妹に婚約者を奪われましたが、私の考えで家族まとめて終わりました。

佐藤 美奈

文字の大きさ
8 / 38

第8話 彼に見下される

しおりを挟む
翌日。私はいつものように執務室にいた。ただし、やっている作業はいつもとは違う。『領地の収支報告書』の作成ではなく、私個人の資産の完全分離と屋敷への貸付金の債権回収リストの作成だ。

裏帳簿は、ほぼ完成しつつある。イザベルの使途不明金、ローザの贅沢品リスト、父の薬の処方記録、そして昨夜見た遺言書のメモ。これら全てをセットにして王都の法務院へ提出すれば、遺言書の無効確認訴訟くらいは起こせるだろう。
 
だが、それだけでは足りない。私が受けた精神的苦痛と、奪われた時間の対価。それをきっちりと回収せねば気が済まない。

「セリーヌ、いるかい?」

扉が開く。エドガー様だ。昨日の今日で、よくもまあ顔を出せたものだ。

「……何のご用でしょうか」
「昨日の件、謝りたくてね。少し言いすぎたよ」

彼は殊勝な顔で近づいてきた。手には花束を持っている。赤い薔薇。花言葉は情熱。あるいは、あなたを愛しています。ローザと愛し合っているのに、そんなふりをするなんてあまりにも嘘が過ぎる。それにその薔薇は、誰の金で買ったものだ?

「お気になさらないでください。事実ですから」
「いや、君は……可愛いよ。ただ、少し不器用なだけだ」

何だその間は? 私を褒める言葉が見つからなかったのか? 彼は私の机の前に立ち、書類の山を見下ろした。

「相変わらず、よく働くね。……実はね、セリーヌ。ローザに聞いたんだけど、バラック様の容態が良くないみたいだね」

「存じております」

「もしものことがあったら、この家はどうなるか……心配だろう? でも安心してくれ。僕がついてる」

エドガー様が私の手に触れようとした。私は反射的に手を引いて避ける。彼は苦笑して、汚い手を引っ込めた。ちなみに、エドガー様には兄がいて、オルレアン伯爵家の当主は兄が継ぐことになっている。

「君は、このまま僕と結婚して、この家を支えてくれればいい。君にはそのがある」

「才能、ですか?」

「ああ。君はこの数年、公爵家の当主代行として立派にやってきた。その経験は素晴らしいよ」

そして、彼は言った。私の人生を決定的に変える一言を。

「これまでの苦労は、僕とローザを支えるための『予行練習』になって良かったね」

え? 目の前にいる男は、今なんて言った? 時が止まって世界から音が消えた。予行練習。練習? 私が睡眠時間を削り、爪を割り、胃を痛めながら必死に守ってきたこの十年が? 亡き母との思い出が詰まったこの屋敷を守ろうとした努力が? 

すべて、彼とローザが楽をして生きるためのだったと言ったのか。エドガー様は、頭の知恵が足りないため、悪気があったのかなかったのかも私には判断できないけど。

プツン、と何かが切れた音がした。それは理性ではない。私をこの家に縛り付けていた最後の情という鎖だ。怒りは通り越していた。代わりに湧き上がってきたのは、氷のように冷たくて透き通った殺意にも似た決意。感情の温度が、絶対零度まで低下する。

「……そうですわね」

私はにっこりと笑った。頬の筋肉が引きつることもなく、完璧な笑顔を浮かべることができたと思う。

「本当に、良い勉強レッスンになりましたわ、エドガー様。あなたのおかげで、私は自分の価値を再認識できましたもの」

「うんうん、そうだろう? これからも頼むよ」

「ええ、ご期待ください。……私のは、これからですから」

エドガー様は満足そうに頷き、花束を置いて出て行った。私はその花束を手に取り、無造作にゴミ箱へと放り込んだ。どうやら彼は、無意識のうちに口から出た言葉で、悪気はなかったようだ。薔薇の棘が指に刺さって一滴の血が滲む。その痛みすら、今の私には心地よかった。

私は椅子に座り直し、新しい羊皮紙を広げた。インク壺にペンを浸す。もう迷いはなく、計算式は完成した。
 
変数X(エドガー)と変数Y(ローザ)を、定数Z(私)を最大化するための解。それは、彼らの人生を終わらせること。

「ただし、私が注ぎ込んだ資源(金銭と労力)を、十分な利子を加えて回収させていただいた後で、事を終わらせるつもりです」

私は誰に聞かせるでもなく呟いた。窓の外では、小鳥たちが楽しげにさえずりながら飛び回っている。私の気持ちを祝うファンファーレにしては、いささか間の抜けた音だったが悪くはないと感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなた方が後悔しても私にはどうでもいいことです

風見ゆうみ
恋愛
チャルブッレ辺境伯家の次女である私――リファーラは幼い頃から家族に嫌われ、森の奥で一人で暮らしていた。 私を目の敵にする姉は、私の婚約者や家族と結託して、大勢の前で婚約を破棄を宣言し私を笑いものにしようとした。 しかし、姉たちの考えなどお見通しである。 婚約の破棄は大歓迎。ですが、恥ずかしい思いをするのは、私ではありませんので。

婚約破棄されたので昼まで寝ますわ~白い結婚で溺愛なんて聞いてません

鍛高譚
恋愛
「リュシエンヌ・ド・ベルナール、お前との婚約は破棄する!」 突然、王太子フィリップから婚約破棄を告げられた名門公爵家の令嬢リュシエンヌ。しかし、それは義妹マリアンヌと王太子が仕組んだ策略だった。 王太子はリュシエンヌが嘆き悲しむことを期待するが—— 「婚約破棄ですね。かしこまりました。」 あっさり受け入れるリュシエンヌ。むしろ、長年の束縛から解放され、自由な生活を満喫することに! 「これでお昼まで寝られますわ! お菓子を食べて、読書三昧の生活ができますのよ!」 しかし、そんな彼女の前に現れたのは、王太子のライバルであり冷徹な公爵・ヴァレンティン・ド・ルーアン。 「俺と婚約しないか?」 政略的な思惑を持つヴァレンティンの申し出に、リュシエンヌは「白い結婚(愛のない形式的な結婚)」ならと了承。 ところが、自由を満喫するはずだった彼女の心は、次第に彼によって揺さぶられ始め——? 一方、王太子と義妹は社交界で次々と醜態をさらし、評判は地に落ちていく。 そしてついに、王太子は廃嫡宣告——! 「ええ? わたくし、何もしていませんわよ?」 婚約破棄された令嬢が、のんびり自由を謳歌するうちに、 いつの間にか勝手にざまぁ展開が訪れる、痛快ラブストーリー! 「婚約破棄……むしろ最高でしたわ!」 果たして、彼女の悠々自適な生活の行方は——?

身代わりの恋だと思っていました〜記憶を失った私に、元婚約者が泣いて縋る理由〜

恋せよ恋
恋愛
「君を愛している。一目惚れだったんだ」 18歳の伯爵令嬢エリカは、9歳年上のリヒャルト伯爵から 情熱的な求婚を受け、幸せの絶頂にいた。 しかし、親族顔合わせの席で運命が狂い出す。 彼の視線の先にいたのは、エリカの伯母であり、 彼の学生時代の恋人で「初めての女性」だった……ミレイユ。 「あの子は私の身代わりでしょう」「私はあなただけなの」 伯母ミレイユの甘い誘惑と、裏切りの密会。 衝撃の事実を目撃したエリカは、階段から転落し、 彼と過ごした愛しくも残酷な二年間の記憶だけを失ってしまう。 「……あの、どちら様でしょうか?」 無垢な瞳で問いかけるエリカに、絶望し泣き崩れるリヒャルト。 裏切った男と、略奪を企てた伯母。 二人に待ち受けるのは、甘い報復と取り返しのつかない後悔だった。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

婚約破棄と暗殺で死んだはずの公爵令嬢ですが、前に出ずに全てを崩壊させます

鷹 綾
恋愛
フォールス・アキュゼーション。お前に全ての罪がある」 王太子フレイム・ファブリケイト・ロイヤル・ロードは、自らの失策を公爵令嬢フォールスに押し付け、婚約を破棄。 さらに証拠隠滅のため、彼女を追放し、暗殺まで差し向ける。 ――彼女は、死んだことにされた。 だがフォールスは、生き延びた。 剣も魔法も持たず、復讐に燃えることもない。 選んだのは、前に出ないという生き方。 隣国で身を潜めながら、王弟エクイティ・フェアネス・ロイヤル・ロードのもと、 彼女は“構造の隣”に立つ。 暴かず、裁かず、叫ばない。 ただ、歪んだ仕組みを静かに照らし、 「選ばなかった者たち」を、自ら説明の場へと追い込んでいく。 切れない証人。 使えない駒。 しかし、消すこともできない存在。 これは、力で叩き潰すザマアではない。 沈黙と距離で因果を完成させる、知的で冷静な因果応報の物語。 ――前に出ない令嬢が、すべての答えを置いていく。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵令息から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

【完結】愛人の子を育てろと言われた契約結婚の伯爵夫人、幼なじみに溺愛されて成り上がり、夫を追い出します

深山きらら
恋愛
政略結婚でレンフォード伯爵家に嫁いだセシリア。しかし初夜、夫のルパートから「君を愛するつもりはない」と告げられる。さらに義母から残酷な命令が。「愛人ロザリンドの子を、あなたの子として育てなさい」。屈辱に耐える日々の中、偶然再会した幼なじみの商人リオンが、セシリアの才能を信じて事業を支援してくれる。

誰からも必要とされていないから出て行ったのに、どうして皆追いかけてくるんですか?

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢ミリーシャは、自身が誰からも必要とされていないことを悟った。 故に彼女は、家から出て行くことを決めた。新天地にて、ミリーシャは改めて人生をやり直そうと考えたのである。 しかし彼女の周囲の人々が、それを許さなかった。ミリーシャは気付いていなかったのだ。自身の存在の大きさを。

処理中です...