「ふるさと秋田」短編集

モンキー書房

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01『黒沼あい話』(2016)

05:外山

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 翌日。日曜日の朝。
 昨日に引き続き、今日も「芝桜まつり」が行われていた。


「おはよう!」
「おはよう。よく眠れた?」


 気丈に振る舞っていても、それが空元気に見えて、とても痛々しかった。


 オレは昨日と同じく、妹とツルと一緒に、母さんの車に乗り込む。


 なにごともなく黒沼に到着した。
 大松川ダム公園から、ステージショーの音が響いてきて、近いことを改めて実感した。


 近くに落ちていた石の中から、比較的に平たいものものを見つけ、水切りに再挑戦してみる。
 今回は五回まででき、初参戦の妹はゼロ回に留まった。


 黒沼の周囲を見渡してみるも、昨日となんら変化ない。
 ツルがあるものを発見し、声を張り上げたようだった。


「あっこさあるの、神社だべが?」


 ツルの指さすほうを見ると、確かに神社がある。
 黒沼へ下りていったのとは別の砂利道が、右隣に上方へ向かってのびていた。


 神社へ向かう道にはガードレールもあり、普通に自動車も通れるほどの幅がある。
 進んで少しすると、「急勾配」と書かれた菱形の黄色い標識が目に入った。


 この先も道は続いていたが、目的の神社へ行くには、右横にある木製の鳥居をくぐらなければならない。
 膝のあたりまで雑草が鬱蒼と生い茂った参道を進み、石段を一歩ずつ踏みしめ、着実に登っていった。


 その途中、妹が「なんか書かれてる」と言い出して、オレは石段のひとつを覗き見る。
 そこには「田沢湖町たざわこまち」と彫られていた。何段か上がり、また妹が声を上げる。
 今度は「境界標」と彫られた石段が、また参道の途中に横たわっていた。


 田沢湖町の境界標? オレは首を傾げた。
 すると妹が「あっ!」と手を叩く。


「田沢湖で思い出したんだけど、あの伝説って三湖伝説に似ているよね」


 あの伝説というのは、鶴ヶ池と黒沼の話のことだろう。
 しかしオレには、もう一方がわからない。


「三湖伝説? ああ、辰子姫たつこひめとかの?」


 そうなのだろうか。
 そもそも三湖伝説を、あまり詳しくは知らないのだが。
 ……というより、妹のほうが伝説系に詳しすぎるんじゃないか?


「着いた!」


 そう言いながら、妹は伸びをする。
 そうこうするうちに、黒沼をだいぶ見下ろす位置まで来ていた。
 こういうときの作法は、よくわからないが、とりあえず神社の前へ行き、手を合わせてお辞儀する。


 それから、周囲を少し探索してみたが、特に変わった様子もない。
 どこにでもある、ごく一般的な神社のようだった。


 次第に、梢の音が騒がしくなり、神社のしめ縄が大きく揺れ始める。
 宙にはためく長い髪を、ツルが片手で押さえつける。


「なんか思い出した?」


 妹の無邪気な質問に、ツルは困ったように表情を曇らせる。
 申し訳なさそうな顔で、首を横に振った。
 記憶がないというのは、きっとすごく不安なことだろう。


 黒沼のある方角を、妹は見つめていた。
 黒沼は見下ろせば見えるが、それよりも遠くのほうに向けている。
 参道の石段を下りながら、妹は説明し出した。


「鶴ヶ池と黒沼が出来た理由……それを伝える物語は、前に話したのが最も有名なんだけど……黒沼を舞台にした伝説は、ほかにもいくつかあって……」


 口をつぐんだ妹は、はたと足を止める。
 どうしたのだろうと、オレは視線を追って駐車場へ視線を向けてみると、そこには一人の男性が立っていた。


「おゆき……」
 オレたちに気づいて、男性はそう呟く。
 訊くというよりも、自問自答のそれに近かった。
「おゆきだべ?」


 おゆき? オレは男性とツルの表情を交互に見比べる。まるで時間が止まる思いだった。
 おゆき。心を落ち着けるように、何度も心の中で復唱する。それが、ツルの本名だろうか。


「おゆきって……?」


 ツルはぽかんとしている。
 しかし、その発言に反応したのは、またしても妹だった。


「彼女の名前を、どうして『おゆき』さんだと思ったんですか?」


 男性はおもむろに口を開く。
 溢れ出しそうになる涙をこらえながら、一言一言を絞り出すかのように話していった。


「信じてもらえねと思うども、おらは十年ぐれぇ前に、ここさ来たんだ。始めの頃は記憶がねくて、おらが誰でどこから来たのか……気づいたら、鶴ヶ池さ立っでらっけ」


 男性が語る内容は、ツルの状況と変わらない。
 その後、男性は親切な人に助けられ、なんとか記憶を取り戻した。
 その過程で、「おゆき」さんと会っていたらしい、ということも思い出した。
 自分が一目惚れした女性である、と。


「その『おゆき』が、ツルだってこと?」


 オレの理解力が乏しいせいか、いまいち状況が飲み込めずにたずねると、後ろ姿の妹が頷いたのが見える。


「ここさかよってれば、いつかまた、会えるんでねがと思っで……」
 とうとう涙腺が崩壊したようで、水滴が流れ落ちていく。
がった……良がった……」


 何度も何度も、同じ言葉を繰り返した。
 ツルは戸惑ったように謝る。


しがだねぇども、おらはおべでねぐて……」


「んだが……思い出しだら、またここさ来でけれ。待っでらがら……」


 ツルが手を差し伸べると、男性は強く握り返す。


 男性をあとに残し、オレとツルと妹の三人は、母さんが待つ車に乗り込んだ。


「なにせば、思い出すんだべか」


 うつむき加減のツルの顔を見て、妹は静かに提言した。


「じゃあ今度は、ソデヤマに行こう」


 聞き覚えのない言葉に、オレは思わず訊き返す。


「ソデヤマ? どこ、それ」


 ウィンドーを下げながら、妹は短く説明する。
「ユキツバキの群生地」


     ☆


 黒沼から外山落合線そでやまおちあいせんを通って、さらに奥へと向かって進んでいく。
 しばらくして、茶色い柱が立てられた分かれ道へ辿たどり着いた。その柱には「外山」と白抜きで記され、矢印のように片側が欠損した板が打ちつけられている。
 左側のほうには「御嶽山入口 五・七キロメートル」「ユキツバキ群落 〇・六キロメートル」、右側のほうには「分水嶺 五・〇キロメートル」と書かれていた。
 その指示に従って左側へ曲がる。


 そこからさらに進むと、今度は「御嶽山」と「ユキツバキ群落」の分かれ道へと行き当たった。
 似たような柱が立てられ、その指示通りに右側の道へと進む。
 この辺りはほかにもたくさんの看板があり、地すべり防止区域や鳥獣保護区域らしかった。


 黒沼を出発して、車に揺られること約五分。
外山そでやま自然環境保全地域」と書かれた白い看板が見えてきた。
 その隣りには三度目となる茶色い柱もある。打ちつけられた板には「ユキツバキ群落入口」と明記されていた。
 看板に描かれた図を見る限り、ユキツバキ群落は、この奥にあるらしい。


 車を降りたオレは、しばらく看板の前で足を止め、そこに書かれた文章を読んでいた。
 どうして妹が、ここに来ようと言いだしたのか、きっと理由はあるんだろう。


     ☆


 面積、十七・二ヘクタール。
 この地域は、県南内陸部多雪地帯に特徴的な、低木のユキツバキの北限に近いところです。
 二次林ながら、自然性の高いブナ‐ユキツバキ群落が残存しています。
 また、スギ植林の林床にもユキツバキが生育しています。
 このような、自然環境を将来にわたって保護するため、自然環境保全地域に指定しています。
(昭和五十二年八月十一日 指定)


     ☆


 妹が辺りを見渡した。


「ここから入っていいのかな」


 そんなことはお構いなく、ツルはぐんぐんと歩を進める。
 オレと妹も、あとから続いていく。
 シダやらフキやらの植物が生い茂り、それらをかき分けて獣道を作る。
 ふと見上げると、そびえ立つ木々の中から、青い空が垣間見えた。


 横たわった大木に足をかけ、ツルは勢いのままに飛び越えていく。
 その次は、手が泥だらけになるのも厭わず、地面から剥き出しに生えた根っこを掴む。
 ロッククライミングの要領で、斜面を登り始めた。


「こご、知っでら……」
 頂上に到達したツルは、記憶を手繰り寄せるかのように、樹皮をじかに撫でながら呟く。
「こごさ、住んでらっだ……」


 重要な手がかりを得た、そう実感した。


「じゃあ、外山の集落に行けば、なにかわかるかも」


 意気揚々と提案したオレに、妹は大きく頭を振って強く否定した。


「それは無理」


「え、なんで?」


 母さんの車に乗り込むとき、妹が口を開く。


「ちょっと寄りたいところがあるんだけど……」
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