浮かびだす。
「じゃ――じゃあ、サラエボ事件もジャンさんが追ってる事件も――」
ジャンが頷く。
「ヨーロッパ各地で起きていた一連の事件は、残酷大公が送った『エネルギー』とかの所為で起きてたってことだ」
ジャンはこつこつと机を指で叩く。
「そしてだな……この文章で問題なのは『届けることができる』って箇所だ。『送れる』じゃなくて『届けることができる』。
誰に――届けるか」
マヤはジャンの言葉が体に染み込んでいくように感じた。背筋に冷たい物が走る。
ジャンはノートの記述に戻る。
「『調整された少女の目を見た。何の感情も持ってない深淵だった。
大公によれば、過去の失敗を鑑み、脳をいじったそうだ。
非人道的な行いに私は加担してしまったのだ。この世の闇に私は落ちてしまった。
もう、耐えられ――』…………ここから先は、文字が滅茶苦茶だな。
……ん? 数ページ先に短い記述があって――終わりか……」
マヤはごくりと喉を鳴らした。
「ご、ごめん。頭が回らない。整理してくれない?」
「マヤ、お前に話した村の話を覚えているか。
『一人多かった』。
俺はそう言ったよな。
想像するに、その『一人』は『受信機』なんだ。
確実に怨念を受け取ることができ、それを『溜めこむ』ことができる。そして適当な『対象者』に溜めこんだ怨念を注ぎこむわけだ。すると凶行が起きる。
そういう風に、残酷大公は――『子供を調整して送り込んでいた』」
マヤはがたりと椅子から立ち上がった。部屋中の視線が自分に向いているのが判る。
「それっって……あたしの能力――」
「そうだ。人の感情、いや、微弱な周波を媒介にして『発生源』からエネルギーを取り込み、それを溜め込む能力。
多分、お前は溜め込んだ力を人に注ぎ込むこともできるはずなんだ。
お前がやっていた身体能力の向上は、恐らくテロ活動での目標への移動手段であり、避難行動であり――」
マヤがぐらりとよろけた。
ジャンは素早く腋の下に手を入れゆっくりと椅子に座らせた。
「あたしは――じゃあ、あの夢は! あたしがあそこでサラエボ事件を起こしたってことなのか!」
マヤの叫びにジャンは首を振った。
「落ち着け。勿論可能性はある。だが――」
「だが、なんだよ!」
「お前の母親だよ。
マヤ、お前――君が受信機の役目として、あそこに配置されたのは、十六年前だろ? 君は……ちゃんと成長すると仮定するなら、一歳の赤ん坊だったはずだ」
マヤの目が大きくなる。
あの夢。『懐かしくて暖かい何かに体がつつまれる』のを感じる夢。動けない夢!
「あたしは、あの時――赤ん坊だった!」
じゃあ! 建物の窓に映っていたのは――
「……母さんがあたしを抱いて、あそこに立っていたんだ!」
ジャンは頷いた。
「テスラ氏のノート、最後の部分だ。
『残酷大公の実験記録を読んだ。――赤ん坊の状態での受信実験成功。念のため二体用意。一体は受信後に急激に老化。もう一体は直後に工作員ごと失踪。あの方の『世界への怨み』に耐えられないと思っていたが、極めて興味深い結果――なんという恐ろしい話なのか……』
……君の母親は、最悪の結果を目にして君を連れて逃げたんだよ。そこでお前の夢の話が出てくる。このもう一人ってのは――」
「夢のヴィルジニー! そうか、『覚えてる』って、あたしとヴィルジニーは一緒に調整を受けた……。
いや! 多分、全員がヴィルジニーって呼ばれてるんだな?
あたし達が一緒にいたのを『覚えているか』って意味か!
母さんはヴィルジニーが老化するのを見て……」
「君の母親は君の能力を把握していた。だから君に眼鏡をかけさせた。
元残酷大公の配下なら、魔術方面にも詳しいだろう。
お前の眼鏡は恐らく聖遺物の類を使ってるんだ。だから俺の探知機に反応した」
「母さん……」
「何故、眼鏡をかけさせたのか? いやいや、何故君を連れ去ったのか、その真意は俺には判らん。
だが、お前には判るだろう?」
「うん……判る、と思う」
マヤはふーっと長く息を吐いた。
ジャンはそんなマヤを見て、満足そうに笑みを浮かべ、椅子に深く腰掛けた。
「……しかし、これはとんでもないことだな。子供じゃあ、巧くやればどこにでも入りこめちまう。
無差別大量殺人や暴動、革命も意図的にいつでも起すことができるってことじゃねえか」
マヤは腕を組むと、頷いた。
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