「ふるさと秋田」短編集

モンキー書房

文字の大きさ
9 / 20
01『黒沼あい話』(2016)

07:土淵

しおりを挟む
 翌日、月曜日。その放課後、オレは部活に顔を出す。


「おい、身体からだはもう大丈夫なのか?」


「あ、はい。おかげさまで……」


 顧問の先生に呼び止められて、当たり障りのない挨拶をする。
 昨日と一昨日、部活を休むために仮病を使ったことがバレてはまずいと思い、妹には口裏を合わせるよう、昨夜のうちに話しておいた。
 妹は「やっぱり、あったんじゃん」とニヤニヤしながら、快く承諾(?)してくれた。
 ……きっとあとで、アイスを奢ることになるんだろうな。


 テニスのラケットを握り直して、そんなことを考えていた。
 なにごともなく部活の時間が終わると、オレは三階に向かう。
 階段を上りきって、コンピューター室の脇を通り抜けると、すぐに図書室へ到着した。


 そこでは妹が、黒縁眼鏡をかけたクラスメイトとともに待っていた。
 オレは知らなかったが、よくこの中学校の図書室を利用するらしい。


 ああ、だから家と逆方向なのに、妹を見かけることがあったのか。
 小学生のくせに、中学校に入り浸っているとは。
 オレでさえ図書室は、滅多に入ることがないのに。


「公民館の中にも小さな図書館はあるけど、こっちのほうが近いし」
 というのが、妹の言い分だった。


「これ見て」


 妹は『むかしっこ』という、この地域の民話などが書かれた冊子を差し出してきた。
 開かれたページを覗き込むと、「ゆきつばき」というタイトルが大書されていた。
 オレも、それを読んでみる。そこに書かれていた伝説は、次のとおりだった。


     ☆


 御嶽山みたけやまの麓に、外山そでやまという村があった。
 春になるとユキツバキが、この辺り一面に咲くのだそうだ。


 この村に、病気の父親と娘の二人が暮らしていた。
 娘の名前は「おゆき」といって、その名前のとおり肌が雪のように白く、気立てのいい可愛い娘だった。


 おゆきの母親は、おゆきのことを産んで、すぐに亡くなってしまった。
 そのため、おゆきは田畑を耕しながら、父親の看病をしていたらしい。


 春にはワラビやウド、秋にはキノコを山の中に入って採り、なんとか生計を立てていたが、医者に診てもらう金も、薬を買う金もないほどの貧乏な生活が続き、父親の具合は日に日に悪くなっていく一方だった。


 しかし、ある晩のこと。死んだはずの母親が、おゆきの夢の中に現れた。
 母親は「明日の朝間あさまに、この村さ坊さんが来る。その坊さんさ訊けば、父親の病気の治し方、おしぇでけるはずだ」と言って、消えてしまった。


 翌日の朝になって、坊さんは確かに来た。その坊さんに父親の病気のことを話した。


「この先さ沼あって、その真ん中さ水湧いでるがら、その周りさ咲いでるげ花っこ煎じて飲ませれば、父親の病気も治るべ。したども、この花っこは……」


 坊さんが言い終わらないうちに、おゆきは礼を言って沼がある場所へと向かった。
 しばらく沼の周辺を探し回って、疲れてしゃがみこんでいると、沼の真ん中に清水が湧いていて、赤い花がたくさん咲いているのを見つけた。
 その花が咲いている辺りは光っていて、まるで昼間のように明るかった。


 だが、沼の真ん中まで行くことができずに困っていると、若い男性が現れたので、おゆきは花を採ってくれるよう懇願した。


 男性は親切にも花を採ってくれて、さっそく、その花を煎じて飲ませてみると、みるみるうちに父親の身体は良くなった。


 花を採ってくれた男性に礼を言おうと、おゆきは沼がある場所へ行った。
 そこには、その男性もいた。男性のほうも、おゆきのことを気にかけていたのだった。


 すると突然、沼から大きな波が押し寄せ、二人に襲いかかってきた。
 手を取り合ったまま、二人は飲み込まれてしまった。


 実は、人に採ってもらうのは御法度だったらしく、約束を破ったとして沼の主は怒り、大きな波を起こしたのだ。
 坊さんは、それを注意するよう言おうとしていたのだった。


 周りに咲いていた赤い花もろとも沼の底に沈んでしまい、それまで青かった沼の水が青黒い色になってしまった。それから村の人たちは、その沼のことを「黒沼」と呼ぶようになったらしい。


 悲しみにくれた父親は、おゆきの残した花の種を山に埋めた。
 それから毎年、雪が溶け出す春一番に、赤い花が御嶽山に咲くようになったと言われている。
 この赤い花のことを誰が言い始めたわけでもなく、おゆきの名前から取って「ユキツバキ」と呼ばれるようになったのだそうだ。


     ☆


 伝説を読み終えて、全部のもやもやに説明がついたような気がした。
 オレは妹に訊く。


「ツ……おゆきは?」


「お母さんに連れられて、黒沼に行ったよ。記憶が戻ったから、報告するんだって」


「そうか」


 この伝説の中で、花を採ってくれた男性の名前は、最後まで明かされていなかった。
 するともしかして、黒沼で出会った男性の正体が……


 いや、それはさておき。
 この伝説の通りだとすると、二人は主の怒りを買って黒沼に飲み込まれた。
 それで気がつくと鶴ヶ池にいたとなると、鶴ヶ池と黒沼の伝説も本当なのではないかと思えてくる。


 しかし、妹に言わせると「タイムスリップするのは初耳」なのだそうだ。
 伝説に詳しい妹も、知らないことがあるらしい。
 今回の件に関しては、わからないことのほうが多いし、当然だとは思うが。


「でも良かったよね。記憶も戻って、好きな人にも再会できて……あっそうだ、思い出した」
 しんみりとしかけたところで、妹が右拳を左掌に打ちつける。なにを思い出したんだ。「雪椿の花言葉……『変わらない愛』」


     ☆


 それから一週間ほどは家にこもり、ユキは我が家のハウスキーパーと化していた。
 ただボーっと家に引き籠っているよりは、立ち働いていたほうが気が紛れるのかもしれない。
 気持ちの整理がついてきたのか、二週間が過ぎた頃には、外へ遊びに出かけることも多くなった。
 現代の地理には慣れていないだろうから、オレたちも一緒についていく。


 ユキが来てから二ヶ月の間、オレたちは過去へ戻る方法を模索していた。
 妹が「おゆきちゃんがウチに来てから二ヶ月記念」と称して、母さんと一緒にケーキを買って来た晩、ケーキを口に運ぶ手を止めて別の意味で口を開く。


「一緒に土淵つちぶちに行かない?」


 妹は、そう提案した。土淵? なんでまた。


「そこに、おゆきちゃんがいた痕跡を見つけたかもしれないの」


 ユキは小首を傾げ、不思議そうに見つめる。その視線を受け、妹は話を続けた。


「ずーっと気になっていたんだけど、おゆきちゃんがいた時代って、少なくとも三十年以上前のことなはずだよね?」


 オレは「ああ、そうだな」と首肯する。


「でも、外山のユキツバキ群落を知っていた」


「そりゃそうだろ。外山の集落出身なんだから」


「違うよ。少なくとも三十年前・・・・・・・・・っていうだけで、きっかり三十年前から、この時代に来たわけじゃないでしょ」


 言っている意味がわからない。


「湖の底へ沈む前の写真を、前に授業で見たことあったんだけど、雰囲気が全然違かったんだよ。学校もあったし、畑もあって、集落っていう感じがした。でも、外山も福万の集落も、いまは面影なんて一つもなかった」


 唐突な物言いに、オレは思わずユキの横顔をうかがう。
 心なしか、長い髪に遮らていても、シュンと肩を落とすユキの表情が、読み取れるようだった。
 そんな悲しいこと、言ってあげるな。
 そんなオレの想いとは裏腹に、妹の語気はさらに強まった。
 そして、突拍子もないような推理を披露する。


「これが三十年前でこうなんだから、おゆきちゃんが暮らしていた時代だったら、なおさらわからないはずじゃない? おゆきちゃんが暮らしていた時代とは、すっかり様子が変わっていたはずなのに、どうして『昔、自分が暮らしていた』なんてことに気づけたんだろう?」


 そこで妹が息を呑む音が聞こえる。
 確か、外山自然環境保全地域が指定されたのは、昭和五十二(一九七七)年だったはず。
 約四十年前。集団移転が完了するよりも、十年ほど前のことだ。
 そこでオレも、ようやく理解が追いつく。妹はクリームのついた口元を緩ませる。


「でね、見つけたんだ。決定的な証拠っていうやつ」
 手にしたフォークを、ユリ・ゲラーよろしく曲げるかの如くビシッと掲げ、この上なくドヤっとした顔をユキのほうに向けた。
「そこで今度、それを受け取りに行こうよ、おゆきちゃんっ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...