妹に婚約者を奪われた私が、家族ごと徹底的に決着をつけた

❤️ 賢人 蓮 涼介 ❤️

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第6話 父が病気

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父バラックの寝室は、屋敷の西側で一番静かな場所にある。だが、その静けさは安らぎではなく、死に近づく者の沈黙に似ていた。

扉を少しだけ開ける。鼻をつくのは、独特の甘ったるい香り。果物が腐りかけたような匂いと、強い香草の匂いが混ざり合っている。私はハンカチで口元を覆い、音もなく部屋に入った。

ベッドの上で、父は眠っていた。かつて騎士団長を務めていた強い体は、今では見る影もなく痩せ細り、肌は病気のように青白くなっている。枕元には、飲みかけの水と、いくつかの薬瓶。

「……お父様」

呼びかけても反応はない。深い眠りか昏睡に近い状態。私は薬瓶の一つを手に取った。ラベルには医師の筆跡で『鎮痛剤』と書かれている。蓋を開けて匂いを嗅いだ瞬間、私の知識の引き出しが開いた。

(……ケシの匂いが強い。それに、この微かな青臭さは……トリカブトの根? いや、量を間違えなければ強力な鎮痛作用があるけれど……)

薬学の専門家ではないが、屋敷の管理をする上で、薬草や毒草の知識は一通り頭に叩き込んである。毒と薬は紙一重。特に貴族社会においては、毒見役を雇う予算がないなら、自分が毒見役になるしかないのだから。

この薬、処方箋通りの量なら問題ないけど、父の痩せ方と異常なまでの眠りの深さはおかしい。過剰投与オーバードーズの疑いがある。誰が? イザベルか、ローザか、それとも買収された侍女か。父を殺すつもりはないだろう。死ねば、今の段階では家督は私に移る可能性が高い。
 
彼女たちの狙いは、「父を生かさず殺さず、思考能力だけを奪うこと」。私はベッドサイドの机に視線を移した。そこには、書きかけの書類が散乱していてインクの匂いが新しかった。

「……遺言書の草案」

最悪の予想が的中した。私は震える手でその羊皮紙を手に取った。筆跡は、確かに父のものに似せている。だが、線の震えや、筆圧の強弱が違う。父の文字はもっと力強くて几帳面だ。これは、誰かが父の手を握って無理やり書かせたか、あるいは巧妙な模造トレースだ。

私は内容を走り書きでメモする。

『公爵家当主の座は、夫となるエドガー・オルレアン伯爵令息へ譲渡する』
『妻となる長女セリーヌは、一生エドガーに尽くし、家政の才を活かし、生涯にわたり本家を支えること』
『継母イザベルと、その娘ローザには、公爵家の全財産の八割を与える。それから公爵家の収益から毎月十分な生活費を与えることにする。セリーヌは、二人の命令に背かぬよう指示に従うこと』

吐き気が頂点に達した。なんだ、これは!? 私を家政婦として奴隷契約させ、エドガーとローザ(二人は裏で繋がっている)が実権を握り、贅沢三昧をするためのシステム構築仕様書じゃないか。エドガーが当主になれば、ローザは愛人として、あるいは後妻として(私が過労死した後で)この家に君臨するつもりなのだろう。

完璧だ。悪意のピタゴラスイッチとしては、実に見事に組み上がっている。

「……許さない」

怒りで視界が赤く明滅する。父を薬漬けにして、私の人生を搾取しようとする浅ましくも強欲な計画。だが、ここで書類を破り捨てても意味はない。彼女たちはまた書くだけだ。証拠が必要だ。決定的な反論不可能な証拠が。

私は草案をミリ単位で角度を合わせて元の位置に戻した。誰かが部屋に入ってきた気配がしたわけではないが長居は無用だ。私は猫のように音もなく部屋を出た。

心臓が早鐘を打っている。恐怖ではなく、戦いを前に胸の奥が熱く高鳴っていた。
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