16 / 73
章第一「両面宿儺」
(六)保健室のベツドにて寝ぬ
しおりを挟む
運動会は当然のごとく中止され、簡易的な帰りの会が行われた。児童たちの姿が徐々に減っていく。
保護者がきているところは、保護者とともに帰路へ着くことになり、事情を話して来られるようならきてもらい、どうしても来られないようなら、なるべく集団下校で帰ることになった。
雨脚が弱まるのを待たず、何組かの集団は学校をとうに離れている。傘を忘れてきた子には、学校のビニール傘が手渡された。
教室を出てすぐの廊下には、体育着入れが整然と並べられている。ずぶ濡れになってしまったものは、新聞紙の上へと置かれていた。
これは教頭が帰りの会中に置いていったもので、逃げ惑う児童たちがテントに忘れていったものだ。
帰りがけに、自分のものを各々持っていく。彩は、自分のと稲穂のぶんを拾い上げる。一応、確認のために、体育着入れに顔を埋めた。
うん、間違いなく稲穂の匂いがする、と彩は確信する。
「稲穂のだ」
「名前、書いてありますよ。視覚で判断できませんか?」
一連の行動を見ていた龍が、冷静にツッコミを入れた。
……きみのような、勘のいいガキは嫌いだよ。
「あ、受持さん。きょう、親御さんは、きてなかったよね」
立ち去ろうとして、彩は担任の先生に声をかけられた。
「は、はい……仕事が忙しいみたいで」
本当は暇してるんだろうな、と父母のことを考える。それから、彩は龍に目配せした。
「あたしは稲穂を起こして一緒に帰ります」
「そうだな、ありがとう。そうしてくれると助かる。御饌都神さんは……」
「途中まで同じ方向なので送っていきます」
「そうか。良がった良がった。じゃあ気をつけて帰りなさい」
そうして先生とは別れ、階段を下りていく。保健室へ寄る前に、どうなっているか、状況を確めておこう。
かなり派手に戦ってしまったし、花子さんや二宮くんの安否を確かめておかないといけない。
稲穂のランドセルと体育着を抱えたまま、三階の女子トイレに入って、誰もいないはずの個室をノックする。
龍には、一階の音楽室を見に行ってもらった。
その後、ふたりは一階と二階の踊り場で合流する。
二階の職員室前で、複数人の話し声が耳に届いたから、ふたりは聞き耳を立てた。警官が三、四人、教頭のもとへと報告しにきている。
うちひとりは、この小学校の卒業生ということもあって、積もる話もあるのだろう、事件以外の話に花を咲かせている。
すっかり空は晴れ上がったらしく、窓からは煌々とした陽光が差しこんでいた。
学校の敷地外へ見回りに出かけていた先輩らしき警官が戻り、束の間の談笑もお預けとなる。
「不審な人物は見当たりませんでしたね」
「そうですか。やっぱり逃げてしまったんですかね」
「重傷者が出なかったのは、不幸中の幸いでした」
「ええ。本当に」
「またなにかありましたら、いつでもご連絡ください」
唯一、校長は病院へと搬送されていったが、病院からの連絡によると軽傷で済んだらしい。
誰が最初に言い出した配慮なのか、警察からの事情聴取は、教師のみを対象として行われるということになったそうだ。
被害届を出したあとは、警察のほうで不審者を割り出してくれるそうだが、恐らく、いや、絶対に捕まりはしないだろう、という確信を彩や龍は持っている。
素知らぬ顔をして、職員室の前を突っ切り、保健室を目指す。
子どもらしい愛想を振り撒き「こんにちはー」と「さよーならー」を言ってりゃあ、疑われることはないだろう。
尤も、疑われるようなことはしていないんだけど、と彩はセルフツッコミする。
校長室を挟んだ、ひとつ先にあるのが保健室だ。
「あら。ふたりとも」ちょうど養護教諭が退室するところだったようで、ひょっこりと顔を覗かせる。
「よかった、先生これから会議だから。五瀬さんが起きたら、一緒に帰ってくれる? よろしくね」
「はい!」
彩は元気いっぱいに返事をした。養護教諭が立ち去ると、彩は真顔に戻って、龍に問いかける。
なにごともなかったかのような養護教諭の反応が気になったのだ。
「……どこまで覚えてないの?」
「気を失う前後十分間くらいだと思います」
「前後? 前だけじゃなくて、あとも?」
「はい。気を失ったという記憶もなくなるので、そこだけ突然ぽっかりと記憶をなくした状態になります」
「な、なるほどね……」
保健室のなかを区切っているカーテンを開ける。ベッドの上では、稲穂が気持ちよさそうに眠っていた。
彩は時計を確認する。稲穂が眠りに落ちてから、二時間が経とうとしていた。
「校舎の崩れたところは、とりあえず石土神が修復してくれたみたいだから」
「すみません」
「でも一時的な措置だから。夜になったら、またここ集合ね。いい?」
「はい……俺のせいですから」
「誰のせいでもないよ」
「いえ。俺が招いたんです」
「御饌都神くんが来なくても、いずれこうなってはいたよ」
「俺のことも助けていただき、ありがとうございます」
「あたしがしたのは、あくまでも応急処置だから。病院で診てもらうことをオススメするよ」
「はい……」
彩は、決して如何わしい目的などではなく、龍の身体を観察する。
いつの間にか着替えていたようで、まったく破けていない新品同然の体育着を身に纏っている。
さすがというべきか、完全に傷口が塞がっているように見える。というよりも、傷口が消えている、といったほうが正確だろう。
蒲黄に、そこまでの効能はないはずだが、神の力は偉大ということか。
否、と彩は頭を振る。いくら素戔嗚尊の子孫といえど、治るのが早すぎる。
彩の疑念は確信へと変わった。転校してきたときから気づいてはいたことだが、やっぱり龍は……
保護者がきているところは、保護者とともに帰路へ着くことになり、事情を話して来られるようならきてもらい、どうしても来られないようなら、なるべく集団下校で帰ることになった。
雨脚が弱まるのを待たず、何組かの集団は学校をとうに離れている。傘を忘れてきた子には、学校のビニール傘が手渡された。
教室を出てすぐの廊下には、体育着入れが整然と並べられている。ずぶ濡れになってしまったものは、新聞紙の上へと置かれていた。
これは教頭が帰りの会中に置いていったもので、逃げ惑う児童たちがテントに忘れていったものだ。
帰りがけに、自分のものを各々持っていく。彩は、自分のと稲穂のぶんを拾い上げる。一応、確認のために、体育着入れに顔を埋めた。
うん、間違いなく稲穂の匂いがする、と彩は確信する。
「稲穂のだ」
「名前、書いてありますよ。視覚で判断できませんか?」
一連の行動を見ていた龍が、冷静にツッコミを入れた。
……きみのような、勘のいいガキは嫌いだよ。
「あ、受持さん。きょう、親御さんは、きてなかったよね」
立ち去ろうとして、彩は担任の先生に声をかけられた。
「は、はい……仕事が忙しいみたいで」
本当は暇してるんだろうな、と父母のことを考える。それから、彩は龍に目配せした。
「あたしは稲穂を起こして一緒に帰ります」
「そうだな、ありがとう。そうしてくれると助かる。御饌都神さんは……」
「途中まで同じ方向なので送っていきます」
「そうか。良がった良がった。じゃあ気をつけて帰りなさい」
そうして先生とは別れ、階段を下りていく。保健室へ寄る前に、どうなっているか、状況を確めておこう。
かなり派手に戦ってしまったし、花子さんや二宮くんの安否を確かめておかないといけない。
稲穂のランドセルと体育着を抱えたまま、三階の女子トイレに入って、誰もいないはずの個室をノックする。
龍には、一階の音楽室を見に行ってもらった。
その後、ふたりは一階と二階の踊り場で合流する。
二階の職員室前で、複数人の話し声が耳に届いたから、ふたりは聞き耳を立てた。警官が三、四人、教頭のもとへと報告しにきている。
うちひとりは、この小学校の卒業生ということもあって、積もる話もあるのだろう、事件以外の話に花を咲かせている。
すっかり空は晴れ上がったらしく、窓からは煌々とした陽光が差しこんでいた。
学校の敷地外へ見回りに出かけていた先輩らしき警官が戻り、束の間の談笑もお預けとなる。
「不審な人物は見当たりませんでしたね」
「そうですか。やっぱり逃げてしまったんですかね」
「重傷者が出なかったのは、不幸中の幸いでした」
「ええ。本当に」
「またなにかありましたら、いつでもご連絡ください」
唯一、校長は病院へと搬送されていったが、病院からの連絡によると軽傷で済んだらしい。
誰が最初に言い出した配慮なのか、警察からの事情聴取は、教師のみを対象として行われるということになったそうだ。
被害届を出したあとは、警察のほうで不審者を割り出してくれるそうだが、恐らく、いや、絶対に捕まりはしないだろう、という確信を彩や龍は持っている。
素知らぬ顔をして、職員室の前を突っ切り、保健室を目指す。
子どもらしい愛想を振り撒き「こんにちはー」と「さよーならー」を言ってりゃあ、疑われることはないだろう。
尤も、疑われるようなことはしていないんだけど、と彩はセルフツッコミする。
校長室を挟んだ、ひとつ先にあるのが保健室だ。
「あら。ふたりとも」ちょうど養護教諭が退室するところだったようで、ひょっこりと顔を覗かせる。
「よかった、先生これから会議だから。五瀬さんが起きたら、一緒に帰ってくれる? よろしくね」
「はい!」
彩は元気いっぱいに返事をした。養護教諭が立ち去ると、彩は真顔に戻って、龍に問いかける。
なにごともなかったかのような養護教諭の反応が気になったのだ。
「……どこまで覚えてないの?」
「気を失う前後十分間くらいだと思います」
「前後? 前だけじゃなくて、あとも?」
「はい。気を失ったという記憶もなくなるので、そこだけ突然ぽっかりと記憶をなくした状態になります」
「な、なるほどね……」
保健室のなかを区切っているカーテンを開ける。ベッドの上では、稲穂が気持ちよさそうに眠っていた。
彩は時計を確認する。稲穂が眠りに落ちてから、二時間が経とうとしていた。
「校舎の崩れたところは、とりあえず石土神が修復してくれたみたいだから」
「すみません」
「でも一時的な措置だから。夜になったら、またここ集合ね。いい?」
「はい……俺のせいですから」
「誰のせいでもないよ」
「いえ。俺が招いたんです」
「御饌都神くんが来なくても、いずれこうなってはいたよ」
「俺のことも助けていただき、ありがとうございます」
「あたしがしたのは、あくまでも応急処置だから。病院で診てもらうことをオススメするよ」
「はい……」
彩は、決して如何わしい目的などではなく、龍の身体を観察する。
いつの間にか着替えていたようで、まったく破けていない新品同然の体育着を身に纏っている。
さすがというべきか、完全に傷口が塞がっているように見える。というよりも、傷口が消えている、といったほうが正確だろう。
蒲黄に、そこまでの効能はないはずだが、神の力は偉大ということか。
否、と彩は頭を振る。いくら素戔嗚尊の子孫といえど、治るのが早すぎる。
彩の疑念は確信へと変わった。転校してきたときから気づいてはいたことだが、やっぱり龍は……
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~
専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。
ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる