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第三章 クエスト開始の篇
62 初めてのクエストを終えて
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森を出て山頂で一夜を明かした一同は、目を覚ますとそれぞれに少し疲れた表情でテントから出てきた。
昨日までは朝でもゴブリンたちの鳴き声が覆っていた山は、今朝は遠くまで鳥の声が響いている。
タクミが焚き火を点けると、他のみんなはその周りに集まって言葉少なにパンと温かい飲み物を口に運ぶ。
ひと仕事終えて清々しい朝を迎えられると思いきや、戦闘を終えた疲労を感じつつ、まだ残るゴブリンの片付けの多さに誰もがうんざりしていた。
ルカ「クエストが終わった後って、こんな感じなんだね…」
ナオ「ねぇ…」
アカリ「もっと達成感があると思ってたけど…」
ツグミとルカは近くの木にずっともたれていて、ソラとアカリはしきりに首や腕を回す。
モアはまだ眠いのか、ぼんやりとした表情をしていた。
誰もがため息だけはつくまいと我慢していたが、まだまだこれから山を下りながらゴブリンの死骸と魔石を集めなければならない。
ゴブリンを倒すことよりもそれはずっと面倒な作業だった。
アイがポツリと言う。
アイ「ナニさんが、クエストの現実はシビアだって言ってたね…」
ソラ「確かに…一年中移動して、クエストのために戦って、また移動してって…」
アユミ「儲けたお金もほとんど食べ物や荷物や武器に使うって…」
タクミ「なんか、ちょっと分かるね…」
レアの村からドムニへの道中でいろんなことを教えてくれた御者のナニの言葉の意味がほんの少しだけ実感される。
みんなは最初こそRPGの世界だ、とはしゃいだりもしたが、自分たちが連れてこられた世界で自分たちが選んだ仕事の大変さを早くも教えられた感じだった。
一足先に食事を終えたアカリが立ち上がって大きく伸びをする。
アカリ「まあ、ごちゃごちゃ言ってても仕方ないよ。がんばってゴブリンたちを集めよう。」
アユミ「まあ、これもお金になるってことだし…」
モア「ホントにお金になるんだよね?…」
モアがちょっと心配そうにする。
ナオ「ゴブリンの皮が売れるって確かに本に書いてたし、魔石だって数あるといいってあったから、その辺は大丈夫なんじゃない?」
ツグミ「これだけの数あったら、結構な金額にならないかな…」
アイ「買い叩かれたりしなきゃいいけど…」
アユミ「まあ、そういう心配はまた街に行ってから考えようよ。」
ソラ「そうそう。今はとにかくゴブリンと魔石を回収しよう。」
何とかこの大変な仕事の意義を確認することで全員にやる気が戻ってきて、みんなは食事を終えてテントを畳んだ。
アイが出発前にみんなに確認する。
アイ「あっちの森と違ってこの山にはあちこちにゴブリンの死骸があると思うから、みんな散らばってできるだけ残さず回収するようにしよう。
魔石も小さいけど、忘れないようにね。」
うなずくみんなにアユミが注意する。
アユミ「坂を下らないとダメだから、足元に気を付けてね。滑ったり転げ落ちたりしたら怪我しちゃうからね。」
アカリ「ツグミとモアはこないだこけそうだったから、気をつけなよ。」
ツグミ「ありがとう…」
モア「大丈夫だよ…もう…」
モアが不満げに口を尖らせるのをソラが心配そうに見る。
ソラ「大丈夫かな、この子?…」
ルカ「まあまあ…」
アイ「じゃあ、『索敵』を持ってる人は何か感じたら大声で教えてね。
他の人でも何か気づいたり、見つけたりしたら知らせること。いいね。」
全員「了解!」
こうして全員が山全体に散らばっているゴブリンの死骸と魔石を集めに向かった。
アイやソラ、アカリはあちこちに倒れているゴブリンの死骸を集めようと、木々の間を歩き回って斜面まで手を伸ばす。
ゴブリン退治の時には単にそばにいるゴブリンを倒すことだけを考えていたが、いざその死骸を回収しようとすると坂の滑りそうなところにあったり、木の枝に絡まっていたりと微妙なところに倒れているものが多い。
アユミやツグミ、モアやナオは這いつくばって魔石を探すが、魔石に至っては土や木の葉に埋まっていたり、木の根元に隠れていたりした。
他の子もそれぞれに山全体に転がっている死骸や魔石を探し回る。
ソラ「う~ん…これ枝が邪魔で微妙に届かない…」
アカリ「どれ、ちょっと変わろうか?」
ソラ「お願い…」
アイ「アカリの方が手足が長いからねー(笑)…」
ソラ「それを言うなー…」
モア「ハ、ハクション‼ん?ここにあった魔石がない!」
ナオ「あんな小さなもののそばでくしゃみするからだよー…」
モア「くしゃみぐらい出ちゃうよ…え~と、どこいった?」
ツグミ「はい、こっちまで転がり落ちてきたよ…」
モア「ありがとう…」
タクミ「(笑)…」
アイ「タクミ、笑ってないで、あっちの斜面に並んでるゴブリンを集めてきて…」
タクミ「えっ?あんな急なとこ?…」
アイ「口ごたえしないで、直ぐ行く!さあ!」
タクミ「…ハイ…」
アイ「滑り落ちないでよ…」
みんなで手分けしながら、山のあちこちをできるだけ隈なくゴブリンの死骸と魔石を集めて回る。
一人々々が倒したゴブリンの数はそれ程でもないように思っていたが、いざその全部を集めていくと結構な数になる。
それでも9人全員が朝から陽が高くなるまで死骸と魔石を拾いながら下りてくると、もう山の半分は過ぎている。
みんなは何人かで固まって、その場で昼食を取った。
アカリ「思ったよりはかどってるのかな…」
アユミ「じゃないかな…だいぶ下りてきたし…」
ツグミ「それでもまだ結構残ってるね…」
アユミ「やっぱり魔石を探しながらが大変だね…」
アカリ「ゴブリンは触りさえすればストレージに入ってくれるんだけど…」
ツグミ「魔石は隠れちゃってるからね…」
アユミ「ちっさいから…」
ソラは昨日張り切り過ぎたのか、今日はちょっとお疲れらしく、ナオが注いだジュースを黙って口に運んだ。
ルカ「ソラちゃんは昨日がんばり過ぎたんだよ…」
ソラ「…そうみたい…今日はちょっとしんどい…」
ナオ「だから無理しちゃダメって言ってたのに…」
モア「私はまだ元気だよー…」
ソラ「あんたも張り切ってたのに…」
ナオ「ねぇ(笑)…でも、モアはホントに元気そうだよ…」
ソラ「この後、ちょっと寝てていい?…」
ルカ「置いてかれちゃうよ(笑)…」
モア「置いてっちゃうよー…」
ソラ「あんたが言うな(笑)…」
アカリやソラのグループと少し離れて、アイとタクミは2人だけで食事を取っていた。
タクミ「まだパンもあるけど…」
アイ「ありがとう…じゃあ、もう一個ちょうだい…」
タクミ「ハイ…」
アイはタクミから貰ったパンも頬張りながら、もう一度山頂の方を見上げる。
タクミ「まだ何か気になるの?…」
アイ「…まあ、そんなんでもないけど…結構苦労して上まで行ったけど、下りてくるのはあっという間だなあって…」
タクミ「まあ、死骸も魔石も集めるのは大変だけど…邪魔されるわけじゃないから…」
アイ「そうだね…」
アイは一度大きくため息をつくと、手にしたコップからミルクティーをゴクリと飲んだ。
タクミ「大丈夫?疲れてるんじゃない?昨日もあんなデカいゴブリンと戦ったりしたし…」
アイはそう言うタクミに笑顔を見せると、ゆっくり首を振った。
アイ「ありがとう…でも戦いの疲れとは違うかな…
どうやって戦おうかとか…このまま行っていいのかとか…そういう頭を使った疲れかな…」
タクミはアイの答えにちょっと黙ってしまった。
何と言えばいいのかわからず、タクミもコップの飲み物を一口飲む。
タクミ「…ゴメン…オレももっとアイデアを出したりしないとダメだ…
戦いの役にも立たないのに…」
タクミが急に謝ったのでアイは驚いて顔を上げた。
アイ「何もタクミのせいじゃないよ…武術の能力も高くないのに一生懸命戦ってくれてたし…
全然いいんだから…」
タクミ「でも…戦いも村での交渉もアイさん任せだし…他のこともナオさんやアユミさんがやってくれてて…
オレ、ホントにみんなとシてるだけで……」
アイはタクミに何か言おうとするが、すぐに口を閉ざしてしまう。2人はしばらくの間、黙ったままだった。
やがてアイが重い口を開く。
アイ「…どうしたらいいのかな…タクミにもっと何かやってもらおうか…
私ばっかりやってるって…確かにそうだよね…」
タクミ「アイさん…」
タクミがアイの顔を見ながらもう一度何か言おうとした瞬間、向こうから2人を呼ぶ声がする。
アカリ「アイ!タクミ!そろそろやろうよ…」
アイ「分かった!私、そっちに行くね…タクミ、こっち側、お願いね…」
アイは少しタクミに微笑むと、アカリの声がする方へ行ってしまった。
タクミはアイの後ろ姿を見送ると、首を何度も振りながらまた坂の下にあるゴブリンのところへ向かった。
午後になり、ソラだけでなく他の誰にも昨日までの疲れが出てきたのか、作業のペースがすっかり落ちてしまう。
どの子も休み々々ゴブリンや魔石を集めるので、どうしても仕事がはかどらない。
その様子を見かねたナオがアイやアカリに言った。
ナオ「今日はこれ以上続けてもダメだよ…キリがいいところで止めて、みんな休んだ方がいいよ…」
アカリ「確かに…みんな手が止まりがちだもんね…」
話を聞いていたアユミも3人のそばまでやって来る。
アユミ「足場も悪いし、無理に続けたらホントに誰か怪我するかも…
今日はここで終わろう…」
アイ「…わかった…じゃあ、作業を終えて麓のテントへ戻ろう…」
それぞれが分かれて他のみんなに今日の作業の終了を告げていく。
アイもタクミに声を掛けた。
アイ「タクミ、お疲れ…今日はもう終わりにしよう…」
タクミはアイの言葉に手を止めて、空を見上げる。
タクミ「いいけど…まだ全然明るいよ…」
アイ「みんな結構疲れてて、それでもう終わって休憩にしようって…」
タクミ「分かった…」
アイ「下のテントまで来てくれたらいいから…足元、気をつけてね…」
タクミ「了解…ありがとう…」
全員が足元に注意しながら山を下りてくると、麓に張ったままのテントに転がり込み、しばらくの間眠った。
みんなが目覚めると、もう日が暮れている。
アイたちは急いで夕食を済ませると、誰も何も言わずにテントに戻ってまた毛布に潜り込んだ。
次の朝にテントから出てきた時、みんなどの顔もすっきりしたようなすがすがしい表情をしていた。
アイとソラが並んで伸びをしてから、顔を見合わせてニッコリ笑う。
ソラ「めっちゃよく寝た!」
アイ「わかる!私もそう。」
アユミやツグミ、ルカも昨日の午後のぼんやりした顔つきではなく、シャキッとした様子だ。
モアですら大きく手を突き上げて伸びをして、十分寝たというしぐさを見せた。
唯一、タクミだけが眠そうに大きなあくびをする。
アユミ「すっごく寝たねー…」
ツグミ「疲れてたんだよ…」
ナオ「まあ、かなりの数のゴブリンだったからね…」
ルカ「タクミ君だけはまだ眠そうだけど(笑)…」
モア「なにー?その変な顔ー(笑)…」
ツグミ「タクミ君、眠れなかったの?」
タクミ「ううん…寝過ぎで眼が開かない…」
ソラ「なに言ってんの、いい若いもんが…」
アカリ「あんたと変わんないじゃん(笑)…」
まだ眠そうなタクミに代わって、今朝はアイとソラが焚き火を点ける。
ルカとツグミはドムニのお店で買った小さな椅子をみんなに配り、アユミとナオが焚き火で朝食のために目玉焼きを作っていった。
アカリは焚き火の前の草原に置いた小さな椅子に腰をかけて座り心地を確かめる。
アカリ「うん、下がガタガタじゃなかったらこの椅子自体が斜めになったり、動いたりはしないみたい…」
ルカ「そうだね、小さいけど座るところはちゃんとした大きさもあるし…」
タクミ「低いみたいだけど石と比べたらちゃんと高さもあるし、安定してるから、こっちの方がずっといいね…」
無愛想で憎まれ口をきくような武器屋のオヤジさんだったが、いいものを安くで売ってくれた彼の親切がこの小さな椅子に座ってみて改めて感じられた。
目玉焼きの焼ける匂いが漂ってきて、みんなのお腹が鳴る。
元気になったアイたちは食欲も旺盛だ。
モア「朝からタマゴー‼」
ツグミ「(笑)…」
アユミ「(笑)…欲しかったらまだ焼くから…」
アカリ「昨日は疲れ過ぎてたからね…」
ソラ「わかる!晩御飯、なに食べたっけ?」
ナオ「ソラは半分寝ながらパンくわえてた(笑)…」
アイ「よく口から落っこちなかったよ…」
ソラ「そマ(それマジ)(笑)…」
タクミ「この目玉焼き、うめー!」
全員「(笑)」
十分に睡眠をとり、満足する食事をしてアイたちにもやっと本来の元気が戻ってきた。
みんなの顔に生気が浮かんでいるのを見て、アイが今日のことを切り出す。
アイ「せっかく元気になってきたから、一気に作業を終わらせよう!」
アカリ「オーケー!」
ソラ「もう大分回収したんじゃない?」
ナオ「下の方が残ってるぐらい?」
タクミ「もう少し上まであるみたいだけど…」
アカリ「上にいく人と下の方を集める人に分かれたら?」
アユミ「それがいいかも…」
アイ「じゃあ…私とアカリとソラと、あとタクミとルカで上に行って、残りのみんなで下の方を回収してくれる?」
ナオ「了解。」
モア「り、り(了解)!」
アカリ「あんたはホントに調子いいんだから(笑)…」
メンバーはそれぞれアイが指示したように分かれ、再びゴブリンと魔石の回収を始めた。
若さのおかげだろう、みな見違えるように活発に働き、昨日の疲労などどこへやら、2,3時間のうちにすっかり回収作業は終わった。
アイ「どうそっちの方ももう大丈夫そう?」
アユミ「うん、ツグミと確認したけど、もう何もないよ。」
モア「終わったー…」
ルカ「やったー…」
それぞれが集めてきたゴブリンの死骸をテントのそばの草原に集めると、結構な数になる。
ソラ「どれぐらいある?」
ナオ「う~ん…60匹ぐらいはありそう…」
ルカ「60匹って…」
ツグミ「すごい…」
ナオの報告を聞いて、みんなは顔を見合わせる。
アカリ「でも、これで半分ってことは無かったよ…」
アイ「確かに…まだまだ全然巨大な群れって感じだった…」
ソラ「どんだけいたのよ…」
ナオ「この死骸の数見て、ちょっと思い出しても…200,300匹は軽くいたんじゃないかな…」
アユミ「すごいねー…」
みんな、それぞれが山を見上げながら、改めて自分たちが戦ったゴブリンの群れのことを思い浮かべた。
アイ「じゃあ、タクミ、またこれ、あんたのストレージに入れておいてね。」
タクミ「あ、はい…」
アカリ、ソラ「(笑)…」
いつの間にかタクミが倒した死骸を入れる係になっているのを見て、アカリやソラはクスクス笑う。
そんなタクミをツグミが手伝おうとするので、ルカやソラも一緒に手伝った。
アイ「じゃあ、昼ごはんを食べたら村に戻ろう。」
アイがそう指示するのを聞いて、アカリやナオが少し首をかしげる。
アイ「うん?どうしたの?」
アカリ「あのさー…」
ナオ「そんなに急いで村に戻らなくてもいいんじゃない?」
アユミ「ナオ…」
ナオとアカリの言葉を聞いて、他のみんなも集まってきた。
アカリ「村の宿屋って、あんまりゆっくりできなくない?」
ナオ「そう…」
ソラ「わかる…隣の音とかまる聞こえだもんね…」
アカリ「それに村だと、武術とか魔法の練習とかもできないでしょ…」
アイ「じゃあ、まだここにいて…」
アユミ「アカリは何かしたいことがあるの?」
アカリ「う~んとねー…したいことっていうか…」
アカリはそう言ってテントのそばの草原の大きな石や邪魔になりそうな枝などをどかせる。
アカリ「ちょっと見ててね…」
そう言うとアカリは助走で勢いをつけ、前方転回を4回連続して、最後は大きく前宙を見せて着地もしっかりと決めた。
みんなは彼女が急に見せた技に開いた口が塞がらない。
アユミやツグミは自然と拍手をしていた。
アユミ、ツグミ(パチパチパチパチ)
ナオ「へぇー…」
ルカ「すごいねー…」
タクミ「スゲー…」
アイ「アカリ、いつの間にそんなこと練習したの?」
アカリは首を振りながら、みんなの方へ戻ってくる。
アカリ「違うの。今、初めてしたの。」
モア「えー!」
アユミ「うそ?…」
ソラ「マジ?…」
アイたちは目を丸くしているが、アカリは冷静に言う。
アカリ「だから何か能力が付いてるのと、ジャンプ力とかが上がってるおかげでこんなのができるみたい…」
モア「へぇー…」
アユミ「じゃあ…」
アカリ「そう、みんなも能力が上がってて、できることが増えてるんじゃないかな?…」
他のみんながアカリの話を聞いている中、タクミだけがぼんやりと空の方を見ている。
アイがそれを見てちょっと眉をひそめる。
アイ「タクミ…」
タクミ「あっ、ゴメン…今、アカリさんのステイタスを見てて…この『軽身功』ってのがその能力だと思う。」
ソラ「ふ~ん、どれどれ…」
タクミに言われて、全員がお互いのステイタスを確認し合う。するとアカリだけでなく、アイやソラ、ルカにも同じ能力が付いている。
ソラ「この『軽身功』ってなに?」
タクミ「これって元々足を速くしたり、ジャンプ力を高めたりするための中国武術の方法の一つなんだ。
今で言うと「パルクール」とかが同じだと思う。
高い所にジャンプだけで飛び乗ったり、壁の上を走ったり、屋根の上を逆立ちで歩いたり…」
モア「サーカスじゃん(笑)…」
ナオ「じゃあ、アカリのあの技は?」
タクミ「たぶんだけど…『軽身功』でジャンプ力と身体の調整力が上がって、ああいう体操の技みたいなのもできるようになってるんじゃないかなー…」
ルカ「へぇー…」
ソラはもうやる気満々で、タクミの話を半分も聞いていない。すぐに草の上でアカリと同じように前方転回を始めた。
ソラ「それ!それ!そーれ‼」
助走が弱かったのか、ソラはアカリほどはいかなかったがそれでも3連続で前方転回を決める。
ツグミはまた拍手をするが、ソラは頬を膨らませている。
ソラ「う~ん、なんかうまくいかねぇ…」
アカリ「なに言ってんの(笑)…そんだけできたら十分じゃん…」
アユミ「アカリぐらいやりたかったんだ(笑)…」
ソラ「クソー…アカリみたいに格好良くしたかったのに…」
ツグミ「(笑)…」
今度はアイが助走をつけてそばの木に向かって飛び上がる。
すると、一度で自分自身の身長よりずっと高い枝に飛び乗ることができた。
アイ「なんか…ジャンプ力がすごい上がってる…」
アユミ「ルカも同じ力があるんでしょ?」
ルカ「でも私…元々そんなに飛べないから…」
ルカも恐る恐る走って木に飛び乗る。
すると身長の高さとまではいかなかったが、ある程度の高さの枝には届いた。
ルカ「わー、できたけど…結構怖い…」
アカリ「そう?大丈夫じゃない?」
木の上でこわごわ話すルカに向かってアカリは軽く助走をつけてジャンプすると、次から次へと違う木に飛び乗って上へと上っていった。
そして、4,5mはありそうな木の上の方から下のみんなに手を振る。
下にいた仲間やルカはそんなアカリに目を丸くする。
アカリ「ねぇ、上がってきなよ。アイとかならできんじゃないかな?」
ルカ「私はダメだよ…怖いよ…」
ソラ「よっしゃ!私、やってみる。」
ツグミ「無理しないでね…」
ソラもアカリのようにスピードをつけて木に飛び乗り、その勢いのまま別の木へと次々に飛び移っていく。
アイもいつの間にか、特に勢いをつけることもなく別の木へと飛び乗ってアカリの方へとジャンプして向かっていく。
だがソラは途中で力尽きたようで、アカリがいる木の高さまではたどり着けない。
代わりにアイはアカリのすぐそばまでやって来た。
ソラ「ダメ…そこまではいけないよ…」
ツグミ「ソラちゃん…」
アユミ「ソラ、無理しちゃダメだよ…」
ツグミやアユミの声を聞き、アカリとアイはまた木から木へと飛び移りながらソラのそばまで降りてくる。
アイ「ソラ、大丈夫?」
ソラ「まあ、飛べるのは飛べるんだけど…」
アカリ「でも、身体が動く感じでしょ?」
ソラ「それは分かる。なんか身体が軽いっていうか、スゲー飛んでいくっていうか…」
アイ「まあ、ジャンプ力は半端ないね…こんなとこまで普通にこれたから…」
ソラ「それでも能力に差があるみたい…2人ほどのジャンプ力はまだないね…」
ソラはちょっと口惜しそうに言う。
そんな風に話している3人に、ナオが木の下から叫ぶ。
ナオ「ねぇ、もういいでしょ。降りてきなよ…この後どうするか、決めなきゃ…」
アユミ「いいけど、降りてくる時は気をつけてね…怪我なんかしちゃダメだよ…」
ソラ「分かってるって…」
アイ「オーケー、気をつけて降りるから大丈夫。」
3人が降りてくる間、ルカは上っていくことはないものの、自分も隣の木から別の木へと飛び移る練習をしてからみんなのところへ戻ってきた。
木の上にいた3人もすぐに降りてくる。
モア「で、どうすんの?」
アカリ「だから、しばらくここにいてそれぞれ新しい能力が付いてないか、元々の能力が良くなってないか確認して、いろいろ試すのがいいんじゃないかな…」
ルカ「確かに…村に戻ったらこういうことってできない…」
アカリ「でしょ?」
アカリの言葉に全員がうなずく。
アイ「じゃあ、何日かここにいて、少し武術や魔法の練習とかしようか…」
アイの提案に何人かは首を縦に振るが、ツグミは心配そうな顔をする。
ツグミ「でも、村の人が心配して見にこないかな~?…」
アカリ「クエストがどうなってるのか、って?」
ナオ「まあ、それはありそうだね…」
ソラ「でも、終わりました、じゃあまたここに戻ります、ってそんなこと言える?」
アユミ「それも無理っぽい…」
タクミ「う~ん…」
確かにクエストが終わったら、すぐに知らせるべきなのだが、自分たちの能力も確かめたい。誰もが腕組みをして考え込んでしまう。
しばらく全員が下を向いていたので、アユミが声をかけた。
アカリ「ねえ、とりあえず昼ごはん食べながら考えない?もしかしたらいいアイデアが浮かぶかもしれないし…」
モア「それ、さんせー!」
アイ「あんたはちゃんと考えてた?」
ルカ「まあいいじゃん(笑)…」
ソラ「そうそう、アユミの言う通りだね…」
モア「ねえ、そうでしょ。じゃあ、ごはん、ごはん!」
ナオ「(笑)…」
アユミ「すぐにパンと飲み物出すから(笑)…」
ルカ「私も…」
みんなが草の上に座ると、アユミとルカがすぐに食べ物と飲み物を出してそれぞれに回し始めた。
*楽しんでくださった方や今後が気になるという方は、「いいね」や「お気に入り」をいただければ励みになります。
また、面白かったところや気になったところなどの感想もいただければ幸いです。よろしくお願いします。
昨日までは朝でもゴブリンたちの鳴き声が覆っていた山は、今朝は遠くまで鳥の声が響いている。
タクミが焚き火を点けると、他のみんなはその周りに集まって言葉少なにパンと温かい飲み物を口に運ぶ。
ひと仕事終えて清々しい朝を迎えられると思いきや、戦闘を終えた疲労を感じつつ、まだ残るゴブリンの片付けの多さに誰もがうんざりしていた。
ルカ「クエストが終わった後って、こんな感じなんだね…」
ナオ「ねぇ…」
アカリ「もっと達成感があると思ってたけど…」
ツグミとルカは近くの木にずっともたれていて、ソラとアカリはしきりに首や腕を回す。
モアはまだ眠いのか、ぼんやりとした表情をしていた。
誰もがため息だけはつくまいと我慢していたが、まだまだこれから山を下りながらゴブリンの死骸と魔石を集めなければならない。
ゴブリンを倒すことよりもそれはずっと面倒な作業だった。
アイがポツリと言う。
アイ「ナニさんが、クエストの現実はシビアだって言ってたね…」
ソラ「確かに…一年中移動して、クエストのために戦って、また移動してって…」
アユミ「儲けたお金もほとんど食べ物や荷物や武器に使うって…」
タクミ「なんか、ちょっと分かるね…」
レアの村からドムニへの道中でいろんなことを教えてくれた御者のナニの言葉の意味がほんの少しだけ実感される。
みんなは最初こそRPGの世界だ、とはしゃいだりもしたが、自分たちが連れてこられた世界で自分たちが選んだ仕事の大変さを早くも教えられた感じだった。
一足先に食事を終えたアカリが立ち上がって大きく伸びをする。
アカリ「まあ、ごちゃごちゃ言ってても仕方ないよ。がんばってゴブリンたちを集めよう。」
アユミ「まあ、これもお金になるってことだし…」
モア「ホントにお金になるんだよね?…」
モアがちょっと心配そうにする。
ナオ「ゴブリンの皮が売れるって確かに本に書いてたし、魔石だって数あるといいってあったから、その辺は大丈夫なんじゃない?」
ツグミ「これだけの数あったら、結構な金額にならないかな…」
アイ「買い叩かれたりしなきゃいいけど…」
アユミ「まあ、そういう心配はまた街に行ってから考えようよ。」
ソラ「そうそう。今はとにかくゴブリンと魔石を回収しよう。」
何とかこの大変な仕事の意義を確認することで全員にやる気が戻ってきて、みんなは食事を終えてテントを畳んだ。
アイが出発前にみんなに確認する。
アイ「あっちの森と違ってこの山にはあちこちにゴブリンの死骸があると思うから、みんな散らばってできるだけ残さず回収するようにしよう。
魔石も小さいけど、忘れないようにね。」
うなずくみんなにアユミが注意する。
アユミ「坂を下らないとダメだから、足元に気を付けてね。滑ったり転げ落ちたりしたら怪我しちゃうからね。」
アカリ「ツグミとモアはこないだこけそうだったから、気をつけなよ。」
ツグミ「ありがとう…」
モア「大丈夫だよ…もう…」
モアが不満げに口を尖らせるのをソラが心配そうに見る。
ソラ「大丈夫かな、この子?…」
ルカ「まあまあ…」
アイ「じゃあ、『索敵』を持ってる人は何か感じたら大声で教えてね。
他の人でも何か気づいたり、見つけたりしたら知らせること。いいね。」
全員「了解!」
こうして全員が山全体に散らばっているゴブリンの死骸と魔石を集めに向かった。
アイやソラ、アカリはあちこちに倒れているゴブリンの死骸を集めようと、木々の間を歩き回って斜面まで手を伸ばす。
ゴブリン退治の時には単にそばにいるゴブリンを倒すことだけを考えていたが、いざその死骸を回収しようとすると坂の滑りそうなところにあったり、木の枝に絡まっていたりと微妙なところに倒れているものが多い。
アユミやツグミ、モアやナオは這いつくばって魔石を探すが、魔石に至っては土や木の葉に埋まっていたり、木の根元に隠れていたりした。
他の子もそれぞれに山全体に転がっている死骸や魔石を探し回る。
ソラ「う~ん…これ枝が邪魔で微妙に届かない…」
アカリ「どれ、ちょっと変わろうか?」
ソラ「お願い…」
アイ「アカリの方が手足が長いからねー(笑)…」
ソラ「それを言うなー…」
モア「ハ、ハクション‼ん?ここにあった魔石がない!」
ナオ「あんな小さなもののそばでくしゃみするからだよー…」
モア「くしゃみぐらい出ちゃうよ…え~と、どこいった?」
ツグミ「はい、こっちまで転がり落ちてきたよ…」
モア「ありがとう…」
タクミ「(笑)…」
アイ「タクミ、笑ってないで、あっちの斜面に並んでるゴブリンを集めてきて…」
タクミ「えっ?あんな急なとこ?…」
アイ「口ごたえしないで、直ぐ行く!さあ!」
タクミ「…ハイ…」
アイ「滑り落ちないでよ…」
みんなで手分けしながら、山のあちこちをできるだけ隈なくゴブリンの死骸と魔石を集めて回る。
一人々々が倒したゴブリンの数はそれ程でもないように思っていたが、いざその全部を集めていくと結構な数になる。
それでも9人全員が朝から陽が高くなるまで死骸と魔石を拾いながら下りてくると、もう山の半分は過ぎている。
みんなは何人かで固まって、その場で昼食を取った。
アカリ「思ったよりはかどってるのかな…」
アユミ「じゃないかな…だいぶ下りてきたし…」
ツグミ「それでもまだ結構残ってるね…」
アユミ「やっぱり魔石を探しながらが大変だね…」
アカリ「ゴブリンは触りさえすればストレージに入ってくれるんだけど…」
ツグミ「魔石は隠れちゃってるからね…」
アユミ「ちっさいから…」
ソラは昨日張り切り過ぎたのか、今日はちょっとお疲れらしく、ナオが注いだジュースを黙って口に運んだ。
ルカ「ソラちゃんは昨日がんばり過ぎたんだよ…」
ソラ「…そうみたい…今日はちょっとしんどい…」
ナオ「だから無理しちゃダメって言ってたのに…」
モア「私はまだ元気だよー…」
ソラ「あんたも張り切ってたのに…」
ナオ「ねぇ(笑)…でも、モアはホントに元気そうだよ…」
ソラ「この後、ちょっと寝てていい?…」
ルカ「置いてかれちゃうよ(笑)…」
モア「置いてっちゃうよー…」
ソラ「あんたが言うな(笑)…」
アカリやソラのグループと少し離れて、アイとタクミは2人だけで食事を取っていた。
タクミ「まだパンもあるけど…」
アイ「ありがとう…じゃあ、もう一個ちょうだい…」
タクミ「ハイ…」
アイはタクミから貰ったパンも頬張りながら、もう一度山頂の方を見上げる。
タクミ「まだ何か気になるの?…」
アイ「…まあ、そんなんでもないけど…結構苦労して上まで行ったけど、下りてくるのはあっという間だなあって…」
タクミ「まあ、死骸も魔石も集めるのは大変だけど…邪魔されるわけじゃないから…」
アイ「そうだね…」
アイは一度大きくため息をつくと、手にしたコップからミルクティーをゴクリと飲んだ。
タクミ「大丈夫?疲れてるんじゃない?昨日もあんなデカいゴブリンと戦ったりしたし…」
アイはそう言うタクミに笑顔を見せると、ゆっくり首を振った。
アイ「ありがとう…でも戦いの疲れとは違うかな…
どうやって戦おうかとか…このまま行っていいのかとか…そういう頭を使った疲れかな…」
タクミはアイの答えにちょっと黙ってしまった。
何と言えばいいのかわからず、タクミもコップの飲み物を一口飲む。
タクミ「…ゴメン…オレももっとアイデアを出したりしないとダメだ…
戦いの役にも立たないのに…」
タクミが急に謝ったのでアイは驚いて顔を上げた。
アイ「何もタクミのせいじゃないよ…武術の能力も高くないのに一生懸命戦ってくれてたし…
全然いいんだから…」
タクミ「でも…戦いも村での交渉もアイさん任せだし…他のこともナオさんやアユミさんがやってくれてて…
オレ、ホントにみんなとシてるだけで……」
アイはタクミに何か言おうとするが、すぐに口を閉ざしてしまう。2人はしばらくの間、黙ったままだった。
やがてアイが重い口を開く。
アイ「…どうしたらいいのかな…タクミにもっと何かやってもらおうか…
私ばっかりやってるって…確かにそうだよね…」
タクミ「アイさん…」
タクミがアイの顔を見ながらもう一度何か言おうとした瞬間、向こうから2人を呼ぶ声がする。
アカリ「アイ!タクミ!そろそろやろうよ…」
アイ「分かった!私、そっちに行くね…タクミ、こっち側、お願いね…」
アイは少しタクミに微笑むと、アカリの声がする方へ行ってしまった。
タクミはアイの後ろ姿を見送ると、首を何度も振りながらまた坂の下にあるゴブリンのところへ向かった。
午後になり、ソラだけでなく他の誰にも昨日までの疲れが出てきたのか、作業のペースがすっかり落ちてしまう。
どの子も休み々々ゴブリンや魔石を集めるので、どうしても仕事がはかどらない。
その様子を見かねたナオがアイやアカリに言った。
ナオ「今日はこれ以上続けてもダメだよ…キリがいいところで止めて、みんな休んだ方がいいよ…」
アカリ「確かに…みんな手が止まりがちだもんね…」
話を聞いていたアユミも3人のそばまでやって来る。
アユミ「足場も悪いし、無理に続けたらホントに誰か怪我するかも…
今日はここで終わろう…」
アイ「…わかった…じゃあ、作業を終えて麓のテントへ戻ろう…」
それぞれが分かれて他のみんなに今日の作業の終了を告げていく。
アイもタクミに声を掛けた。
アイ「タクミ、お疲れ…今日はもう終わりにしよう…」
タクミはアイの言葉に手を止めて、空を見上げる。
タクミ「いいけど…まだ全然明るいよ…」
アイ「みんな結構疲れてて、それでもう終わって休憩にしようって…」
タクミ「分かった…」
アイ「下のテントまで来てくれたらいいから…足元、気をつけてね…」
タクミ「了解…ありがとう…」
全員が足元に注意しながら山を下りてくると、麓に張ったままのテントに転がり込み、しばらくの間眠った。
みんなが目覚めると、もう日が暮れている。
アイたちは急いで夕食を済ませると、誰も何も言わずにテントに戻ってまた毛布に潜り込んだ。
次の朝にテントから出てきた時、みんなどの顔もすっきりしたようなすがすがしい表情をしていた。
アイとソラが並んで伸びをしてから、顔を見合わせてニッコリ笑う。
ソラ「めっちゃよく寝た!」
アイ「わかる!私もそう。」
アユミやツグミ、ルカも昨日の午後のぼんやりした顔つきではなく、シャキッとした様子だ。
モアですら大きく手を突き上げて伸びをして、十分寝たというしぐさを見せた。
唯一、タクミだけが眠そうに大きなあくびをする。
アユミ「すっごく寝たねー…」
ツグミ「疲れてたんだよ…」
ナオ「まあ、かなりの数のゴブリンだったからね…」
ルカ「タクミ君だけはまだ眠そうだけど(笑)…」
モア「なにー?その変な顔ー(笑)…」
ツグミ「タクミ君、眠れなかったの?」
タクミ「ううん…寝過ぎで眼が開かない…」
ソラ「なに言ってんの、いい若いもんが…」
アカリ「あんたと変わんないじゃん(笑)…」
まだ眠そうなタクミに代わって、今朝はアイとソラが焚き火を点ける。
ルカとツグミはドムニのお店で買った小さな椅子をみんなに配り、アユミとナオが焚き火で朝食のために目玉焼きを作っていった。
アカリは焚き火の前の草原に置いた小さな椅子に腰をかけて座り心地を確かめる。
アカリ「うん、下がガタガタじゃなかったらこの椅子自体が斜めになったり、動いたりはしないみたい…」
ルカ「そうだね、小さいけど座るところはちゃんとした大きさもあるし…」
タクミ「低いみたいだけど石と比べたらちゃんと高さもあるし、安定してるから、こっちの方がずっといいね…」
無愛想で憎まれ口をきくような武器屋のオヤジさんだったが、いいものを安くで売ってくれた彼の親切がこの小さな椅子に座ってみて改めて感じられた。
目玉焼きの焼ける匂いが漂ってきて、みんなのお腹が鳴る。
元気になったアイたちは食欲も旺盛だ。
モア「朝からタマゴー‼」
ツグミ「(笑)…」
アユミ「(笑)…欲しかったらまだ焼くから…」
アカリ「昨日は疲れ過ぎてたからね…」
ソラ「わかる!晩御飯、なに食べたっけ?」
ナオ「ソラは半分寝ながらパンくわえてた(笑)…」
アイ「よく口から落っこちなかったよ…」
ソラ「そマ(それマジ)(笑)…」
タクミ「この目玉焼き、うめー!」
全員「(笑)」
十分に睡眠をとり、満足する食事をしてアイたちにもやっと本来の元気が戻ってきた。
みんなの顔に生気が浮かんでいるのを見て、アイが今日のことを切り出す。
アイ「せっかく元気になってきたから、一気に作業を終わらせよう!」
アカリ「オーケー!」
ソラ「もう大分回収したんじゃない?」
ナオ「下の方が残ってるぐらい?」
タクミ「もう少し上まであるみたいだけど…」
アカリ「上にいく人と下の方を集める人に分かれたら?」
アユミ「それがいいかも…」
アイ「じゃあ…私とアカリとソラと、あとタクミとルカで上に行って、残りのみんなで下の方を回収してくれる?」
ナオ「了解。」
モア「り、り(了解)!」
アカリ「あんたはホントに調子いいんだから(笑)…」
メンバーはそれぞれアイが指示したように分かれ、再びゴブリンと魔石の回収を始めた。
若さのおかげだろう、みな見違えるように活発に働き、昨日の疲労などどこへやら、2,3時間のうちにすっかり回収作業は終わった。
アイ「どうそっちの方ももう大丈夫そう?」
アユミ「うん、ツグミと確認したけど、もう何もないよ。」
モア「終わったー…」
ルカ「やったー…」
それぞれが集めてきたゴブリンの死骸をテントのそばの草原に集めると、結構な数になる。
ソラ「どれぐらいある?」
ナオ「う~ん…60匹ぐらいはありそう…」
ルカ「60匹って…」
ツグミ「すごい…」
ナオの報告を聞いて、みんなは顔を見合わせる。
アカリ「でも、これで半分ってことは無かったよ…」
アイ「確かに…まだまだ全然巨大な群れって感じだった…」
ソラ「どんだけいたのよ…」
ナオ「この死骸の数見て、ちょっと思い出しても…200,300匹は軽くいたんじゃないかな…」
アユミ「すごいねー…」
みんな、それぞれが山を見上げながら、改めて自分たちが戦ったゴブリンの群れのことを思い浮かべた。
アイ「じゃあ、タクミ、またこれ、あんたのストレージに入れておいてね。」
タクミ「あ、はい…」
アカリ、ソラ「(笑)…」
いつの間にかタクミが倒した死骸を入れる係になっているのを見て、アカリやソラはクスクス笑う。
そんなタクミをツグミが手伝おうとするので、ルカやソラも一緒に手伝った。
アイ「じゃあ、昼ごはんを食べたら村に戻ろう。」
アイがそう指示するのを聞いて、アカリやナオが少し首をかしげる。
アイ「うん?どうしたの?」
アカリ「あのさー…」
ナオ「そんなに急いで村に戻らなくてもいいんじゃない?」
アユミ「ナオ…」
ナオとアカリの言葉を聞いて、他のみんなも集まってきた。
アカリ「村の宿屋って、あんまりゆっくりできなくない?」
ナオ「そう…」
ソラ「わかる…隣の音とかまる聞こえだもんね…」
アカリ「それに村だと、武術とか魔法の練習とかもできないでしょ…」
アイ「じゃあ、まだここにいて…」
アユミ「アカリは何かしたいことがあるの?」
アカリ「う~んとねー…したいことっていうか…」
アカリはそう言ってテントのそばの草原の大きな石や邪魔になりそうな枝などをどかせる。
アカリ「ちょっと見ててね…」
そう言うとアカリは助走で勢いをつけ、前方転回を4回連続して、最後は大きく前宙を見せて着地もしっかりと決めた。
みんなは彼女が急に見せた技に開いた口が塞がらない。
アユミやツグミは自然と拍手をしていた。
アユミ、ツグミ(パチパチパチパチ)
ナオ「へぇー…」
ルカ「すごいねー…」
タクミ「スゲー…」
アイ「アカリ、いつの間にそんなこと練習したの?」
アカリは首を振りながら、みんなの方へ戻ってくる。
アカリ「違うの。今、初めてしたの。」
モア「えー!」
アユミ「うそ?…」
ソラ「マジ?…」
アイたちは目を丸くしているが、アカリは冷静に言う。
アカリ「だから何か能力が付いてるのと、ジャンプ力とかが上がってるおかげでこんなのができるみたい…」
モア「へぇー…」
アユミ「じゃあ…」
アカリ「そう、みんなも能力が上がってて、できることが増えてるんじゃないかな?…」
他のみんながアカリの話を聞いている中、タクミだけがぼんやりと空の方を見ている。
アイがそれを見てちょっと眉をひそめる。
アイ「タクミ…」
タクミ「あっ、ゴメン…今、アカリさんのステイタスを見てて…この『軽身功』ってのがその能力だと思う。」
ソラ「ふ~ん、どれどれ…」
タクミに言われて、全員がお互いのステイタスを確認し合う。するとアカリだけでなく、アイやソラ、ルカにも同じ能力が付いている。
ソラ「この『軽身功』ってなに?」
タクミ「これって元々足を速くしたり、ジャンプ力を高めたりするための中国武術の方法の一つなんだ。
今で言うと「パルクール」とかが同じだと思う。
高い所にジャンプだけで飛び乗ったり、壁の上を走ったり、屋根の上を逆立ちで歩いたり…」
モア「サーカスじゃん(笑)…」
ナオ「じゃあ、アカリのあの技は?」
タクミ「たぶんだけど…『軽身功』でジャンプ力と身体の調整力が上がって、ああいう体操の技みたいなのもできるようになってるんじゃないかなー…」
ルカ「へぇー…」
ソラはもうやる気満々で、タクミの話を半分も聞いていない。すぐに草の上でアカリと同じように前方転回を始めた。
ソラ「それ!それ!そーれ‼」
助走が弱かったのか、ソラはアカリほどはいかなかったがそれでも3連続で前方転回を決める。
ツグミはまた拍手をするが、ソラは頬を膨らませている。
ソラ「う~ん、なんかうまくいかねぇ…」
アカリ「なに言ってんの(笑)…そんだけできたら十分じゃん…」
アユミ「アカリぐらいやりたかったんだ(笑)…」
ソラ「クソー…アカリみたいに格好良くしたかったのに…」
ツグミ「(笑)…」
今度はアイが助走をつけてそばの木に向かって飛び上がる。
すると、一度で自分自身の身長よりずっと高い枝に飛び乗ることができた。
アイ「なんか…ジャンプ力がすごい上がってる…」
アユミ「ルカも同じ力があるんでしょ?」
ルカ「でも私…元々そんなに飛べないから…」
ルカも恐る恐る走って木に飛び乗る。
すると身長の高さとまではいかなかったが、ある程度の高さの枝には届いた。
ルカ「わー、できたけど…結構怖い…」
アカリ「そう?大丈夫じゃない?」
木の上でこわごわ話すルカに向かってアカリは軽く助走をつけてジャンプすると、次から次へと違う木に飛び乗って上へと上っていった。
そして、4,5mはありそうな木の上の方から下のみんなに手を振る。
下にいた仲間やルカはそんなアカリに目を丸くする。
アカリ「ねぇ、上がってきなよ。アイとかならできんじゃないかな?」
ルカ「私はダメだよ…怖いよ…」
ソラ「よっしゃ!私、やってみる。」
ツグミ「無理しないでね…」
ソラもアカリのようにスピードをつけて木に飛び乗り、その勢いのまま別の木へと次々に飛び移っていく。
アイもいつの間にか、特に勢いをつけることもなく別の木へと飛び乗ってアカリの方へとジャンプして向かっていく。
だがソラは途中で力尽きたようで、アカリがいる木の高さまではたどり着けない。
代わりにアイはアカリのすぐそばまでやって来た。
ソラ「ダメ…そこまではいけないよ…」
ツグミ「ソラちゃん…」
アユミ「ソラ、無理しちゃダメだよ…」
ツグミやアユミの声を聞き、アカリとアイはまた木から木へと飛び移りながらソラのそばまで降りてくる。
アイ「ソラ、大丈夫?」
ソラ「まあ、飛べるのは飛べるんだけど…」
アカリ「でも、身体が動く感じでしょ?」
ソラ「それは分かる。なんか身体が軽いっていうか、スゲー飛んでいくっていうか…」
アイ「まあ、ジャンプ力は半端ないね…こんなとこまで普通にこれたから…」
ソラ「それでも能力に差があるみたい…2人ほどのジャンプ力はまだないね…」
ソラはちょっと口惜しそうに言う。
そんな風に話している3人に、ナオが木の下から叫ぶ。
ナオ「ねぇ、もういいでしょ。降りてきなよ…この後どうするか、決めなきゃ…」
アユミ「いいけど、降りてくる時は気をつけてね…怪我なんかしちゃダメだよ…」
ソラ「分かってるって…」
アイ「オーケー、気をつけて降りるから大丈夫。」
3人が降りてくる間、ルカは上っていくことはないものの、自分も隣の木から別の木へと飛び移る練習をしてからみんなのところへ戻ってきた。
木の上にいた3人もすぐに降りてくる。
モア「で、どうすんの?」
アカリ「だから、しばらくここにいてそれぞれ新しい能力が付いてないか、元々の能力が良くなってないか確認して、いろいろ試すのがいいんじゃないかな…」
ルカ「確かに…村に戻ったらこういうことってできない…」
アカリ「でしょ?」
アカリの言葉に全員がうなずく。
アイ「じゃあ、何日かここにいて、少し武術や魔法の練習とかしようか…」
アイの提案に何人かは首を縦に振るが、ツグミは心配そうな顔をする。
ツグミ「でも、村の人が心配して見にこないかな~?…」
アカリ「クエストがどうなってるのか、って?」
ナオ「まあ、それはありそうだね…」
ソラ「でも、終わりました、じゃあまたここに戻ります、ってそんなこと言える?」
アユミ「それも無理っぽい…」
タクミ「う~ん…」
確かにクエストが終わったら、すぐに知らせるべきなのだが、自分たちの能力も確かめたい。誰もが腕組みをして考え込んでしまう。
しばらく全員が下を向いていたので、アユミが声をかけた。
アカリ「ねえ、とりあえず昼ごはん食べながら考えない?もしかしたらいいアイデアが浮かぶかもしれないし…」
モア「それ、さんせー!」
アイ「あんたはちゃんと考えてた?」
ルカ「まあいいじゃん(笑)…」
ソラ「そうそう、アユミの言う通りだね…」
モア「ねえ、そうでしょ。じゃあ、ごはん、ごはん!」
ナオ「(笑)…」
アユミ「すぐにパンと飲み物出すから(笑)…」
ルカ「私も…」
みんなが草の上に座ると、アユミとルカがすぐに食べ物と飲み物を出してそれぞれに回し始めた。
*楽しんでくださった方や今後が気になるという方は、「いいね」や「お気に入り」をいただければ励みになります。
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