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本当の家族。

亜子の過去。

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「施設では朝、勉強の時間があってお昼からは自由な時間を過ごしてました。ご飯のときはみんなで楽しく、わいわい喋りながら食べてました。夜寝るときは決まったベッドがあるのでそこで寝てました。小さいときは施設長が絵本を読んでくれて、その話がとても楽しかったです。あとは・・・」

「・・・。」


亜子は『決まった台詞』のようにペラペラと話した。

真正面の一点を見つめながら喋る姿は、暗記してるものを声にして口から放出してるようにしか見えない。


「亜子、もういい。」


そう言ってそっと抱きしめ、身体をさすった。


(いつか言えるようになればいい。)


亜子の話が本当とは思えなかった。

骨ばった手の甲を俺の手で包む。

その包んだ手で優しく擦ると、亜子の手首がちらっと見えた。

細すぎる手首に胸が痛くなったけど、その手首に何かあるのが見えた。

黒い・・痣だ。


「!・・・亜子、ちょっとごめん。」


そう言って俺は亜子の服の袖をめくりあげた。


「これ・・・。」


肘までめくった腕にあったのは複数の痣だ。

大きいものから小さいもの、治りかけのものに新しいものもある。


「・・・このケガ、どうした?」


そう聞くと亜子は慌てて袖を下ろした。

小さい身体がさらに小さくなるように身を縮め、自分を守ってる。


「あ・・ごめん。大丈夫だから。」


亜子の背中をゆっくりと擦ると、父親が戻ってきた。

風呂にお湯を溜める時に濡れたのか、タオルで手を拭きながらキッチンに入って行く。


「恭介、ご飯の手配した?」

「いや、まだ。ちょっとオーダーしてくる。」


俺は亜子の側から立ち上がり、部屋から出た。


ーーーーー


「?・・・亜子、何かあった?」


恭介が出て行ったあと、冷蔵庫から水が入ったペットボトルを取り出して亜子の隣に座った。

亜子はぎゅっと手を握り、身体全体に力が入っていた。

まるで何かから怯えるように。


「・・・今日はご飯食べてゆっくり寝ようね。」


亜子にペットボトルを差し出すと、ぎゅっと握りしめていた手を広げて受け取った。

何か思うことがあるのか、亜子はパッケージをじっと見つめながら、少しずつ話始めた。


「あの・・私のお父さん・・なんですよね?」

「うん?そうだよ?」

「じゃあさっきの・・恭介さんは私のお兄さん・・・。」

「そうだよ?」


突然現れた『家族』に戸惑ってるのがよくわかった。


(そりゃそうだよな・・・。)


この数時間、亜子は本当に『いい子』だった。

施設から連れ出した時も特に何も言わなかったし、車の中でもほとんど喋らなかった。

きっと自分がこれからどうなるのか不安だったからだろう。

見ず知らずの人間と一緒に暮らすのは、まだ13歳とはいえストレスしかない。

そのストレスを少しでも無くし、素の亜子で過ごせれるようにするのが父親の役目だと思った。


「信じられないと思うけど、亜子は僕の子供だよ?早くに見つけてあげれなくて本当にごめん。」


自宅近辺の養護施設から亜子を探し始めていた。

見つからずにその捜索範囲を広げて行ったけど、僕にも仕事がある。

もちろん恭介も仕事があって、互いに時間がある時に亜子を探していたのだ。


(1000キロも離れてるなんて想像もしなかったし・・。)


でもそれは言い訳でしかなかった。


「亜子が知りたいこと、何でも答えるから。いつか『家族』として認めてくれたらいい。いくらでも待つよ?」


そう言うと亜子は困惑しながらも少し笑顔を見せてくれた。

その笑顔がリズによく似ていて・・目から涙が一筋こぼれてしまった。


「あ・・ちょっとごめんね。」


そう言って立ち上がり、亜子に背を向けてその涙をすくいとった。

今まで男所帯で気にすることもなかったけど、亜子を見てるとリズの若い頃が蘇ってきて、さらに涙が溢れそうになる。


(いつか・・・『お父さん』って呼んでくれたらいいな。)


溢れそうになる涙を人差し指で拭ったとき、恭介が部屋に戻ってきた。


「あと1時間くらいで持ってきてくれるってさ。」

「そうか、わかった。先に亜子を風呂に入れようか。亜子?お風呂わかる?」


亜子は首を傾けながら縦に振った。


「たぶん・・・わかると思います。」

「じゃあもう溜まると思うから行っといで?わかんないことあったら僕か恭介を呼べばいいからね?」

「はい。」


亜子はキョロキョロ見回しながらバスルームに向かっていった。

その後ろ姿を見送ったけど、亜子をお風呂に入れたことで『施設での生活』を問いただすことになるなんて思いもしなかった。

「ひゃぁ・・!?」


亜子をバスルームに送り出してから5分後、悲鳴が聞こえて来た。

その声を聞いて恭介と目を合わせ、バズルームに駆け込む。


「亜子!どうした!?」


バスルームのドアを開けて中に入ると、亜子の背中が見えた。

洗い場でしゃがみ込み、腰まである髪の毛が床についていて小さな体を全部隠してしまってる。


「あ・・冷たい水が出てきて・・・」


どうやらシャワーを出したけどお湯になる前にかぶってしまい、驚いたようだった。


「お湯になるまでちょっと時間かかるからね。」

「すみません・・。」


亜子はゆっくり立ち上がった。

子供とはいえ13歳、裸を見られることに抵抗ができる多感な時期かもしれないと思ってパッと後ろを向いた。

けど・・亜子の足になにか見えた気がしてまた振り返る。


(・・・え?)


シャワーを使おうとしてる後姿の亜子の太ももに、青い大きな痣がある。

それは1個だけじゃなくて大小いくつもあった。


「亜子、それどうした?」


そう聞くと亜子は振り返った。

僕を見て、視線を確認して・・・自分の太ももを見た。


「あ・・・これは・・・」


亜子の視線が泳ぎ始めたのが見えた。

答え方に悩んでる目だ。


「・・正直に話しなさい。誰にやられた?」

「えと・・あの・・・」

「同じ施設の子供?それとも職員?誰だ?」

「あの・・その・・・」


亜子が言葉に詰まる中、恭介が僕の腕を引っ張った。


「父さん、先に風呂でいいんじゃない?身体冷えるし・・。」


その言葉に一瞬冷静になった。

亜子は裸のまま。

バスルームのドアは開いたまま。

湯気で温かくなった空気はどんどん逃げていく。

どう考えても亜子の身体が冷えてしまう。


「・・・ゆっくり温まって。出たら聞くからね。」


そう言って僕はバスルームから出た。

亜子がわかりやすいように、タオルをいくつか洗面のところに置いておく。


「・・・恭介は知ってたのか?亜子の身体に痣があること。」


一緒に見てたハズなのに恭介は何も言わなかった。

亜子が行方不明になった時から・・いや、生まれる前から大事に想っていた恭介が『言わない』と言うことは『知ってる』しかない。


「ここじゃ亜子に聞こえるから向こうで。」


そう言われ、二人でリビングに戻った。

恭介はソファーに腰かけて話始めた。


「さっき・・亜子の手首に痣があるの見えて袖をめくったら、腕にいくつかあった。なんで痣があるのか聞いたら・・身を縮めて震えてた。」


自分で転んでできた痣じゃないことくらい見たらわかることだ。

自分の子供が虐待されてたなんて信じたくないことだ。


「あの施設、虐待してたのか。」


ホームページを見た時、でかでかと書かれていた文字をよく覚えていた。

施設の子供一覧に亜子がいたから、どんなところで生活をしてきたか気になったからだ。


(確か・・『まるで本当の家のように』だった。)


虐待しときながらそんなことを言えることに反吐がでそうだ。


「・・・恭介、亜子が寝たらちょっと頼み事がある。」






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