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第4話 結婚を口実にする
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「温室を見ていたんだ。君の家の庭師は優秀だね」
「ありがとうございます。……百合の花が、特にお気に召しましたか?」
カマをかけてみる。エドガー様の顔が一瞬引きつった。分かりやすい人だ。嘘をつくときに視線が右上に泳ぐ癖も昔のまま。
「あ、ああ。綺麗だったよ。……ところでセリーヌ、少し相談があるんだ」
「何でしょう?」
「実は、領地の事業で少し資金が必要でね。君に融資の相談に乗ってもらえないかと」
またか。この男は、浮気をしたその足で、私に金を無心しに来たのか。呆れを通り越して、感心すら覚える。その厚顔無恥さは、ある種の才能かもしれない。鉄の心臓を持っているのかしら?
「金額は?」
「五十万クラルほど」
「……使途は?」
「鉱山の開発だよ。有望な鉱脈が見つかったんだ!」
嘘だ。オルレアン領の鉱山は枯渇寸前だという報告書を、私は先週に業界紙で読んだばかりだ。おそらく、ローザへの贈り物か、あるいは裏カジノでの借金返済か。
以前の私なら、「仕方ありませんね」と言いつつ、彼を信じて(あるいは信じたふりをして)書類を用意しただろう。無学だけど優しい彼の笑顔を見るための必要経費だと割り切って。だが、今の私は違う。私の心のエドガー・オルレアンという口座は、たった今、凍結されたのだ。信用スコアは測定不能なほど暴落した。
「申し訳ありません、エドガー様」
私は冷ややかに言い放った。声のトーンを一度下げる。
「現在の我が家の財政状況では、これ以上の融資は不可能です。それに、先日お貸しした三十万クラルの返済もまだですよね? 利息分だけでも先に納めていただかないと」
「だ、だけど! これは確実な投資なんだ! 君なら分かってくれるだろう? 将来、僕たちが結婚した時のための資金にもなるんだよ!」
結婚。その単語が出た瞬間、私の脳内で何かがプツンと切れた。理性という名の安全装置が飛んだ音だ。よくもまあ、ぬけぬけと。私の妹と結婚の約束をしておきながら、私には結婚資金という名目で金をせびる。二重帳簿もいいところで粉飾決算だ。詐欺罪で告発して、豚箱にぶち込んでやりたい。
「将来、ですか」
私は机の上の羽ペンを手に取り、指先で弄んだ。鋭いペン先が、窓から差し込む光を受けて鈍く光る。
「未来のことは誰にも分かりませんわ、エドガー様。予期せぬ変動はつきものですから。ある日突然、株価が大暴落するように、人の心も変わるかもしれません」
「な、何を言っているんだ?」
「いいえ、ただの独り言です。……お引き取りください。私は忙しいのです。決算期なものですから」
私は椅子に座り直し、再び書類に向かった。この男に明確な拒絶。エドガー様は呆然と立ち尽くしていたが、やがて顔を真っ赤にして捨て台詞を吐いた。頭が悪いくせにプライドだけは高いのだ。
「君は……本当に可愛げがないな! そんなだから、誰からも愛されないんだ!」
バタン、と乱暴に扉が閉まる音。蝶番が悲鳴を上げる。静寂が戻った執務室で、私は小さく息を吐いた。彼はローザに心を奪われたせいで変わったようだ。私が我儘を聞いてあげられなかったから彼は怒鳴ってきた。
「誰からも愛されない、か」
胸がチクリと痛む。その言葉は、事実だからこそ痛い。でも、愛されなくても生きてはいける。金と、知識と、健康な体があれば。愛なんて曖昧な概念より、確実な担保のほうが信用できる。
私は引き出しの奥底から、厳重に鍵のかかった特別な帳簿を取り出した。これは裏帳簿。イザベルたちの横領の証拠、そして私の隠し資産の全てが記された私の切り札だ。
「泣いている暇なんてないわ」
インク壺にペンを浸す。たっぷりと黒いインクを含んだペン先は、私の腹の底に溜まった黒い感情を吸い上げたかのようだ。
さあ、計算の時間だ。私を裏切った代償は高くつきますよ。一桁単位まできっちりと、耳を揃えて払ってもらいますね。羊皮紙の上でペンが踊る。それは、公爵令嬢セリーヌ・フォンテーヌによる華麗なる反撃の方程式の構築開始だった。
「ありがとうございます。……百合の花が、特にお気に召しましたか?」
カマをかけてみる。エドガー様の顔が一瞬引きつった。分かりやすい人だ。嘘をつくときに視線が右上に泳ぐ癖も昔のまま。
「あ、ああ。綺麗だったよ。……ところでセリーヌ、少し相談があるんだ」
「何でしょう?」
「実は、領地の事業で少し資金が必要でね。君に融資の相談に乗ってもらえないかと」
またか。この男は、浮気をしたその足で、私に金を無心しに来たのか。呆れを通り越して、感心すら覚える。その厚顔無恥さは、ある種の才能かもしれない。鉄の心臓を持っているのかしら?
「金額は?」
「五十万クラルほど」
「……使途は?」
「鉱山の開発だよ。有望な鉱脈が見つかったんだ!」
嘘だ。オルレアン領の鉱山は枯渇寸前だという報告書を、私は先週に業界紙で読んだばかりだ。おそらく、ローザへの贈り物か、あるいは裏カジノでの借金返済か。
以前の私なら、「仕方ありませんね」と言いつつ、彼を信じて(あるいは信じたふりをして)書類を用意しただろう。無学だけど優しい彼の笑顔を見るための必要経費だと割り切って。だが、今の私は違う。私の心のエドガー・オルレアンという口座は、たった今、凍結されたのだ。信用スコアは測定不能なほど暴落した。
「申し訳ありません、エドガー様」
私は冷ややかに言い放った。声のトーンを一度下げる。
「現在の我が家の財政状況では、これ以上の融資は不可能です。それに、先日お貸しした三十万クラルの返済もまだですよね? 利息分だけでも先に納めていただかないと」
「だ、だけど! これは確実な投資なんだ! 君なら分かってくれるだろう? 将来、僕たちが結婚した時のための資金にもなるんだよ!」
結婚。その単語が出た瞬間、私の脳内で何かがプツンと切れた。理性という名の安全装置が飛んだ音だ。よくもまあ、ぬけぬけと。私の妹と結婚の約束をしておきながら、私には結婚資金という名目で金をせびる。二重帳簿もいいところで粉飾決算だ。詐欺罪で告発して、豚箱にぶち込んでやりたい。
「将来、ですか」
私は机の上の羽ペンを手に取り、指先で弄んだ。鋭いペン先が、窓から差し込む光を受けて鈍く光る。
「未来のことは誰にも分かりませんわ、エドガー様。予期せぬ変動はつきものですから。ある日突然、株価が大暴落するように、人の心も変わるかもしれません」
「な、何を言っているんだ?」
「いいえ、ただの独り言です。……お引き取りください。私は忙しいのです。決算期なものですから」
私は椅子に座り直し、再び書類に向かった。この男に明確な拒絶。エドガー様は呆然と立ち尽くしていたが、やがて顔を真っ赤にして捨て台詞を吐いた。頭が悪いくせにプライドだけは高いのだ。
「君は……本当に可愛げがないな! そんなだから、誰からも愛されないんだ!」
バタン、と乱暴に扉が閉まる音。蝶番が悲鳴を上げる。静寂が戻った執務室で、私は小さく息を吐いた。彼はローザに心を奪われたせいで変わったようだ。私が我儘を聞いてあげられなかったから彼は怒鳴ってきた。
「誰からも愛されない、か」
胸がチクリと痛む。その言葉は、事実だからこそ痛い。でも、愛されなくても生きてはいける。金と、知識と、健康な体があれば。愛なんて曖昧な概念より、確実な担保のほうが信用できる。
私は引き出しの奥底から、厳重に鍵のかかった特別な帳簿を取り出した。これは裏帳簿。イザベルたちの横領の証拠、そして私の隠し資産の全てが記された私の切り札だ。
「泣いている暇なんてないわ」
インク壺にペンを浸す。たっぷりと黒いインクを含んだペン先は、私の腹の底に溜まった黒い感情を吸い上げたかのようだ。
さあ、計算の時間だ。私を裏切った代償は高くつきますよ。一桁単位まできっちりと、耳を揃えて払ってもらいますね。羊皮紙の上でペンが踊る。それは、公爵令嬢セリーヌ・フォンテーヌによる華麗なる反撃の方程式の構築開始だった。
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