見張り台

島倉大大主

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「しかし、それは噂ではない。隕石はこの谷の奥に隔離されている。隕石は非常な硬度を持っており、破壊は不可能だったのだ。だから、隔離する。しかし、隕石は強い想いに反応し、『連中』を吐き出す。だから、俺達は撃つのだ」  
 青年が手を挙げた。
「質問があります!」
「ああ、堅苦しい! いいから座れ! 座らんと、答えてやらんぞ!」
 老人に怒鳴りつけられ、青年はようやく椅子に座った。ぎしりと軋むそれに、青年は体重のかけ方を変えた。
「これでいいでしょうか!」
「その口調もやめろ。普通の敬語で喋れ。上官の命令だ」
「はっ! ……で、では、その、質問があるのですが」
「なんだ?」
「自分は――僕は、その噂に毛が生えた程度、つまり、『隕石が人を復活させる』という程度しか知らずにここに来たのですが、隕石の力が本当なら、そもそも、殺処分というのは如何なものかと……。大体、隕石を手元に置いておいた方が、色々と便利なのではないのかな、と考えるのですが」
 老人は天井を見上げる。
「その通りだ……。しかし――まずは隕石の性質からいくか。
 あれが汲み取る想いは『ランダム』なんだ。距離も強さも関係ない。思い通りに動かせないんじゃ意味が無い。偉大なる指導者を戻そうと思ったら、近所の婆さんでしたってんじゃ仕方ない。百年間祈り続ければ、そのうち当たりを引くかもしれんがね。どっちにしろ、確実な即効性が無いんじゃ、ガラクタさ」
 青年は、はあと気の抜けたような返事をした。
「次に――あれが戻すのは、『人間』じゃあない」
「……は?」
「コピー。影。まあ呼び名は何でもいい。ともかく『連中』は人間ではない」
 青年は困惑した顔になった。
「人間ではない? それを銃で撃って殺せるんですか?」
「ああ。血も流れているし、臓器の位置も同じだ。体温も脈も人のそれだから、確認するのも簡単だ。ただし、思考するから、ぼうっとしたうちに撃たんと、隠れられて面倒な事になるな」
「そ、それは――人間じゃないですか!」
 青年は拳を握ると、立ち上がって叫んでいた。
 老人は口の端を上げる。
「ほう……連中は飯を食わんのにか?」
「は?」
「水も飲まん。成長もせんぞ」
「そ……それは――」
 老人は煙草を取り出すと、咥えた。
「連中は時間が止まってるのさ。『在りし日の思い出』がノコノコ歩いてくるわけだよ。恐ろしいと思わんか? 虚しいと思わんか?」
 黙ったままの青年を睨みながら、老人はマッチを壁面に擦りつけた。瞬間、お互いの顔が、そして表情がはっきりと見える。

 青年は悟った。
 この人とは相容れない、と。

「僕はそう思いません。生き返った人々は、手厚く保護すべきだと考えます。いや、色々と不都合があるのなら、キャンプを作って、そこに収監すべきなのではないでしょうか? 人々は人間です。保障されるべき、権利や自由があるはずです」
「死人にそんな物はない」
「生き返ったのなら、死人ではありません!」
 老人は俯くと、背中に手を回した。
 ずるり、と銃が引き出された。まるで、彼の影から引き抜いたように、真っ黒で大きな狙撃銃だった。
「お前、あの写真は見たことが無いのか?」
 老人の問いに、青年は硬直した。
「あるよな? この任務に就く前に、絶対に見せられるべきものだ」
 老人は窓によると、銃を構えた。と、彼の懐で、小さくブーッという音がした。
「センサーに連中がかかったぞ」
 青年の息が荒くなった。
「う、撃つのは間違っています……」
「いや、間違ってはいない。お前も見たんだろう? 防腐処理がされた遺体の横に、佇んでいる男の写真を」

 資料によれば、それはボストンの銀行家であるという。彼は、七ヶ月後に戻ってきた。驚いた関係者は、『墓の中身』を確かめたのだ。
「銀行家ってところが問題だった。保険詐欺を疑われたわけだな。さて、この場合は、保険金は返すべきなのかね? どう思う?」
「それと、これとは次元が違います。僕が言っているのは、人間として、当然の権利の話であって――」
「そいつの奥方は、すでに再婚していた」
「そ、それは――」
「再婚した奥方の権利とやらはどうなんだ? 自分の心に区切りをつけて踏み出す権利は誰にでもあるはずだぞ? なのに、連中は、いや、あの石はそれを許さないんだぞ?
 『もしかしたら、帰ってくるかもしれない』
 そんなことを考えながら生きるってのは、一種の地獄だと思わんか?」
 老人はスコープを覗くと、すぐに顔を離した。深いため息をつき、早いな、と小さく呟いた。
「一応聞いておくぞ。あれは誰だ?」
 青年は窓に駆け寄った。
 裂け目の傍を、少年が歩いていた。

「そ、その銃から手を離せ! 早く!」
 青年は隠し持っていた小銃を、老人に突き付けた。老人は眉一つ動かさずに、繰り返す。
「あれは誰だ?」
「早く銃から、手を離せ! あれは――あれは、僕の弟だ!」
「ほう……。成程、お前はここに『潜り込んだ』ってわけか。これが目的なわけか」
 老人は青年に笑いかけると、再びスコープを覗きこんだ。
「やめろ!」
 青年は撃鉄を起した。
「撃つぞ! ぼ……俺を舐めるなよ! あんたを撃つことに、躊躇いなんて――」
「俺は躊躇うね。生きた人間は撃てない。これは本当さ」
 老人の言葉に、青年はふっと力を抜いた。
「だ、だったら――」
 ぱすっと気の抜けたような音がした。
「だが、連中は生きてはいない。だから、簡単なもんさ」
 青年は転がるように階段を駆け下りた。

 青年は膝から崩れ落ちた。
 小さな服があった。
 小さなズボンがあった。
 小さな靴があった。
 あの日の朝、あの事故の日の朝、弟が着ていたお気に入りの服。
「連中は砂になるんだ」
 老人は青年の背後に立つと、煙草をくゆらせ、真っ黒な天を仰いだ。
 青年はゆっくりと固い地面を撫でた。
 小さな人の形をした、灰色の小さな砂の山。それが服の透間からこぼれて広がっている。
 青年は手袋を外すと、震える指で砂を掬う。
 だが、強く吹き始めた風が、たちまちそれを吹き散らし、服を巻き上げ、裂け目へと運んでいく。あっという間に、青年の前には、小さな靴が二足あるだけとなった。
 青年は靴を手に取る。
 何度も何度も、酒を飲みながら、そして泣きながら手にした感触が蘇る。
「間違いなく――弟だった――なのに――」
 青年は肺の息を全部吐き出しながら、立ち上がった。血管が浮き上がり、顔が歪む。
 怒り。
 悲しさ。
 そんなものはとっくに通り越した、どうしようもないものが体に溢れていた。
「この職務に就く者は、近親者、友人、恋人等に『そういう人物』がいないというのが条件のはずだ」
 老人は青年に銃を向けた。
「だが、まあ、『来ちまったものは仕方がない』ってやつだ。どうだ、連中が人間じゃないってのが理解できたか? 塵からできたからって、本当に塵になるやつがあるか? さあ、どうだ?
 やるか? それとも、やらないか?」
 老人の言葉は最後通牒だった。引き金にかかる指には震え一つなく、薄闇の向こうの顔には、仄かだが笑みすら浮かんでいる。
「あんたは、弟を殺した」
 青年は、そう言った。
 老人はゆっくりと首を振った。
「違うな。お前の弟は、俺じゃない奴が殺したんだ」
「あんたが殺した! 今、さっき殺したじゃないか! あんたが、殺したんだよ!」
 老人は前に出ると、青年の眉間に銃口を突きつけた。
「そういう事にしたいのか? まあ、いいがね。だが、とりあえずは、お前を――」
 老人の懐から、ブーッと小さく音が鳴った。
「また、誰か来るんですね。その人も殺すんですね」
 青年が口の端を上げる。だが、続けて老人の懐が鳴り続けた。
 ブーッ
 ブーッブーッ
 ブーッブーッブーッブーッブーッ
 老人は銃を降ろすと、見張り台に向かって走り出した。まだ、懐が鳴っている。
「来い! 猫の手も借りなけりゃならん状況だ!」
 青年はしばらく躊躇った後に、結局見張り台に向かって走り出した。
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