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第3話 彼の資産価値
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執務室に戻った私は、先ほどまでの領地経営の書類を全て脇に退けた。代わりに、新しい羊皮紙を取り出す。インク壺にペンを浸し、さらさらと書き始めたのは、ポエムでも遺書でもない。『現状分析と今後の方針(リスクマネジメント)』と題されたメモだ。
まず、現状の整理。
一、婚約者エドガーと義妹ローザは、恋愛関係にある(証拠の目視確認)。二、二人は父の遺言状に関する何らかの情報を握っており、それが片付けば私を排除するつもりである。三、エドガーは私を金づる兼、事務処理係としてしか見ていない。
「……父様の遺言状」
ペン先が止まる。父のバラックは現在、離れで病床にあり、意識も混濁している日が多い。本来、長女である私が家督を継ぐ、あるいは婿を取って継がせるのが筋だ。だが、継母イザベルがそれを良しとするはずがない。彼女はずっと、自分の娘であるローザに全てを与えたがっていた。
もし、遺言状が書き換えられていたら? あるいは、私に不利な条件。例えば「全財産をローザに譲り、セリーヌは修道院へ入るか、平民として追放」といった内容に改竄されていたら?
あり得る。確率九〇パーセント以上。あの継母ならやりかねないし、エドガーがそれに加担している可能性も高い。いや、エドガー家の借金を帳消しにする条件で、イザベルが彼を引き込んだのかもしれない。私が必死に屋敷の維持をしている間に、彼らは裏で私の足元を掘り崩していたのだ。
「シロアリのようね」
怒りでペンをへし折りそうになるのを堪える。備品を壊しては、また経費がかさむ。冷静になれセリーヌ。怒るな考えろ。
「私が家を追い出されるとして……私の資産はどうなる?」
フォンテーヌ家の資産は、ほとんどが土地と屋敷だ。これらは当主の権限下にある。だが、母が遺してくれた私個人の信託財産と、私が個人的に運用して増やした隠し資産がある。これは法的に私個人のものだ。これだけは、死守しなければならない。いや、むしろ?
私はニヤリと、自分でも性格が悪いと思う笑みを浮かべた。鏡を見なくてもわかる無機質な微笑だ。この屋敷の運営資金は実はここ数年、屋敷の正規の収入だけでは足りず、私の個人資産からの貸付という形で補填している部分が大きい。
イザベルやローザの散財をカバーするために、私が私財を投じて穴埋めしていたのだ。もちろん、帳簿上はきちんと『当主代行セリーヌより借入』と記載し、父の実印も押してある。ローザたちは数字など見ないから気づいていないだろうが。
つまり、私がこの家を出ていく際、この貸付金の即時一括返済を要求する権利がある。その額は、屋敷の美術品を全て売り払ってもお釣りが来るレベルだ。
「ふふ……ふふふ」
笑いが漏れる。これは面白いことになってきた。彼らが私を追い出そうとするなら、喜んで出て行ってあげよう。ただし、私が支えていた屋台骨を全て引き抜いてからだ。柱を失った家がどうなるか、想像力の欠如した彼らには、良い社会勉強になるだろう。
コンコン、と軽快なノックの音がした。入ってきたのは、能天気な笑顔を貼り付けたエドガー様だった。隣にはローザはいない。すれ違いざまに口裏を合わせたのだろう。ローザがよく口にする「お姉様には内緒」というやつだ。
「やあ、セリーヌ。仕事中だったかい?」
「ええ、エドガー様。お待ちしておりました」
私は立ち上がり、完璧な淑女の礼をする。表情筋は完璧に制御されている。目の前の男が、さっきまで私の妹とキスをしていた裏切り者だとは、微塵も感じさせない営業用スマイルだ。もし私が女優だったら、主演女優賞ものね。
まず、現状の整理。
一、婚約者エドガーと義妹ローザは、恋愛関係にある(証拠の目視確認)。二、二人は父の遺言状に関する何らかの情報を握っており、それが片付けば私を排除するつもりである。三、エドガーは私を金づる兼、事務処理係としてしか見ていない。
「……父様の遺言状」
ペン先が止まる。父のバラックは現在、離れで病床にあり、意識も混濁している日が多い。本来、長女である私が家督を継ぐ、あるいは婿を取って継がせるのが筋だ。だが、継母イザベルがそれを良しとするはずがない。彼女はずっと、自分の娘であるローザに全てを与えたがっていた。
もし、遺言状が書き換えられていたら? あるいは、私に不利な条件。例えば「全財産をローザに譲り、セリーヌは修道院へ入るか、平民として追放」といった内容に改竄されていたら?
あり得る。確率九〇パーセント以上。あの継母ならやりかねないし、エドガーがそれに加担している可能性も高い。いや、エドガー家の借金を帳消しにする条件で、イザベルが彼を引き込んだのかもしれない。私が必死に屋敷の維持をしている間に、彼らは裏で私の足元を掘り崩していたのだ。
「シロアリのようね」
怒りでペンをへし折りそうになるのを堪える。備品を壊しては、また経費がかさむ。冷静になれセリーヌ。怒るな考えろ。
「私が家を追い出されるとして……私の資産はどうなる?」
フォンテーヌ家の資産は、ほとんどが土地と屋敷だ。これらは当主の権限下にある。だが、母が遺してくれた私個人の信託財産と、私が個人的に運用して増やした隠し資産がある。これは法的に私個人のものだ。これだけは、死守しなければならない。いや、むしろ?
私はニヤリと、自分でも性格が悪いと思う笑みを浮かべた。鏡を見なくてもわかる無機質な微笑だ。この屋敷の運営資金は実はここ数年、屋敷の正規の収入だけでは足りず、私の個人資産からの貸付という形で補填している部分が大きい。
イザベルやローザの散財をカバーするために、私が私財を投じて穴埋めしていたのだ。もちろん、帳簿上はきちんと『当主代行セリーヌより借入』と記載し、父の実印も押してある。ローザたちは数字など見ないから気づいていないだろうが。
つまり、私がこの家を出ていく際、この貸付金の即時一括返済を要求する権利がある。その額は、屋敷の美術品を全て売り払ってもお釣りが来るレベルだ。
「ふふ……ふふふ」
笑いが漏れる。これは面白いことになってきた。彼らが私を追い出そうとするなら、喜んで出て行ってあげよう。ただし、私が支えていた屋台骨を全て引き抜いてからだ。柱を失った家がどうなるか、想像力の欠如した彼らには、良い社会勉強になるだろう。
コンコン、と軽快なノックの音がした。入ってきたのは、能天気な笑顔を貼り付けたエドガー様だった。隣にはローザはいない。すれ違いざまに口裏を合わせたのだろう。ローザがよく口にする「お姉様には内緒」というやつだ。
「やあ、セリーヌ。仕事中だったかい?」
「ええ、エドガー様。お待ちしておりました」
私は立ち上がり、完璧な淑女の礼をする。表情筋は完璧に制御されている。目の前の男が、さっきまで私の妹とキスをしていた裏切り者だとは、微塵も感じさせない営業用スマイルだ。もし私が女優だったら、主演女優賞ものね。
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