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本当の家族。
日々の暮らし。
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ーーーーー
木枯らしが吹いてる1月最後の金曜日。
13歳の私にとって人生最大級の転機が訪れていた。
『応接間』と呼ばれる部屋で、いつもとは違う服を着せられて椅子に座らされて、向かいには男の人が2人、並んで座って・・私を見ていた。
目に薄っすら涙を浮かべながら・・・。
「やっと見つけた。・・・一緒に帰ろう、亜子。」
「・・・え!?」
この日を境に・・・私の人生は一変することになる。
ーーーーー
3日前。
お昼過ぎに『光が丘養護施設』に1本の電話が入った。
この電話が全ての始まりだった。
「はい、光が丘養護施設です。」
重圧感のある声で電話に電話に出たのはこの養護施設の施設長だ。
ふくよかな体形にフリルのついた真っ白なエプロンをつけてる。
釣りあがった目、常に尖らせてるような口元はかなり特徴的で、一度見たら忘れられない感じだ。
全てにおいて細かく管理するのが好きで、運営費はもちろんのこと、食材や施設に在籍する子供たちの服装に持ち物、トイレットペーパーの数まで細かくチェックしている。
突然の訪問者は門前払いし、ポストに投函されるチラシは全て破り捨てる。
電話もテキパキと答えて、悩んだりすることがない『ロボット』のような人なのだ。
「・・・え?」
そんなロボットのような施設長が電話相手に聞き返した。
事務室と呼ばれる部屋での出来事だった。
大きい椅子にでっぷりと座り、これまた大きい、書類だらけの机に腕を置きながら聞き返したのだ。
(初めてかも・・・。)
傍から見ながらそう思った。
箒を手に持ち、掃除をしていた私は思わず手を止めて見ていた。
いつもなら電話しながら書類をバサバサめくって受け答えをしてる施設長が固まったまま動かないのだ。
電話口の相手が何を言ってるのか真剣に聞いてるようで、目が電話のほうに寄ってる。
何かを言おうとしてるのか、口が時々開くけれども言葉は出ないでいるようだった。
「あ・・いえ・・・その・・ですね・・・えーと・・。」
言葉を詰まらせながら、施設長は目線を電話から私に移した。
(!!・・・やばい・・!)
バチっと目が合った瞬間、私は目を反らした。
そして何事もなかったかのようにして手に持っていた箒を動かして掃除を進める。
「・・・わかりました。日程については・・・はい、ではお待ちしてます。」
大きなため息を一つ漏らしながら、施設長は電話を置いた。
右手でおでこを押さえ、さっき置いた電話を見つめながら私を呼んだ。
「『L』!」
「はっ・・はいっ・・!」
「お前、さっき手を動かしてなかっただろ!」
「すっ・・すみません・・!」
施設長は目線をゆっくりあげ、席から立ち上がった。
威圧感を誇張するかのように大きく肩を揺さぶりながら、ゆっくりと歩き迫ってくる。
「使えない奴はどうなるのかわかってるよなぁ!?」
そう言って私が手に持っていた箒を取り上げた。
そしてその柄を振り上げ、私は腕を叩かれた。
バシッといい音が鳴り、痛みが全身を駆け抜ける。
叩かれた腕を押さえたいところだけど、それをするともっと殴られることはわかっていた。
物心ついたときから・・ずっと叩かれて育って来たからだ。
(我慢・・我慢・・・・。)
施設長は気に入らないことがあると必ず叩いてくる。
でもそれも10回くらいだから耐えれることだった。
(よかった、私で。)
この施設にいる子供は、一番年下の子で4歳。
一番年上が13歳の私だった。
小さい子が叩かれるのは見てられなく、できるだけ自分が叩かれるように持って行きたいところだった。
『里親』というものが見つかればここを出ることができ、新しい人生を歩むことができる。
そんな時に殴られた記憶が強いなんて辛いだろう。
自分自身もここから出たい思いはあるけど・・・13歳の私にはもう厳しいことだった。
年齢は低いほうが・・里親は見つかりやすい。
「『部屋』に行きな!!今日はメシ抜きだからな!!」
「はい・・。」
施設長に言われたことに従うのがここのルール。
私は言われた通り、『部屋』に向かった。
(明日には出れるといいんだけど・・・)
『部屋』とは施設の一番奥の端にある物置部屋のことだ。
物しかないその部屋は窓もなく、常に埃っぽい。
用事がない限り人は来ず、声を上げても気づかれにくい。
そんな部屋を施設長は有効活用することにしたのは今から数年前のことだった。
いいつけを守れなかった子供を閉じ込め、罰を与えてるのだ。
(最初に入れられた時はパニックになったけど・・・慣れるもんだなー。)
『いつかは出れる』
そう思えるようになってから、気持ちは楽になった。
食べ物をもらえないのが少し辛いことだけど、空腹さえ紛らわせれたら苦痛な部屋ではなかった。
それは『私だから』かもしれないけど。
「よいしょっと・・・」
『部屋』についた私は戸を開けた。
ギィ・・・と古めかしい音がなり、一歩足を踏み入れると埃が舞うのが見えた。
窓がないから、戸を開けたときに入り込む光が埃を照らしてしまうのだ。
「・・あんまり掃除しちゃうと、バレたときが困るし・・。」
私は部屋に入ってすぐにある小さな箱をドアに挟んだ。
明かりがないこの部屋は、戸を閉めると完全に真っ暗になってしまう。
先に寝床と明るさを確保するために外の光が必要なのだ。
「まだ使えるかなー。」
足の踏み場が確率されてない場所を歩き進んでいく。
入り口付近にある物はよく使われてるもので、奥はほとんど手を付けられてない。
だからこの部屋に閉じ込められるとき用に色々溜め込んでるのだ。
「よいしょっと・・・。」
私は部屋の一番奥にいった。
そこには床から天井までの高さの棚がある。
壁にぴったりくっついてるようにある棚だけど、その裏には隙間がある。
私は屈んで、その隙間に手を突っ込んだ。
「えーと・・あ、あった。」
手探りで取ったのはペンだ。
ライト付きのペン。
これがあれば、真っ暗な空間も少しマシなのだ。
「よし、あとは戸を閉めに行って、寝るとこ作らなきゃ。」
今通って来たところを通り、戸に挟んでいた箱を元の場所に戻した。
真っ暗になった部屋でライトをつける。
するとほんの少し、辺りが見えるようになった。
「よし、寝るとこは・・・いつものとこかな。」
私はいつものところに向かって足を進めた。
棚があった所は入り口のドアの真正面。
いつものところは右の奥だ。
「まだあるハズ・・・」
一歩足を踏み出すたびに舞い上がる埃を吸いながら歩いていく。
紙やダンボール、布やよくわからないものを踏みしめながら進むと、壁にぴったりくっつくようにして1台のピアノが現れた。
ライトで照らすと、埃でくすんで見える。
指でそっと鍵盤を拭くと指にこんもり埃がついてきた。
「よかった、まだあった。」
この部屋に閉じ込められるようになってから何日か経ったときに見つけたこのピアノ。
初めて見たピアノに感激したものの、音は出なかった。
音が出なかったことを残念におもったけど、もし音が出ていたらまた叱られただろう。
複雑な気持ちをいだきながらも、私はこの部屋に来たときはピアノに会えるから嬉しかった。
「キミは・・・どんな声なのかな??」
そう話かけながら鍵盤を1つ押す。
鳴らない音を想像しながら、1音1音を押していく。
「いつか・・ピアノの音を聞いてみたいなー・・・。」
束の間の『自分の時間』に少し幸せを感じながら、私は鍵盤を押して空腹と痛みを紛らわせていった。
ーーーーー
翌日。
ピアノの側で眠っていた私は、足音が聞こえて目が覚めた。
(あの音は施設長だ・・・!)
どすどすと廊下が揺れるような音が耳に響いてくる。
その音は不機嫌なようにも聞こえ、嫌な予感がしてならない。
(早く隠さないと・・・!)
握りしめていたペンライトを棚の後ろに隠し、音をあまり立てないようにしながら戸に向かう。
そして入り口から程よく離れたところにある段ボールの山にもたれかかるようにしながら座った。
「L!!出て来な!!」
大声をあげながら戸をバーン!!と開けた施設長。
不機嫌に聞こえた足音は正解だったようで、眉が寄り、口元は絵に描いたように『へ』の字をしてる。
目を凝らせば体の回りに蒸気でも見えそうな勢いだ。
「お・・おはようございます。」
そう言って立ち上がると、施設用は手をまっすぐ庭に向けて伸ばし、指を指した。
「庭!きれいにしな!『Q』が先に行ってるから!!」
断るなんて権利、私にはない。
「・・はい。」
決まりきった返事をし、私は部屋から出た。
そのまま庭に向かって足を進める。
昨日のお昼ご飯を最後に食べてから何も食べてなかったけど、気持ちはまだマシだった。
なぜかと言うと庭掃除が『Qと一緒』だからだ。
(ちょっとだけど喋れるっ。)
『Q』は私より一つ年下の女の子だ。
歳が近いからか、会えば二人でよく喋ってる。
この施設で一番仲のいい・・・友達だ。
(Qは昨日『外』だったから・・・何か楽しい話聞かせてくれるかな?)
施設のルールとして、基本的には外にでることはできない。
勉強に関しては、外から学校の先生らしき人が来て教えてくれる。
寝泊まりは基本的にこの施設だから・・・外に出ることがないのだ。
『外』が気になって仕方ないときもあったけど・・・高い塀で囲われてるこの施設から『外』は望めなかった。
(・・・いいな、Qは。『家族』がいて。)
施設から外に出れる条件は、里親が見つかることか・・・身内からの寄付金だ。
家庭の事情で施設にいる子たちは身内から寄付金が来ることがある。
すると何日か外で過ごせれるのだ。
(私は家族がいないから外に出れることはないんだよね・・・。)
出れないのならせめて話だけでも聞きたい。
それに誰かと楽しく話すのも好きだから・・・Qと一緒に作業するのは楽しみだった。
「あ、Q-っ!」
庭に入った私は隅で草を引いてるQを見つけた。
しゃがみ込み、手に軍手をはめて草を引き抜いてる。
「あ、L-っ!」
私の声に気がついたQは立ち上がり、手を振ってくれた。
肩まである茶色の髪の毛が太陽の光にあたってツヤツヤと輝いてる。
「一緒にしよ?」
「うんっ。」
私はQと一緒にしゃがみ、生えてる雑草を引き始めた。
軍手を持ってない私はそのまま素手で引き抜いていく。
「L、軍手もらってくる?」
私の手を気にしてくれたのか、Qは提案してきた。
でも施設長が軍手をくれるかどうかはわからない。
さっき機嫌が悪かったことを考えたらもらえない確率のほうが高そうだった。
「ううん、時間がもったいないしこのままするー。」
「そう?手、ケガしない?」
「大丈夫だよ、いつものことだし。」
『終わらせる』ことが大事だと思った私は雑草を抜いて行った。
先に来ていたQが抜いてたハズだけど、短い草がだいぶ残されていた。
軍手では引きにくいからか、あとで抜くつもりだったんだろう。
(この辺りを抜いて行こう。)
そう思った私は黙々と作業を進めていった。
飽きないようにQとお喋りも欠かさない。
「Qさ、昨日、外に出た時って何してたの?」
そう聞くとQは嬉しそうに話し始めてくれた。
「昨日はお母さんが迎えに来てくれて、お買い物に行ったよ?」
「!!・・・お買い物!」
「お母さんがー・・なんか椅子?が欲しいって言って買いにいったー。」
「いいなー・・・。」
『外に出れる』というだけでも羨ましい限りだけど、『誰かと一緒に買い物』っていうのがすごく羨ましく思った。
私には叶わないことだからだ。
家族がいない私は外に出れることはない。
半分以上諦めてることだけど羨ましく思ってしまうのは仕方ないことだった。
「あとはー、ご飯食べに行ってー・・映画観てきたっ。」
「そうなんだー・・。」
「そのあとはねー・・・」
Qはたくさん喋ってくれた。
私を見ながら喋ってくれたり、空を見ながら喋ってくれたり・・・。
私はその話を聞きながら手を動かし続けていた。
施設長が勝手に決めてる時間内に終わらないと、あとが大変だからだ。
(Q、もうちょっと抜いてくれないかなー・・。)
Qの側には大きめな雑草が数えれるほどしかなかった。
私が抜いたのは短い雑草だけど数えきれないくらいくらいに山となってある。
その差を考えると少し違和感を覚えてしまいそうだった。
「L?どうかした?」
考えごとをしていた私はQの話に相槌を打つのを忘れてしまっていた。
「え?・・・あ、ごめん。いいなーと思っちゃって・・・。」
苦し紛れにそう答えた私。
Qは私の言葉を聞いて、少し悲しめな表情を浮かべながら言った。
「L、外は楽しいばっかりじゃないよ。」
「そうなの?少なくともここよりは楽しいことしかないと思うけど・・・。」
『外』を知らない私は断言することはできない。
でもQの話をずっと聞いてきた私にとっては外は『楽しみ』以外何もなかった。
「Lはここにいるのが一番いいと思うよ?」
木枯らしが吹いてる1月最後の金曜日。
13歳の私にとって人生最大級の転機が訪れていた。
『応接間』と呼ばれる部屋で、いつもとは違う服を着せられて椅子に座らされて、向かいには男の人が2人、並んで座って・・私を見ていた。
目に薄っすら涙を浮かべながら・・・。
「やっと見つけた。・・・一緒に帰ろう、亜子。」
「・・・え!?」
この日を境に・・・私の人生は一変することになる。
ーーーーー
3日前。
お昼過ぎに『光が丘養護施設』に1本の電話が入った。
この電話が全ての始まりだった。
「はい、光が丘養護施設です。」
重圧感のある声で電話に電話に出たのはこの養護施設の施設長だ。
ふくよかな体形にフリルのついた真っ白なエプロンをつけてる。
釣りあがった目、常に尖らせてるような口元はかなり特徴的で、一度見たら忘れられない感じだ。
全てにおいて細かく管理するのが好きで、運営費はもちろんのこと、食材や施設に在籍する子供たちの服装に持ち物、トイレットペーパーの数まで細かくチェックしている。
突然の訪問者は門前払いし、ポストに投函されるチラシは全て破り捨てる。
電話もテキパキと答えて、悩んだりすることがない『ロボット』のような人なのだ。
「・・・え?」
そんなロボットのような施設長が電話相手に聞き返した。
事務室と呼ばれる部屋での出来事だった。
大きい椅子にでっぷりと座り、これまた大きい、書類だらけの机に腕を置きながら聞き返したのだ。
(初めてかも・・・。)
傍から見ながらそう思った。
箒を手に持ち、掃除をしていた私は思わず手を止めて見ていた。
いつもなら電話しながら書類をバサバサめくって受け答えをしてる施設長が固まったまま動かないのだ。
電話口の相手が何を言ってるのか真剣に聞いてるようで、目が電話のほうに寄ってる。
何かを言おうとしてるのか、口が時々開くけれども言葉は出ないでいるようだった。
「あ・・いえ・・・その・・ですね・・・えーと・・。」
言葉を詰まらせながら、施設長は目線を電話から私に移した。
(!!・・・やばい・・!)
バチっと目が合った瞬間、私は目を反らした。
そして何事もなかったかのようにして手に持っていた箒を動かして掃除を進める。
「・・・わかりました。日程については・・・はい、ではお待ちしてます。」
大きなため息を一つ漏らしながら、施設長は電話を置いた。
右手でおでこを押さえ、さっき置いた電話を見つめながら私を呼んだ。
「『L』!」
「はっ・・はいっ・・!」
「お前、さっき手を動かしてなかっただろ!」
「すっ・・すみません・・!」
施設長は目線をゆっくりあげ、席から立ち上がった。
威圧感を誇張するかのように大きく肩を揺さぶりながら、ゆっくりと歩き迫ってくる。
「使えない奴はどうなるのかわかってるよなぁ!?」
そう言って私が手に持っていた箒を取り上げた。
そしてその柄を振り上げ、私は腕を叩かれた。
バシッといい音が鳴り、痛みが全身を駆け抜ける。
叩かれた腕を押さえたいところだけど、それをするともっと殴られることはわかっていた。
物心ついたときから・・ずっと叩かれて育って来たからだ。
(我慢・・我慢・・・・。)
施設長は気に入らないことがあると必ず叩いてくる。
でもそれも10回くらいだから耐えれることだった。
(よかった、私で。)
この施設にいる子供は、一番年下の子で4歳。
一番年上が13歳の私だった。
小さい子が叩かれるのは見てられなく、できるだけ自分が叩かれるように持って行きたいところだった。
『里親』というものが見つかればここを出ることができ、新しい人生を歩むことができる。
そんな時に殴られた記憶が強いなんて辛いだろう。
自分自身もここから出たい思いはあるけど・・・13歳の私にはもう厳しいことだった。
年齢は低いほうが・・里親は見つかりやすい。
「『部屋』に行きな!!今日はメシ抜きだからな!!」
「はい・・。」
施設長に言われたことに従うのがここのルール。
私は言われた通り、『部屋』に向かった。
(明日には出れるといいんだけど・・・)
『部屋』とは施設の一番奥の端にある物置部屋のことだ。
物しかないその部屋は窓もなく、常に埃っぽい。
用事がない限り人は来ず、声を上げても気づかれにくい。
そんな部屋を施設長は有効活用することにしたのは今から数年前のことだった。
いいつけを守れなかった子供を閉じ込め、罰を与えてるのだ。
(最初に入れられた時はパニックになったけど・・・慣れるもんだなー。)
『いつかは出れる』
そう思えるようになってから、気持ちは楽になった。
食べ物をもらえないのが少し辛いことだけど、空腹さえ紛らわせれたら苦痛な部屋ではなかった。
それは『私だから』かもしれないけど。
「よいしょっと・・・」
『部屋』についた私は戸を開けた。
ギィ・・・と古めかしい音がなり、一歩足を踏み入れると埃が舞うのが見えた。
窓がないから、戸を開けたときに入り込む光が埃を照らしてしまうのだ。
「・・あんまり掃除しちゃうと、バレたときが困るし・・。」
私は部屋に入ってすぐにある小さな箱をドアに挟んだ。
明かりがないこの部屋は、戸を閉めると完全に真っ暗になってしまう。
先に寝床と明るさを確保するために外の光が必要なのだ。
「まだ使えるかなー。」
足の踏み場が確率されてない場所を歩き進んでいく。
入り口付近にある物はよく使われてるもので、奥はほとんど手を付けられてない。
だからこの部屋に閉じ込められるとき用に色々溜め込んでるのだ。
「よいしょっと・・・。」
私は部屋の一番奥にいった。
そこには床から天井までの高さの棚がある。
壁にぴったりくっついてるようにある棚だけど、その裏には隙間がある。
私は屈んで、その隙間に手を突っ込んだ。
「えーと・・あ、あった。」
手探りで取ったのはペンだ。
ライト付きのペン。
これがあれば、真っ暗な空間も少しマシなのだ。
「よし、あとは戸を閉めに行って、寝るとこ作らなきゃ。」
今通って来たところを通り、戸に挟んでいた箱を元の場所に戻した。
真っ暗になった部屋でライトをつける。
するとほんの少し、辺りが見えるようになった。
「よし、寝るとこは・・・いつものとこかな。」
私はいつものところに向かって足を進めた。
棚があった所は入り口のドアの真正面。
いつものところは右の奥だ。
「まだあるハズ・・・」
一歩足を踏み出すたびに舞い上がる埃を吸いながら歩いていく。
紙やダンボール、布やよくわからないものを踏みしめながら進むと、壁にぴったりくっつくようにして1台のピアノが現れた。
ライトで照らすと、埃でくすんで見える。
指でそっと鍵盤を拭くと指にこんもり埃がついてきた。
「よかった、まだあった。」
この部屋に閉じ込められるようになってから何日か経ったときに見つけたこのピアノ。
初めて見たピアノに感激したものの、音は出なかった。
音が出なかったことを残念におもったけど、もし音が出ていたらまた叱られただろう。
複雑な気持ちをいだきながらも、私はこの部屋に来たときはピアノに会えるから嬉しかった。
「キミは・・・どんな声なのかな??」
そう話かけながら鍵盤を1つ押す。
鳴らない音を想像しながら、1音1音を押していく。
「いつか・・ピアノの音を聞いてみたいなー・・・。」
束の間の『自分の時間』に少し幸せを感じながら、私は鍵盤を押して空腹と痛みを紛らわせていった。
ーーーーー
翌日。
ピアノの側で眠っていた私は、足音が聞こえて目が覚めた。
(あの音は施設長だ・・・!)
どすどすと廊下が揺れるような音が耳に響いてくる。
その音は不機嫌なようにも聞こえ、嫌な予感がしてならない。
(早く隠さないと・・・!)
握りしめていたペンライトを棚の後ろに隠し、音をあまり立てないようにしながら戸に向かう。
そして入り口から程よく離れたところにある段ボールの山にもたれかかるようにしながら座った。
「L!!出て来な!!」
大声をあげながら戸をバーン!!と開けた施設長。
不機嫌に聞こえた足音は正解だったようで、眉が寄り、口元は絵に描いたように『へ』の字をしてる。
目を凝らせば体の回りに蒸気でも見えそうな勢いだ。
「お・・おはようございます。」
そう言って立ち上がると、施設用は手をまっすぐ庭に向けて伸ばし、指を指した。
「庭!きれいにしな!『Q』が先に行ってるから!!」
断るなんて権利、私にはない。
「・・はい。」
決まりきった返事をし、私は部屋から出た。
そのまま庭に向かって足を進める。
昨日のお昼ご飯を最後に食べてから何も食べてなかったけど、気持ちはまだマシだった。
なぜかと言うと庭掃除が『Qと一緒』だからだ。
(ちょっとだけど喋れるっ。)
『Q』は私より一つ年下の女の子だ。
歳が近いからか、会えば二人でよく喋ってる。
この施設で一番仲のいい・・・友達だ。
(Qは昨日『外』だったから・・・何か楽しい話聞かせてくれるかな?)
施設のルールとして、基本的には外にでることはできない。
勉強に関しては、外から学校の先生らしき人が来て教えてくれる。
寝泊まりは基本的にこの施設だから・・・外に出ることがないのだ。
『外』が気になって仕方ないときもあったけど・・・高い塀で囲われてるこの施設から『外』は望めなかった。
(・・・いいな、Qは。『家族』がいて。)
施設から外に出れる条件は、里親が見つかることか・・・身内からの寄付金だ。
家庭の事情で施設にいる子たちは身内から寄付金が来ることがある。
すると何日か外で過ごせれるのだ。
(私は家族がいないから外に出れることはないんだよね・・・。)
出れないのならせめて話だけでも聞きたい。
それに誰かと楽しく話すのも好きだから・・・Qと一緒に作業するのは楽しみだった。
「あ、Q-っ!」
庭に入った私は隅で草を引いてるQを見つけた。
しゃがみ込み、手に軍手をはめて草を引き抜いてる。
「あ、L-っ!」
私の声に気がついたQは立ち上がり、手を振ってくれた。
肩まである茶色の髪の毛が太陽の光にあたってツヤツヤと輝いてる。
「一緒にしよ?」
「うんっ。」
私はQと一緒にしゃがみ、生えてる雑草を引き始めた。
軍手を持ってない私はそのまま素手で引き抜いていく。
「L、軍手もらってくる?」
私の手を気にしてくれたのか、Qは提案してきた。
でも施設長が軍手をくれるかどうかはわからない。
さっき機嫌が悪かったことを考えたらもらえない確率のほうが高そうだった。
「ううん、時間がもったいないしこのままするー。」
「そう?手、ケガしない?」
「大丈夫だよ、いつものことだし。」
『終わらせる』ことが大事だと思った私は雑草を抜いて行った。
先に来ていたQが抜いてたハズだけど、短い草がだいぶ残されていた。
軍手では引きにくいからか、あとで抜くつもりだったんだろう。
(この辺りを抜いて行こう。)
そう思った私は黙々と作業を進めていった。
飽きないようにQとお喋りも欠かさない。
「Qさ、昨日、外に出た時って何してたの?」
そう聞くとQは嬉しそうに話し始めてくれた。
「昨日はお母さんが迎えに来てくれて、お買い物に行ったよ?」
「!!・・・お買い物!」
「お母さんがー・・なんか椅子?が欲しいって言って買いにいったー。」
「いいなー・・・。」
『外に出れる』というだけでも羨ましい限りだけど、『誰かと一緒に買い物』っていうのがすごく羨ましく思った。
私には叶わないことだからだ。
家族がいない私は外に出れることはない。
半分以上諦めてることだけど羨ましく思ってしまうのは仕方ないことだった。
「あとはー、ご飯食べに行ってー・・映画観てきたっ。」
「そうなんだー・・。」
「そのあとはねー・・・」
Qはたくさん喋ってくれた。
私を見ながら喋ってくれたり、空を見ながら喋ってくれたり・・・。
私はその話を聞きながら手を動かし続けていた。
施設長が勝手に決めてる時間内に終わらないと、あとが大変だからだ。
(Q、もうちょっと抜いてくれないかなー・・。)
Qの側には大きめな雑草が数えれるほどしかなかった。
私が抜いたのは短い雑草だけど数えきれないくらいくらいに山となってある。
その差を考えると少し違和感を覚えてしまいそうだった。
「L?どうかした?」
考えごとをしていた私はQの話に相槌を打つのを忘れてしまっていた。
「え?・・・あ、ごめん。いいなーと思っちゃって・・・。」
苦し紛れにそう答えた私。
Qは私の言葉を聞いて、少し悲しめな表情を浮かべながら言った。
「L、外は楽しいばっかりじゃないよ。」
「そうなの?少なくともここよりは楽しいことしかないと思うけど・・・。」
『外』を知らない私は断言することはできない。
でもQの話をずっと聞いてきた私にとっては外は『楽しみ』以外何もなかった。
「Lはここにいるのが一番いいと思うよ?」
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