パンテオン大戦

モンキー書房

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プロローグ

後編

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 マティはレーヴァテインの人々をすり抜け、木の近くで横たわるタンタのそばに駆け寄った。
「タンタ!」力の限り叫ぶ。「大丈夫か!」


 きかかえたタンタの身体は、ぐにゃり、とあらぬ方向へと曲がっていた。あっという間にマティの手は、真っ赤に染め上がっている。大丈夫なはずがない。
 とんでもない馬鹿力で軽々と飛ばされ、大木へと衝突したのである。そんな身体が、大丈夫なはずもなかった。
 マティの腕の中で微動だにしないタンタの身体が、ひどく冷え切っているのは、雨に濡れたせいばかりではないのだろう。


 マティの必死の呼びかけに、タンタが反応することはなかった。視界がぼやけて、ほとんど見えなくなる。雨滴が目に入ったのか、それとも涙が溢れ出てきたのか、それすら判然としない。
 ましてや視界不良に伴って、聴覚まで悪くなったのか、あるいは雨音にかき消されていたのか、後方で「フーフー」という荒い息遣いがすることに、まったく気づかなかった。


「ロナ! アナ! 援護して!」
 女の子の叫ぶ声がして、そこでようやく、異変に気がついた。毛むくじゃらのヤフーが、すぐそこまで迫ってきていたのである。
 馬から降りてきた少女は剣を振りかざし、ヤフー目がけて勢いよくりかかった。一目散に逃げ出したヤフーを追うことなく、その少女はマティのもとへと近づいてくる。
 白いマントを身にまとい、手には麻袋あさぶくろたずさえていた。


「わたしたちは、レーヴァテインの救護班です」
 その人は、そう名乗った。タンタを地面に寝かせるよう、マティに指示を出し、麻袋の中から草を取り出す。
 もう一つの麻袋の中には、擂鉢すりばち擂粉木すりこぎが入っていた。少女はそれで草をつぶし、タンタの痛々しい皮膚へとり込む。


「な、なにしてんの……?」
 少女は、なにも答えなかった。次に麻袋から小瓶を取り出すと、中に入っていた透明な液体を、タンタの口元へと持っていく。
 なかなか流れ込んでいかず、あふれ出た液体が地面へと落ちた。
 近くでは少女と同じ白いマントを身に纏った人たちが、周りの戦況に気を配りながら、タンタと少女の様子を見守っている。
 フウイヌムが繰り出すむち攻撃に応戦しつつ、ひとりが大声で少女に声をかけた。


「どう、サルース? 治りそう?」
「全然ダメ! ジヴァヤ・ヴォジャも効かない……!」


「ジヴァヤ・ヴォジャも?」
 サルースと呼んだ少女の言葉に、フウイヌムたちと戦う人たちの表情がくもっていく。
 振り下ろされた鞭をかわしながら、マティたちのもとに駆け寄ると、急いでタンタの身体をかつぎ上げた。
「だったら一旦、退避しよう!」


 フウイヌムたちも散り散りになり、圧倒的にレーヴァテインのほうが優勢に見える。すでにヤフーの姿は、半分も見えなくなっていた。
 マティは促されるまま、初めての乗馬にチャレンジする。タンタをかかえた少女と一緒に、同じ馬へと乗り込んだ。
 これまでに経験したことがないような視野の広がりに、全身に鳥肌が立つのを感じる。手綱たづなを引っ張りながら、少女が声を張り上げた。


「ラーガ! あとは戦闘班に任せてもいい?」
「ああ。問題ない」


 どこからともなく男性の返答が聞こえ、残りのヤフーの群れを蹴散けちらしつつ、救護班を乗せた馬たちは出発する。
 木陰こかげに隠れていた幾匹いくひきものヤフーを通り過ぎていく。その中には、命からがら逃げてきたであろう、負傷したフウイヌムも混じっていた。
 気づいていないのか、それとも、そんな体力はないのか。過ぎ去っていく数頭の馬の群れに、ヤフーやフウイヌムたちは見向きもしなかった。


「ここを過ぎれば、わたしたちの城が見えてくる」
 地面へとくぐる洞窟を進みながら、少女はマティのほうへ振り返る。
 持っていた松明たいまつへ火をともすと、周りが仄白ほのじろんで見え、タンタの青白かった顔も、かすかに血の気がさしたように感じた。


 タンタ。僕たちは、夢にまで見たレーヴァテインのアジトに、足を踏み入れようとしているんだよ。
 いつまでも寝てないで、しっかり目に焼きつけようよ。ねえ、タンタ。


   ★ ★ ★


 傷をったフウイヌムの一体が、レーヴァテインには気づかれないうちに、ジャングルの奥に築かれた城塞へと逃げびていた。
 重くざされた門を開き、最後の力を振り絞って声を張る。


「エル・ガバルさま!」


 その声を聞いて、城の中心にある塔の最上階で、優雅に紅茶をすすっていたエル・ガバルは、ひょいと椅子いすから立ち上がる。さらにフウイヌムは、声を張り上げて続けた。


「レーヴァテインの連中が……!」


 そこで、そのフウイヌムは力尽き、床へ崩れ落ちていった。またか、と思ってエル・ガバルは舌打ちする。それから、直立する部下に向かって「表の馬人ばじんを処分しといて」と命令した。


「レーヴァテイン……」エル・ガバルは、ぽつりとつぶやく。「なんて腹立たしい連中かしらっ」


   ☆ ☆ ☆
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