シンデレラストーリーだけじゃ終われない!?

すずなり。

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本当の家族。

少し縮まる距離。

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「おはようございます、トオルさんって奥ですか?」


直哉お兄ちゃんはお店に入ってすぐにいた人に聞いた。


「あら、直哉くん。今日は練習じゃないの?」

「違いますよ、今日は予約入れてるんです。」

「珍しいわねー。・・・トオルさんなら奥で作業してると思うわ。」

「ありがとうございます。」


お兄ちゃんは受付のお姉さんと話したあと、店の中をずんずんと歩き始めた。

その後ろをついて行く。


「お兄ちゃん、ここって・・・美容院ですか?」


お店の中は髪の毛をキレイにしてもらってる人がたくさんいた。

シャンプーしてもらってたり、切ってもらってたり・・・中にはなにかわからない機械に頭を入れてる人もいる。


「そう。俺が毎日通ってるとこ。」

「?・・・通う?」


意味が分からずに聞き返したとき、私たちはお店の一番奥にあるドアの前に来た。

お兄ちゃんはそのドアをノックする。


コンコンっ・・・


「二階堂です。」


そう言うとドアの向こうから声が聞こえて来た。


「入ってーっ!」

「失礼します。」


お兄ちゃんはドアノブに手をかけ、ドアを開けた。

中は細長い通路になっていて、両端にものすごい数のドレスがかかっていた。

淡い色や、濃い色、柄がたくさんあるものや、シンプルなもの。

二着として同じ服はない。


「すごい・・・。」


そう言葉をこぼしながら服を見てると、お兄ちゃんは私の手を掴んで歩き進んだ。

奥に奥にと。


「すごくきれいー・・・。」


私はまわりにある服に見惚れながら歩いた。

絵本の中に出て来るようなドレスが目の前に現実として存在してる。

触れてみたい気持ちを押さえながら、右に左に顔を動かしてると、お兄ちゃんは歩いてた足を止めた。

その拍子にお兄ちゃんの背中にぶつかってしまう。


ドンっ・・!


「ふぎゃ・・!」

「あ、悪い。ほら亜子。」

「?」


お兄ちゃんの背中から前を見ると、豪華なドレスが目に入った。

真っ赤な生地に、薄いピンクの刺繍。

その刺繍を・・・膝をついた状態で縫ってる男の人がいる。


「トオルさん、おはようございます。」


お兄ちゃんが声をかけると、その男の人は立ち上がった。


「あら、なおちゃんじゃないの。どうしたの?」

(!?・・・なおちゃん!?)


手に持っていた針を机の上の針がたくさん刺さったところに刺し、ドレスから一歩下がって全体を見ている。


「どうしたのじゃないですよ、今日、予約入れてますよ。」


そう言ったお兄ちゃんを見ていた『トオルさん』は視線を私に移した。


「あらっ!!この子が妹さん?」

「はい、亜子です。・・・亜子、こちらは『トオルさん』。俺の・・・先生みたいな存在の人。」

「先生・・・?」


トオルさんは少し身を屈め、私を視線の高さを合わせた。


「初めまして、『トオル』よ。あなたのことは昨日、なおちゃんから聞いてるわ。」

「は・・初めまして、二階堂・・亜子です・・。」


喋り方が独特なトオルさんに、私は身を構えた。


「大丈夫よぉっ、別に取って食っちゃったりしないわっ。・・・今日は髪の毛、見せて欲しいの。いいかしら?」

「へ・・?髪の毛・・?」


そう聞くと同時に、トオルさんは私の髪の毛を触り始めた。

生え際や、毛先を指の腹で質感を確かめるように真剣な表情で触ってる。


「これは何回か通ってもらわないと難しいわねぇ・・・。」

「家でできることは俺がします。亜子にも教えますし・・・。」


二人は私を置いていろいろ話始めた。

どうやら私のこの髪の毛は万全の状態じゃないらしく、それを元の状態に戻そうという話らしいのだ。


「わ・・わたしっ、このままで大丈夫ですっ・・・。」


『してもらったことがない』ことをたくさんされてる私は、怖くなってきていた。

ご飯を朝、昼、夜と食べさせてもらい、服をたくさん買ってもらい、学校に行く準備までしてもらってる。

部屋ももらって・・・施設とは比べ物にならない生活に変わった。

これ以上は・・・どうしていいかわからない。


「『このままで大丈夫』って・・ダメよ!」

「え・・?」

「髪の毛はお手入れすればキレイになるのよ?こんなきれいなブロンド・・もったいないじゃない!!」

「へ?」


トオルさんは私の手をぎゅっと掴み、少し奥にある椅子に座らせた。

その椅子は背もたれが倒れるようになっていて・・・私の身体は一気に傾いた。


「ふぁ!?」

「いい子だから・・・キレイにさせて!」


そう言ってトオルさんは私の髪の毛を濡らし始めた。


「!?」

「じっとしててよー?」


バシャバシャと温かいお湯が頭にかかる。

どうも寝たまま洗えるようで、私は一昨日にお兄ちゃんに洗ってもらったことを思い出した。

お風呂場で、仰向けになって寝るような形で洗ってもらったことを。


(気持ちいい・・。)


ゆっくりと頭を撫でられながら温かいお湯がかかるのが気持ち良くて、私は目を閉じた。

シャンプーされてるのか、泡の音がぱちぱちと耳を刺激する。


(楽しい音・・。)


身を守るため以外に耳を傾けたのは初めてのことだった。

前までは人の足音で怒ってるのか怒ってないのかを聞きわけることが多かった。

怒ってたら更に怒らせるようなことはしないようにしないと、後で大変なことになる。

だから私にとって足音の聞き分けは、施設でかなり重要なことだった。


(よく聞けば・・いろんな音がある・・。)


施設を出てからは目で受け止める情報が多かったことに気がついた。

ゆっくり耳を澄ませると、誰かの足音や、機械の音、それに話声がたくさん聞こえて来た。

この部屋じゃないどこかの部屋だ。


「あら、気持ちいいのかしら?思ったより素直ねー。」


トオルさんの声に、私は目を開けた。


「気持ちいいです・・ありがとうございます・・。」


そう言うと、トオルさんはにこっと笑った。


「お礼を言うのはまだ早いと思うわよ?」

「?」


トオルさんの言葉の意味が分からなかった。

でも、それからのトオルさんの動きはものすごく早かった。

ささっと私の髪の毛を洗ったあと、ドライヤーで乾かしてくれ、なにか液体を髪の毛に塗っていく。

それがものすごくいいものなのか、私の髪の毛は一気にサラサラのツヤツヤになった。

一昨日にお兄ちゃんにしてもらったのとは比べ物にならない。


「すごい・・・。」

「でしょ?これからうちの美容室に通ってね?もっときれいになるから。」

「通う・・・?」


施設の中しか知らない私でも、お店にいけばお金がかかることくらいは知っていた。

そんなお金がかかること・・できるわけがない。


「あの・・・!」


トオルさんに『通えない』と伝えようとしたとき、お兄ちゃんが先に口を開いた。


「俺も勉強になるんでよろしくお願いします。」




ーーーーー



私はトオルさんに何も言えないまま、お兄ちゃんに連れられてお店の外に出た。

私の少し前を歩くお兄ちゃんについて行く形で歩く。


「あの・・・あれ、お金かかりますよね・・・?」


そう聞くとお兄ちゃんは歩く足を止めた。


「かかるけど、かからない。」

「?・・それってどういう・・・」


お兄ちゃんは振り返り、きれいになった私の髪の毛の先を触った。


「・・・俺さ、美容師になりたくてトオルさんの店で勉強させてもらってるんだよ。」

「勉強・・・?」


お兄ちゃんは小さいころから髪の毛を触るのが好きだったらしく、中学に入った時に初めてトオルさんのお店にいった。

そこでトオルさんの、魔法のような腕に恋をしたらしく、毎日のように通うようになったらしい。

中学生じゃバイトはできないから、無給で『お手伝い』という形で勉強させてもらってるのだそうだ。


「完全無給はトオルさん的にはあまり好きじゃないらしくて、オイルとか機器を格安で買わせてもらってる。」

「そうなんですか・・。あ、でもそれと私の頭が関係あるんですか?」

「関係あるよ。亜子の髪の毛の修復はちょっと時間がかかると思うんだけど、トオルさんなら早くできる。金はかかるけど、バイト代でまかなえる。」

「え・・今、無給って言ってなかったですか?」

「最低限の時給を記録してあって、そこから引かれる。もらうことはできないものだから・・・それで勉強させてくれたら助かる。あと・・・」


お兄ちゃんはそのあとも『トオルさんのすごさ』や『自分に足りない物』などを語ってくれた。

マネできないこと、どれだけ勉強しても足りないことも。


「そ・・そうなんですか・・・。」


好きなものがあって、それだけ語れることが羨ましいと思いながら、私は自分の髪の毛を手で触った。

サラサラのツヤツヤになってはいるけど、家でシャンプーすると少しがさっとしてしまう。

これが家でもキープできるなら・・・お願いしたかった。


「でも私、家に来たばかりで・・・」


『そんなことお願いできない。』と言おうとしたらお兄ちゃんは私の頬を両手できゅっとつねった。


「ふぇ!?」

「お前は俺の妹。遠慮はナシ、敬語もナシ。・・・まぁ、すぐには無理かもしれないけど・・・ナシな。わかった?」

「で・・でも・・・」

「『わかった』。言ってみ?」

「う・・・」

「ほら。」


強引なお兄ちゃんに負けた私は目をぎゅっと瞑って、半ば叫ぶようにして言った。


「わ・・わかった・・!」

「よし。じゃあ・・・中学校に行くか。」

「へ!?」

「来週には制服来るだろ?来たら通うんだから先に見に行こう。」

「え!?ちょ・・・!」


お兄ちゃんは私の手を引き、そのまま歩き出してしまった。






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