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第9話 逃げるより排除
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私が書き上げた『最終通告書』のインクが乾くのを待ちながら、ふと窓の外を見た。庭園の薔薇が風に揺れている。あれは、亡き母が一番好きだった『クイーン・オブ・ナイト』という品種だ。黒に近い深紅の花弁は、気高くてどこか孤独な母の背中を思い出させる。その向こうには、父が若き日に建て増しをしたサンルームが見える。
「…………」
私は手元の羊皮紙に視線を戻した。そこには、私がこの家を出ていく手順と、資産回収の段取りが記されている。論理的に考えれば、これが最適解のはずだ。これ以上、この腐敗した環境に身を置くことは、私の精神衛生と時間を摩耗させるだけだからだ。損切り。投資の世界では基本中の基本である。
だが、私の胸の奥では、計算機がはじき出した答えとは全く異なる感情がじわじわと湧き上がっていた。それは未練だろうか? いいえ、違う。敗北感だ。
私がここを出ていけば、どうなる? エドガーとローザとイザベルは、最初は邪魔者がいなくなったと祝杯を上げるだろう。彼らは、母が愛した庭園を荒らし、父が集めた蔵書を売り払い、この由緒あるフォンテーヌ公爵家の歴史を下品な欲望で塗り潰すだろう。私は自分を守るために逃げることで、結果として私の大切な場所を彼らに譲渡することになる。
最終的には経営が行き詰まり、どうしようもない状況に陥るだろう。しかし、最も恐ろしいのは、私の公爵家が次々と切り売りされ、最終的には完全に潰れてしまうことだ。これまでの歴史も家族の誇りも名声も、すべてが失われる未来が見えている。
「……おかしいわね」
私は独り言を漏らした。どうして、被害者である私が退去しなければならないの? 不法侵入者が住み着いたからといって、家主が家を焼き払って逃げる道理があるだろうか? 否。断じて否だ。やるべきことは逃亡ではなく駆除だ。
私は、先ほど書き上げた逃げを優先した『最終通告書』を両手で持ち、真ん中からビリリと引き裂いた。さらに二回、三回と破り、細かい紙吹雪に変える。ゴミ箱へパラパラと落とすと、私は新しい羊皮紙を取り出した。インク壺にペンを浸すと、脳内のスイッチが切り替わる音がした。撤退モードから迎撃・殲滅モードへ。
「訂正しましょう。私の辞書に『泣き寝入り』という言葉はない」
私はこの屋敷の管理者だ。管理者の責務とは何か? それは、組織の健全な運営を阻害する要因を排除し、資産を保全すること。つまり、私がやるべきは家出ではない。この屋敷に巣食う害虫たちを、一匹残らず燻り出して叩き潰して消毒することだ。
まずは手始めに、彼らの手足となって動く腐った使用人達から片付けるとしよう。頭(イザベル、ローザ)を潰す前に手足を奪えば、彼女らは何もできなくなる。兵糧攻めでいくことを決めた瞬間、胸の奥で何かが定まった。
私は口元に、自分ですら気づかないほどの冷たい笑みを浮かべる。救いの言葉も、情けも、もう用意しない。ただ淡々と、相手の首を絞める手順を書き連ねるだけだ。紙の上を走る文字は、剣よりも静かで、毒よりも遅効性がある。相手が飢えに気づく頃には、もう逃げ道など残っていない。
『屋敷内業務改善命令書、および人事粛正に関する実施計画』
さあ、大掃除の時間だ。
「…………」
私は手元の羊皮紙に視線を戻した。そこには、私がこの家を出ていく手順と、資産回収の段取りが記されている。論理的に考えれば、これが最適解のはずだ。これ以上、この腐敗した環境に身を置くことは、私の精神衛生と時間を摩耗させるだけだからだ。損切り。投資の世界では基本中の基本である。
だが、私の胸の奥では、計算機がはじき出した答えとは全く異なる感情がじわじわと湧き上がっていた。それは未練だろうか? いいえ、違う。敗北感だ。
私がここを出ていけば、どうなる? エドガーとローザとイザベルは、最初は邪魔者がいなくなったと祝杯を上げるだろう。彼らは、母が愛した庭園を荒らし、父が集めた蔵書を売り払い、この由緒あるフォンテーヌ公爵家の歴史を下品な欲望で塗り潰すだろう。私は自分を守るために逃げることで、結果として私の大切な場所を彼らに譲渡することになる。
最終的には経営が行き詰まり、どうしようもない状況に陥るだろう。しかし、最も恐ろしいのは、私の公爵家が次々と切り売りされ、最終的には完全に潰れてしまうことだ。これまでの歴史も家族の誇りも名声も、すべてが失われる未来が見えている。
「……おかしいわね」
私は独り言を漏らした。どうして、被害者である私が退去しなければならないの? 不法侵入者が住み着いたからといって、家主が家を焼き払って逃げる道理があるだろうか? 否。断じて否だ。やるべきことは逃亡ではなく駆除だ。
私は、先ほど書き上げた逃げを優先した『最終通告書』を両手で持ち、真ん中からビリリと引き裂いた。さらに二回、三回と破り、細かい紙吹雪に変える。ゴミ箱へパラパラと落とすと、私は新しい羊皮紙を取り出した。インク壺にペンを浸すと、脳内のスイッチが切り替わる音がした。撤退モードから迎撃・殲滅モードへ。
「訂正しましょう。私の辞書に『泣き寝入り』という言葉はない」
私はこの屋敷の管理者だ。管理者の責務とは何か? それは、組織の健全な運営を阻害する要因を排除し、資産を保全すること。つまり、私がやるべきは家出ではない。この屋敷に巣食う害虫たちを、一匹残らず燻り出して叩き潰して消毒することだ。
まずは手始めに、彼らの手足となって動く腐った使用人達から片付けるとしよう。頭(イザベル、ローザ)を潰す前に手足を奪えば、彼女らは何もできなくなる。兵糧攻めでいくことを決めた瞬間、胸の奥で何かが定まった。
私は口元に、自分ですら気づかないほどの冷たい笑みを浮かべる。救いの言葉も、情けも、もう用意しない。ただ淡々と、相手の首を絞める手順を書き連ねるだけだ。紙の上を走る文字は、剣よりも静かで、毒よりも遅効性がある。相手が飢えに気づく頃には、もう逃げ道など残っていない。
『屋敷内業務改善命令書、および人事粛正に関する実施計画』
さあ、大掃除の時間だ。
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