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元婚約者の悲しい未練
「エリザベート様、こちらへお進みくださいませ」
侍女が敬意を込めるように深く頭を下げて言った。
皇宮の応接室。御前の間には皇帝レオニードと、穏やかな微笑みを浮かべた皇后クローディアがすでに席に着いていた。玉座の間とは違い家臣の姿もなく、気軽なお茶会への招待のような和やかな雰囲気だ。
「ようこそ、エリザベート姫君。わざわざお手数をおかけして、申し訳ございません」
エリザベートが部屋に入ると、皇帝と皇后はすぐに立ち上がり、申し訳なさそうに礼を尽くして挨拶をした。
「――エリザベート姫君、その男は?」
皇帝レオニードは、エリザベートと共に部屋に入ってきた男の姿を見て不思議そうな顔をした。レオニードの目は男に向けられ、心の中で疑問が湧き上がる。よく見ると、娘のマリーヌが可愛がっている幼馴染の男じゃないか?
「これは、私の元婚約者です」
「そ、それは誠に失礼いたしました!」
その言葉にエリザベートが応じると、レオニードの表情に驚きが走った。気づけばレオニードは無意識に深く頭を垂れて謝罪した。
エリザベートは、柔らかな微笑みを浮かべながら口を開いた。
「気にすることはありません。ヴィクトルもマリーヌ皇女に可愛がられて、幸せそうですし。彼を連れてきたのは、来る途中に廊下で懐かれまして……」
「そうでしたか」
その言葉に、レオニードはしばし沈黙し、意味を噛みしめるように目を細めて恐縮した様子で頷いた。
「彼と再会するのは久しぶりですから、彼もきっと喜んでいたのでしょう」
エリザベートの無邪気さにレオニードは心が温かくなった。
「エリザベート姫君、お気に召されましたら、その男をお持ち帰りいただいても構いません」
皇帝レオニードは、慎重な顔で気を遣うように尋ねた。今、ヴィクトルはマリーヌ皇女の所有物として扱われているものの、もしエリザベートがその犬を気に入ったのであれば、譲るつもりでいるという思いが込められていた。
「いえ、持ち帰るつもりはありません。彼が家いても困りますし、正直に言うと邪魔に感じますから」
しかし、エリザベートはその提案に優雅な微笑みを浮かべながら軽く首を振った。
「くぅ~ん……」
エリザベートの足元でその会話を聞いていたヴィクトルは、悲しそうに小さく鳴き、涙混じりの切ない音を漏らした。その鳴き声には、何かを頼んでいるかのような哀しみが込められていた。
エリザベートはその悲しげな鳴き声に、ふっと微笑みながら心の中で何かを感じ取ったが、それを言葉にすることはなかった。
「――平民区でレオポルトとマリーヌは、どのような生活をしているのか……心配ですわ」
いくつかの言葉を交わした後、クローディアは小さなため息を漏らして言った。
「フレイヤがいるから、何も問題ないだろう?」
「そうですね」
その言葉に、レオニードは一瞬の沈黙の後、軽く肩をすくめながら答えた。その口調からは強い確信とともに、侍女頭であるフレイヤに対する並々ならぬ信頼が感じられた。クローディアは少し驚きながらも、レオニードの言葉に納得した様子で頷いた。
クローディアにとって、自分の子供を心配することは母親として当然の感情だった。フレイヤの能力を知っているので安心感を覚えたが、どこか心の中に小さな不安を感じていた。
侍女が敬意を込めるように深く頭を下げて言った。
皇宮の応接室。御前の間には皇帝レオニードと、穏やかな微笑みを浮かべた皇后クローディアがすでに席に着いていた。玉座の間とは違い家臣の姿もなく、気軽なお茶会への招待のような和やかな雰囲気だ。
「ようこそ、エリザベート姫君。わざわざお手数をおかけして、申し訳ございません」
エリザベートが部屋に入ると、皇帝と皇后はすぐに立ち上がり、申し訳なさそうに礼を尽くして挨拶をした。
「――エリザベート姫君、その男は?」
皇帝レオニードは、エリザベートと共に部屋に入ってきた男の姿を見て不思議そうな顔をした。レオニードの目は男に向けられ、心の中で疑問が湧き上がる。よく見ると、娘のマリーヌが可愛がっている幼馴染の男じゃないか?
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「そ、それは誠に失礼いたしました!」
その言葉にエリザベートが応じると、レオニードの表情に驚きが走った。気づけばレオニードは無意識に深く頭を垂れて謝罪した。
エリザベートは、柔らかな微笑みを浮かべながら口を開いた。
「気にすることはありません。ヴィクトルもマリーヌ皇女に可愛がられて、幸せそうですし。彼を連れてきたのは、来る途中に廊下で懐かれまして……」
「そうでしたか」
その言葉に、レオニードはしばし沈黙し、意味を噛みしめるように目を細めて恐縮した様子で頷いた。
「彼と再会するのは久しぶりですから、彼もきっと喜んでいたのでしょう」
エリザベートの無邪気さにレオニードは心が温かくなった。
「エリザベート姫君、お気に召されましたら、その男をお持ち帰りいただいても構いません」
皇帝レオニードは、慎重な顔で気を遣うように尋ねた。今、ヴィクトルはマリーヌ皇女の所有物として扱われているものの、もしエリザベートがその犬を気に入ったのであれば、譲るつもりでいるという思いが込められていた。
「いえ、持ち帰るつもりはありません。彼が家いても困りますし、正直に言うと邪魔に感じますから」
しかし、エリザベートはその提案に優雅な微笑みを浮かべながら軽く首を振った。
「くぅ~ん……」
エリザベートの足元でその会話を聞いていたヴィクトルは、悲しそうに小さく鳴き、涙混じりの切ない音を漏らした。その鳴き声には、何かを頼んでいるかのような哀しみが込められていた。
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「――平民区でレオポルトとマリーヌは、どのような生活をしているのか……心配ですわ」
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「そうですね」
その言葉に、レオニードは一瞬の沈黙の後、軽く肩をすくめながら答えた。その口調からは強い確信とともに、侍女頭であるフレイヤに対する並々ならぬ信頼が感じられた。クローディアは少し驚きながらも、レオニードの言葉に納得した様子で頷いた。
クローディアにとって、自分の子供を心配することは母親として当然の感情だった。フレイヤの能力を知っているので安心感を覚えたが、どこか心の中に小さな不安を感じていた。
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