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第7話 義妹からの提案
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自室に戻り、鍵をかけた直後だった。ドンドンドン、と乱暴なノックの音が響いた。返事をする間もなく、鍵穴がガチャリと鳴って扉が開く。合鍵だ。プライバシーという概念が、この屋敷には存在しないらしい。
入ってきたのは、ローザだった。手には、先ほど話題になったタルトが乗った皿を持っている。
「お姉様~! お夜食持ってきたよっ!」
満面の笑み。まさに天使。背中に黒い翼が見え隠れする堕天使だが。彼女は私の許可もなくソファに座り込み、タルトを一口頬張った。
「ん~! おいしっ! やっぱり厨房のチャールズは腕がいいわぁ。お姉様も食べる?」
「いらないわ。……何の用、ローザ。勝手に部屋に入らないで」
「え~、姉妹なんだからいいじゃない。水臭いなぁ」
ローザは足を組み、行儀悪くフォークを振った。そして、唐突に声のトーンを変えた。甘ったるい猫なで声から、冷たく湿った蛇のような声へ。
「ねえ、お姉様。今日の温室のこと、見たんでしょ?」
私は表情を動かさないように鉄仮面を被る。想定内の質問だ。
「何のことかしら」
「とぼけないでよ。エドガー様が言ってたもん。『誰かの視線を感じた』って。お姉様、気配消すの上手いけど、香水の匂いは消せないもんね。……あ、お姉様は香水なんてつけないか。インク臭いもんね」
クスクスと笑うローザ。否定しても無駄で、彼女は確信している口ぶり。
「で、どう思った? 私とエドガー様のこと」
「……不愉快ね。不貞行為よ」
「堅いなぁ。愛に形なんてないのよ? 私たちは惹かれ合っちゃったの。運命ってやつ?」
運命。便利な言葉だ。自制心の欠如を正当化するために使われる安っぽい言い訳。
「それで、私に何を言いに来たの? 宣戦布告?」
「まさかぁ。和平交渉よ」
ローザが身を乗り出した。その瞳が、爬虫類のように細められる。
「私ね、提案があるの。お姉様、エドガー様とこのまま結婚しちゃえばいいわ」
「……は?」
予想外の言葉に、思考が一瞬停止する。義妹は略奪愛を自慢しに来たのではないのか?
「だってぇ、お姉様って『仕事人間』でしょ? 領地の管理とか、お金の計算とか大好きじゃない! エドガー様は家を継ぐけど、経営の才能は……正直、微妙でしょ? 頭悪いし……だから、お姉様が表面上の奥さんになって、バリバリ働いて支えてあげればいいのよ」
ローザは無邪気に、残酷な未来の話をし始めた。エドガーの脳みそが愚かなことを、悪知恵が働く彼女は気づいていたのだ。
「で、私は本当の奥さんとして、エドガー様の心の癒やしを担当するの。で、お姉様は私とお母様が毎日幸せに暮らせるように、ずっとお世話係よろしくね! ってこと」
「……正気?」
「大正気よ! これぞ適材適所じゃない? お姉様は好きな仕事ができる、エドガー様は安泰で私とも愛し合える、私は面倒な仕事をしなくて済む。誰も損しないわ!」
頭がグラグラした。彼女の論理回路は、どうなっているんだ。私の感情は? 私の尊厳は? 私の幸福は? その数式の中には、セリーヌ・フォンテーヌという人間の変数が完全に欠落している。私は単なる機能としてしかカウントされていない。妹の中で、私は都合の良い道具に過ぎないと痛感した。
「お断りよ。そんなふざけた提案、飲むわけがない」
「え~? でも、拒否権あると思ってるの?」
ローザが残りのタルトを口に放り込み、ニヤリと笑った。
「お姉様がこの家を出ていける場所なんて、どこにもないのよ? 修道院に行きたいなら別だけど」
ローザは余裕そうに立ち上がり、私の肩をポンと叩いた。
「ま、精々頑張ってね、お姉様。期待してるわよ、私の『お財布で奴隷』さん!」
ローザは軽やかに部屋を出て行った。残されたのは、甘ったるいタルトの香りと、吐き気を催すほどの絶望感。そして、私は確信した。ローザは私を舐めすぎている。
交渉決裂。この家には、もはや修復可能な箇所など一つもない。システムごと廃棄するしかないのだ。イザベルとローザ、裏切り者のエドガーは必ず地獄に落としてやる。
入ってきたのは、ローザだった。手には、先ほど話題になったタルトが乗った皿を持っている。
「お姉様~! お夜食持ってきたよっ!」
満面の笑み。まさに天使。背中に黒い翼が見え隠れする堕天使だが。彼女は私の許可もなくソファに座り込み、タルトを一口頬張った。
「ん~! おいしっ! やっぱり厨房のチャールズは腕がいいわぁ。お姉様も食べる?」
「いらないわ。……何の用、ローザ。勝手に部屋に入らないで」
「え~、姉妹なんだからいいじゃない。水臭いなぁ」
ローザは足を組み、行儀悪くフォークを振った。そして、唐突に声のトーンを変えた。甘ったるい猫なで声から、冷たく湿った蛇のような声へ。
「ねえ、お姉様。今日の温室のこと、見たんでしょ?」
私は表情を動かさないように鉄仮面を被る。想定内の質問だ。
「何のことかしら」
「とぼけないでよ。エドガー様が言ってたもん。『誰かの視線を感じた』って。お姉様、気配消すの上手いけど、香水の匂いは消せないもんね。……あ、お姉様は香水なんてつけないか。インク臭いもんね」
クスクスと笑うローザ。否定しても無駄で、彼女は確信している口ぶり。
「で、どう思った? 私とエドガー様のこと」
「……不愉快ね。不貞行為よ」
「堅いなぁ。愛に形なんてないのよ? 私たちは惹かれ合っちゃったの。運命ってやつ?」
運命。便利な言葉だ。自制心の欠如を正当化するために使われる安っぽい言い訳。
「それで、私に何を言いに来たの? 宣戦布告?」
「まさかぁ。和平交渉よ」
ローザが身を乗り出した。その瞳が、爬虫類のように細められる。
「私ね、提案があるの。お姉様、エドガー様とこのまま結婚しちゃえばいいわ」
「……は?」
予想外の言葉に、思考が一瞬停止する。義妹は略奪愛を自慢しに来たのではないのか?
「だってぇ、お姉様って『仕事人間』でしょ? 領地の管理とか、お金の計算とか大好きじゃない! エドガー様は家を継ぐけど、経営の才能は……正直、微妙でしょ? 頭悪いし……だから、お姉様が表面上の奥さんになって、バリバリ働いて支えてあげればいいのよ」
ローザは無邪気に、残酷な未来の話をし始めた。エドガーの脳みそが愚かなことを、悪知恵が働く彼女は気づいていたのだ。
「で、私は本当の奥さんとして、エドガー様の心の癒やしを担当するの。で、お姉様は私とお母様が毎日幸せに暮らせるように、ずっとお世話係よろしくね! ってこと」
「……正気?」
「大正気よ! これぞ適材適所じゃない? お姉様は好きな仕事ができる、エドガー様は安泰で私とも愛し合える、私は面倒な仕事をしなくて済む。誰も損しないわ!」
頭がグラグラした。彼女の論理回路は、どうなっているんだ。私の感情は? 私の尊厳は? 私の幸福は? その数式の中には、セリーヌ・フォンテーヌという人間の変数が完全に欠落している。私は単なる機能としてしかカウントされていない。妹の中で、私は都合の良い道具に過ぎないと痛感した。
「お断りよ。そんなふざけた提案、飲むわけがない」
「え~? でも、拒否権あると思ってるの?」
ローザが残りのタルトを口に放り込み、ニヤリと笑った。
「お姉様がこの家を出ていける場所なんて、どこにもないのよ? 修道院に行きたいなら別だけど」
ローザは余裕そうに立ち上がり、私の肩をポンと叩いた。
「ま、精々頑張ってね、お姉様。期待してるわよ、私の『お財布で奴隷』さん!」
ローザは軽やかに部屋を出て行った。残されたのは、甘ったるいタルトの香りと、吐き気を催すほどの絶望感。そして、私は確信した。ローザは私を舐めすぎている。
交渉決裂。この家には、もはや修復可能な箇所など一つもない。システムごと廃棄するしかないのだ。イザベルとローザ、裏切り者のエドガーは必ず地獄に落としてやる。
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