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第二章 冒険出発の篇

53 駅馬車の旅 2

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 次の朝、アイたちが目を覚ますともうナニの姿はなかった。

 みんなは急いでパンを少しと飲み物をお腹へ入れて馬車のところへ向かう。
 彼女たちが行くともうすっかり馬車の用意は出来ていて、みんなが乗り込むとナニはすぐに出発させた。

 馬車は相変わらずれたが、全員が少しずつ揺れにも慣れてきて、またどれぐらいのタイミングでどれぐらいの『ヒール』をかけてもらえばいいのかも分かってきた。
 そんなこともあって皆、だんだんと乗り物酔いもマシになってくる。
 天気も良く、馬車は一定のテンポで森の間を進み、小川や坂をえていく。

 昼になって馬車が停まると、ソラとナオが何か手伝えることはないかとナニのところへ行った。

ソラ「あの~、何かお手伝いしたいんですが…」
ナニ「手伝い?具合が悪いんじゃないのか?無理しないでその辺りで休んでな…」

 そう言われてしまったソラたちがふとそばを見ると、そこに馬たちに水を飲ませるための木のおけが置いてある。

ソラ「あの、私、水を出せるんで、そこに水を入れましょうか…」
ナニ「そうか、それはありがたい。ここは川がちょっと離れてるんでな…頼んだ。」

 ソラやナオ、そして後からきたアカリが馬に水をあげたり、馬の身体に水をかけたりしてやる。
 馬も気持ちがいいのか、ふんをぼたぼたと落として女の子たちはキャーキャーと奇声を上げる。 
 ナニは笑いながら馬の身体を洗ってその様子を見ていた。

 昼からもナニは黙々もくもくと馬車を走らせた。
 旅は快適に進み、馬車は今日もまだ陽が高いうちに次の村に到着した。
 ナニは昨日と同じようにすぐに宿にアイたちを連れていき、彼女たちが休んでいる間に自分は馬の世話を済ませた。

 夕食も昨日と同じでパンとハムや野菜だったが、ナニは美味い美味いといって何人分も食べる。
 アイたちはやっと体調も良くなってきて、それぞれが少しずつパンやハムを口に運ぶ。
 食事も終わると、ナニが今日は冒険者ギルドの説明から始めた。

ナニ「まず冒険者ギルドには全員で行くこと。バラバラでも受け付けてくれるが、手間が増えるだけだ。
 ギルドの窓口へ行ったらまずリーダーが名乗り出る。そうすればリーダーに小さな木の板のカードが渡される。これに魔法で必要なことが書き込まれていく。

 リーダーのことが書かれたら、次はパーティーのメンバーがそれぞれ名乗ってからそのカードに指先で触れる。
 それを全員が済ますと勇者パーティーとして登録されたことになる。」
アイ「それがまず最初のことですね。」
ナニ「そう。そのカードにはパーティーのメンバーのこと以外に成功したクエストのことも書き込まれる。
 リーダーがこのカードをちゃんと保管しておく。」

ナオ「クエストのことはレアの村長さんに少し教えていただきました。
 村や町がお金を出して魔獣や盗賊の退治を依頼いらいすることですね。」
ナニ「お、それが分かってれば話は早いな。ギルドに行けばそうしたクエストが壁にられている。
 だいたい高額な報酬ほうしゅうのクエストが上の方に、報酬が安いクエストが下の方に貼られてる。」

アユミ「やっぱり難しいクエストの方が報酬がいいんですか?」
ナニ「まあ、基本的にはそうなんだが、必ずしも全部がそうじゃない。
 結構難しいクエスト、例えば魔獣熊の退治みたいなものでも村や町に金がないと報酬が安かったりする。
 そうするとそんなクエストはいつまでも引き受け手が現れないことも少なくない。
 まあ安いクエストは全般的にやる奴が少ないってのはあるな…」

モア「じゃあ、高いのばっかりやればいいんじゃない。」
ナニ「だが、報酬が高いのはやっぱり難しいものがほとんどだ。
 凶暴きょうぼうな魔獣の退治だったり、大人数の盗賊団の討伐とうばつだったりする。
 そうしたクエストを経験のないパーティーが引き受けて、返り討ちに合うことはしょっちゅうだ。まあ、あまり無理をするのはやめとくことだな。

 それにギルドも経験のないパーティーが難しいクエストをやろうとしてもほとんどが断っている。
 パーティーがクエストに失敗してメンバーが怪我をしたり、誰かが死んだりしてもギルドには責任はないが、怪我人が多かったり死人が出たりするとギルドの評判も悪くなるから、やっぱり無理そうなヤツにはやめろって言うのが普通だ。」

アイ「ちょうどいいクエストのレベルって分かりますか?…」
ナニ「まあ最初はとにかく簡単なクエスト、それも一番簡単そうなクエストをやるんだ。
 報酬が安い割には手間はかかるが、そうやって何が必要なのか、自分たちがどうすればいいのかを経験から学ぶんだ。」

 ナニはそう言ってからコップに入った飲み物を口にする。

ナニ「ギルドに行きゃ、その周りにたむろってる奴らがいっぱいいる。
 だいたいが酒飲んでくだ巻いてるだけの奴らだ。ああいう奴らはクエストを見て、俺らにはこんなレベルの低い仕事なんてできねえってうそぶいてる。
 だが、そういう奴らにかぎって魔獣を見たら真っ先に逃げ出すようなのばかりだ。

 それよりも安いクエストから少しずつこなしていって、経験を積むんだ。
 あんたらはもう村で化け物熊をたおしてるから十分な力はあるんだろう?
 だから後はいろいろ経験をして、この世界のことを知っていけばいい。無理して怪我したら元も子もないからな。」

 ナニはもう一度コップに口をつけると何かを思い出しているのか、コップの中の飲み物を回すように手を動かした。

ナニ「俺は15の時に村を出て、10年の間に3つのパーティーを渡り歩いた。だが、結局田舎者の世間知らずだからいいように使われただけだ。
 最初の二つのパーティーじゃ、料理や洗濯みたいな雑用しかさせてもらえなかった。
 だから三つ目のパーティーに入った時でも剣の振り方一つ分かっちゃなかった。
 もう二十歳はたちも超えてったてのにだ。誰も何も教えてくれなかった。

 だから魔獣や盗賊と戦って、俺じゃやってけないってすぐに分かったよ。
 だからパーティーを抜けてリラの街に行って駅馬車の御者になったんだ。
 まあ勇者パーティーにいて唯一良かったのは、読み書きと簡単な計算ができるようになったことだけだな。

 だから俺はレアを始め、この辺りの村のヤツで勇者パーティーに入りたいっていうのにはやめとけって言ってる。
 戦うための実力もないが、だいたい俺といっしょで世間を知らな過ぎるからな。
 だからあんたらもいろんな経験をしていろいろ知ってくようにした方がいい。
 あんたらは実力はあるが、結局のところ村のヤツと同じようにあんまりこの世界のことは知らないからな。」

 ナニはちょっと苦々にがにがしい表情を浮かべながら、コップの中身を飲み干した。

ソラ「勇者パーティーって、実際、お金がもうかるんですか?」

 ソラが恐る恐る尋ねる。

ナニ「まあ、ぶっちゃけやり様によるな。あんなのがいい、こんなのがいいって選り好みしてるようだとうまくはいかない。
 だいたい本当に名が知られてるような勇者パーティーは西から東、北から南にずっとクエストを続けて転戦していて、一ヶ所にとどまったりしない。

 そうやってクエストをこなしていっても、ほとんどのパーティーにはあんたたちのように容量ようりょうの大きなストレージなんかないから、物を運ぶのにロバや荷車を手に入れる必要があるし、食べ物を出せる魔法もないから食料も買わなきゃならない。
 武器だって使ってるうちに折れたりけたりして新しいのがる。
 だから手に入れたお金だってそんなに残ったりはしないものだ。だから儲かるかどうかは難しいな…」
ルカ「そんな…」
タクミ「ずっと続けなきゃならないかも、って…」

ナオ「じゃあお金儲けっていうより、お金を手に入れるためっていう感じですか?…」
ナニ「その方が正しいだろうな。あんたらだって宿に泊まるにはお金が要るだろうし、服だって破れたら手に入れなきゃならない。
 まあ贅沢ぜいたくができるのは貴族のおえらいさんだけだ…期待外れだろうがな。」
ソラ「う~ん…」

 ナニはみんなの顔を見渡すと真面目な表情になる。

ナニ「いいか、なんにせよ金は手に入れるんだ。
 あんたたちを見てるとどうやら結構なお人好しのようだが、それだけじゃこの世は渡っていけねえ。
 貴族や騎士だけじゃない、兵隊だって商人だって無理難題を言ってくる奴は山のようにいる。
 そんな奴らでもお金をもらったらいくらでもこっちのいいようにしてくれるもんだ…」
ナオ「それって賄賂ワイロを渡せってことですか…」
ナニ「そうだ。例えば衛兵が難癖なんくせをつけてきても、ちょっとした金を渡せばいくらでも無事放免ほうめんってことになるからな…」
アイ「それはどうも…」

ナニ「なんだ?きれいごとを言ってたって助けてくれるヤツなんていないぜ。
 それより金を渡して窮地きゅうちを脱するほうがよっぽどうまくいく。
 いいか、この世界は強欲ごうよくな奴らばっかりだ。そんな中で真面目に渡っていこうなんてどだい無理だ。

 ましてやあんたたちは知られちゃいけないことが多すぎる。
 女で美形だってこともそうだし「彷徨さまよい人」ってこともそうだ。
 持ってる武器のことや魔法のことだって、あんまり知られない方がいい。だから逆に金を渡してうまく渡ってく方が理にかなってる。
 金はな、贅沢するために使うんじゃない。うまく生きてくために使うんだ、いいな…」

 アイたちは真剣な顔でナニの話を聞いていた。

ナニ「後は、倒した獲物えものをギルドでどうやって売るのかってことだな。
 だいたいのギルドでは建物の一階に戦利品の交換所があって、そこには鑑定士が何人もいる。
 ギルドでは肉や皮が売れる獣や盗賊どもが持っていた武器、他には魔獣から出た魔石も買い取っている。
 変わったところでは盗賊のアジトにあった食器や道具を買い取ってるギルドもあったな。

 ただな、例えばこれから行くドムニのような小さな町のギルドで獲物を売るのはあまりおすすめじゃない。
 この辺りなら御領主様のいるリラのようなデカイ街のギルドがやっぱりいいだろう。」
ナオ「それは小さな町だと安く買い叩かれるって意味ですか?」

ナニ「そうだ。小さな町のギルドはその辺の小規模な商人としか取引していない。
 だからギルドでもそれに合わせて安くしか買ってくれない。

 それにこの辺りじゃさばけるものも知れてる。例えばこんなとこじゃ宝石なんて誰も要らないだろう?
 だから上等な魔石があっても売れないわけで、ギルドもそんなものは最初はなから買い取りゃしない。」
アカリ「なるほど…」
ナニ「リラならかなり遠くからも商人がやって来てるし、かなりのものがいい値で売れるはずだ。
 ただ、魔石だけは別だな。そういやどデカイ魔獣のクマを倒してるから、魔石も手に入れたんだろ?」
ツグミ「はい。」

 ツグミがクマから出てきた魔石を取り出そうとするとナニが止める。

ナニ「いや、見たいってわけじゃない。ただ、そいつは大物だろ。
 そんな魔獣のクマから出てきたような魔石はリラでも引き取ってはくれないだろうな。
 まあもっともっと西のずっと大きな街、出来れば王都まで行きゃかなりの値段で売れるだろうがな。」
アユミ「王都ってどこにあるんですか?」
ナニ「王都はここからはもうずっとずっと西、はるか向こうだ。
 まあそう言う俺だって行ったことなんてないけどな(笑)…」

 ナニは自分自身も王都などには行ったこともないのに、さもそのことを知ってるかのように偉そうにしゃべっているのが可笑おかしいのか、こらえながらクククと笑った。

ナニ「話を戻そう…
 とりあえずあんたたちは今すぐお金が要るわけじゃなさそうだから、安くでしか買わないと分かってるところで売る必要はない。

 今はとにかく簡単なクエストをこなして、その中で安い魔獣でも数多く倒して街のギルドに持っていきゃ多少の金になるだろう。
 ものの分かってるパーティーはこうした地道なことをちゃんとやってるからな。
 まあ、真面目そうなあんたらなら言わなくてもしっかりとやりそうだがな。」

 ナニが話し終わると、もうかなり暗くなっていた。

ナニ「さあ、今日の話はここで終わりだ。明日も同じように早いからな。しっかり眠っておくんだな。…」

 ナニは昨日と同じようにテキパキと眠る支度をすると、またお酒を二口か三口ほど飲んで横になった。
 そして横になったと思っているうちにまたいびきをかき出した。アイたちも辺りを片付けて、同じように眠りについた。

 また次の日も馬車は早朝に出発した。
 この日は坂道が続き、アイたちは何度も交代で馬車を降りて後ろから押す必要があった。
 そんなこともあって、昼に休憩する頃にはみんな昨日よりは疲れてしまっていた。

ナニ「ここまでは大変だったな。人がたくさん乗っているとどうしても坂道を上れないんだ。
 だからといってあんたらを置いていくわけにもいかないしな(笑)…
 まあ、今日はちょっと長めに休もう。ここからはほとんど坂道もない。
 そして、次の村であと一泊すれば明日の夕方には目的地のドムニに到着だ。」

 ナニは言った通りにいつもよりもずっと長く昼の休憩を取った。
 そのおかげでアイたちは馬車の中や外でゆっくり身体を休める。
 みんな食事はそれほど取れなかったが、それでもある程度回復して馬車はまた動き出した。

 ナニが言ったように道も午前中のようなひどい坂はなくなって、アイたちは馬車の中で少し眠ったりしながら次の村に到着した。
 昨日、一昨日と比べると、この日の夕方はみんなかなり元気で夕食もちゃんと準備すると、ナニだけでなく誰もがしっかりと食事を取ることができた。

ナニ「昨日までは俺が一方的に話をしたが、今日は何でもいい、聞きたいことを聞いてくれ。どんなことでもかまわない。」

 食事を終えて、今日はナニがそう言う。
 アイたちは顔を見合わせるが、その言葉を聞いてソラが口を開く。

ソラ「勇者パーティーとしてでも、普通でもいいんですが、旅をする時に気をつけることってありますか?」
ナニ「そうだな、これからは天気だな。この辺りはこれから少し雨が多い時期になる。
 道も悪くなるし、駅馬車が遅れたり足止めしたりってこともある。
 陽が差すと暑くなるが、雨が続くと冷えるからな。
 そうしたことで体調を崩す旅人は結構いる。
 あんたたちは特にそうしたことに慣れてないだろうから、注意したほうがいい。」

ツグミ「あの~、駅馬車とか旅人も魔獣とか盗賊とかにおそわれるんですか?」
ナニ「まあ一般的に言えば襲われる。特に盗賊はそう言うものをねらうからな…」
モア「えー!」
タクミ「マジで⁉」

ナニ「ハハハ、安心しろ。この辺りは辺境で貧乏な村や町しかない。
 だから盗賊もほとんど出ないし、出ても駅馬車なんか狙わない。大したものを運んでないことを知ってるからな。
 盗賊が狙うとしたら商人の馬車か、貴族の息子や娘が乗ってるような馬車だな。
 だから、そうした馬車の護衛ごえいを頼むクエストはある程度出てる。

 まあ、あんたたちがクエストを果たして報酬を得ても最初のうちは大した額じゃないだろうし、だいたいあんたらがお金を持ってるのを知ってる盗賊なんていない。
 だから余程よほどのことがない限り、あんたらが狙われることはないだろうよ。」

アイ「万が一、盗賊に襲われた時はどうすればいいですか?」
ナニ「あんたらの腕前なら戦うのもいいだろう。化け物熊と比べたらこの辺りの盗賊なんてそれほどの腕前はしてないからな。

 ただ、あんたらが女だとばれてないなら無理に戦わずに小さくなってるのも手だ。
 駅馬車に大した荷物が無けりゃ、戻ってくしかないからな。
 まあ俺が思うには、この辺りの駅馬車を襲うような盗賊は思いつかないがな…

 魔獣が出た時は、とにかく戦うしかない。俺が知ってる限りではこの辺りで魔獣が出たって話は聞かないが、ギリア親子が実際に襲われた以上、可能性はあるかもしれんな。」

 みんなはこれまで会ったオオカミやクマのことを思い出して表情が固くなる。

ナニ「とにかく気をつけるのは病気と怪我だ。
 あんたたちは慣れない世界、慣れない土地にいるから体調を崩すことも多いだろう。
 やっと馬車にも慣れてきたようだが、もう少し慣れていつも普通に食事が取れるようにしないとな。
 食事も取らずにクエストに行っても力は出せない。病気にならないためにも、食事をしっかり取るのが一番大事だ。

 怪我のことだって、魔法があると言っても脚をちぎられたらどうしようもないだろ。
 俺は無理なクエストに行って手足を失くして戻ってきたような奴を何人も見てきた。
 だから口をっぱくして無理をするなって言ってるんだ。

 誰かの具合が悪くなったり、怪我をしたりしたらすぐに安全なところに撤退てったいするんだ。
 そういうのをはじだって言う奴らがいるが、笑いたい奴には笑わせとけばいい。
 それにあんたらの目的は勇者パーティーとして有名になることじゃないだろう?だったら五体満足ごたいまんぞくな方がいいに決まってる。

 俺の経験で言えば、やまいでも怪我でもできるだけ早く治療するのが一番だ。
 逃げて逃げて、仲間を助ける。それで元気になったらまた旅をする。
 それでいいんだよ…」

 ナニの言葉は勇者パーティーの経験から出ていることもあって、アイたちには一つ一つが重く響いた。
 今度はアユミがこれまでと少し違うことを尋ねる。

アユミ「この辺りで魔法のことを尋ねるにはどうしたらいいですか。
 大きな街だと魔法のことが分かる人がいるんでしょうか?…」

 これまでいろんなことに答えてきたナニも、この質問には黙って腕を組んだ。

ナニ「あんたらが自分たちの世界に戻る方法を知りたいからなんだろうが、さすがに魔法のことは俺には分からねえ。
 レアにはまじない師すらいなかったし、俺がいたパーティーにはどこにも魔法使いがいなかったからな。

 だいたい魔法のことはほぼ貴族にしか分からない。平民にも魔法を使えるものは出てくるが、実際にはそれを聞きつけた貴族が連れていってしまう。
 村や町にいる呪い師なんかは大した魔法は使えない。ちょっとした怪我を直したり、こわれたものを直したりする程度だ。
 だからリラのような街に行っても魔法のことが分かるかどうかは何とも言えないな…」
ナオ「それじゃあ、どうすればいいのか…」

ナニ「だが、あんたたちは「彷徨い人」だ。
 誰かがあんたたちの力を知ってこの世界に呼んだわけだ。だからあんたたちから探す必要はない。
 向こうからあんたたちを探しに来るんじゃねえか?
 だから魔法のことも、俺は向こうからやって来ると思うがな…」
ルカ「無理に探さなくてもいいってことですか?」
タクミ「町に行けば誰かが知ってること?…」

ナニ「そうだなぁ、何て言えばいいのか…あんたたちが魔法のことを探さないと、何のヒントも得られないとは思う。
 だがその一方であまり魔法が使えることを吹聴ふいちょうすると、目をつけられて危険かもしれねえ。
 だから、誰にそのことを尋ねるのか…その匙加減さじかげんみたいなものを上手くやってかないとダメだろうな…
 まあ大変なことだが…」

 いつもと違ってナニも難しい顔をした。

アカリ「魔法のことを黙っていてもダメだけど、言いふらしても危ないってことですよね…」
ソラ「ちょっとやり様がないけど…」
アユミ「みんな、そんな言い方しちゃ…」

 ナニの要領ようりょうない答えに何人かは正直な気持ちが出てしまう。
 そんな様子にナニも首を振る。

ナニ「まあ言ってることは分かるが、こればっかりはいい答えが浮かばねえ…すまないな…」
アイ「そんなことないです…自分勝手なことを言ってすいません…」

 ナニを困らせてることに気づいてアイが頭を下げる。

ナニ「俺が言いたいのは、魔法、特に強い魔法が使えることはあまり知られない方がいいってことだ…
 そういう力を利用しようとする奴はいくらでもいるからな…
 だから、上手く人を見て、その時の状況を考えて自分たちのことを打ち明けるようにするんだ。

 何が良く転がるのか、悪く転がるのか、その時その時に上手くやっていくしかない。
 ただ、出来るだけ慎重にした方がいい、これだけは間違いなく言える。」

 ナニは最後の言葉に力をめた。

アユミ「すいません…ナニさんに聞けば何でも分かると思ってしまって…」

 気まずい空気になって、みんなナニにあやまるが、ナニは気にするなと手を振る。

ナニ「俺だっておまえさんたちぐらいの頃は、仲間に根掘り葉掘り聞いてウザがられたよ…
 今のあんたたちといっしょで、何でも知ってると思ってたからな…
 そういう意味では、いろんな人から話を聞くようにするのは悪いことじゃない。
 ただ、世の中にはそうやって聞かれるのをうるさがるヤツも多いから気はつけた方がいいが…」
アイ「わかりました。」

ナニ「でも、冷静になるとあんたたちには武術の能力や魔法もあるし、武器も持ってる。
 食べ物も出せて、お金をある程度持ってる。ストレージもあるから荷物だって持ち歩かなくてもいい。
 俺がかつていた安っぽい勇者パーティーと比べると大したもんだ。

 そういう意味では恵まれているわけで、それほど悲観することはねえ。
 元の世界に戻りたいって気持ちもわかるが、あんまりあせらない方がいい。クエストといっしょで、こっちも無理はしないことだな。」

 ナニの言葉を聞いて、アイは何度もうなずいた。

アイ「ナニさんの言う通りですね…私たち、いつも自分たちが恵まれているのを忘れちゃって…そのくせ帰りたいって焦ってしまって…」
ナニ「まあ大変だろうが、無理に進もうとしても上手くはいかねえものだ。
 真っ暗な道を馬で走ったってがけから落っこちるのが関の山だからな…」
ソラ「(笑)…」
ルカ「(笑)…」

 ナニのたとえに何人かが我慢できずに笑ってしまう。

ナニ「なに?おかしな譬えだったか?」
ソラ「いえ、逆にあんまりにもピッタリ過ぎて(笑)…」
ナニ「そうか(笑)…まあ、崖から落っこちないように、気をつけな(笑)…」
全員「(笑)」

 ナニは立ち上がると寝る準備を始めた。

ナニ「じゃあ、また明日な。明日は順調に行けば今日ぐらいの時間にドムニへ着けるんじゃないかな。じゃあおやすみ。」
全員「おやすみなさい…」

 ナニはまた革袋かわぶくろの酒を少し引っ掛けると、すぐに寝入ってしまう。
 アイたちも同じようにまた早く就寝した。

 馬車の旅も4日目。
 みんなやっと揺れにも慣れ、快適とまでは言えないものの広大な森が拡がる世界をうまく移動できることのありがたさを感じられるぐらいになってきた。
 辺りもわずかだが道を歩く旅人を見かけるようになり、今までの村とは違うところに向かっているという実感が出てくる。

 そして陽が少しずつかたむき始めた頃には人々が三々五々と固まってどこかへ向かう列がずっと続くようになり、やがてナニが大声でアイたちに叫ぶ。

ナニ「さあ、もう少しでドムニの町だ!向こうに門が見えてきたぜ!」

 みんなは馬車の前に集まって、初めて見るこの世界の町の姿を確かめようとした。



(第二章 終わり)







*いよいよタクミやアイたちの、異世界での活動が本格的に始まります。
 なかなか話が進まず、申し訳ありません。m(_ _)m 


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