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第3話
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「彼女、体が弱いから、空気の綺麗な場所で、静かに過ごさせてあげたくて。あの別荘なら、きっと彼女も……」
「……私と婚約破棄して、あの別荘を、ローズ嬢に譲ってほしいと。そういうこと?」
私の声が、自分でも驚くほど低くなった。
「本当に、すまない! この通りだ!」
彼は椅子から滑り落ちるようにして床に膝をついた。王族が、プライドも何もなく、ただひたすらに頭を下げる。その姿は、同情を誘うには十分すぎるほど必死だった。
「二人で、住むつもりなのね」
「あ……ああ。最期の時まで、僕がそばにいる」
すごい。本当にすごい。婚約者との未来を一方的に壊しておいて、その婚約者から奪った家で別の女と暮らす。その神経が、もはや芸術の域に達しているとさえ思えた。
彼は私が、どうぞと全てを差し出すとでも思っているのだろうか。公爵令嬢アイラは、物分かりが良くて心優しい都合のいい女だと。きっと、そうなのだろう。彼は私のことなんて、これっぽっちも見ていなかったのだから。
涙を流せば、何でも許されると思っている。必死な姿を見せれば、相手がほだされると信じている。その無邪気な傲慢さが私の心の奥底で、ずっと眠っていた何かを静かに揺り起こした。
それは怒り、という一言では片付けられないもっと複雑で熱い感情。
「……少し、考えさせてください」
私は、努めて冷静に、そう告げた。床にひれ伏すオリバーの頭頂部を見下ろしながら。
「アイラ……」
「今日のところは、お引き取りを。頭を、上げてください、王子。みっともないですわ」
いつもと違う私の冷たい言い方に、彼はびくりと肩を震わせた。そして、ゆっくりと顔を上げる。その青い瞳には、戸惑いの色が浮かんでいた。いつも通りの穏やかなアイラとは違う何かを感じ取ったのかもしれない。
彼が、どこか居心地の悪そうな様子で退室していくのを、私は背筋を伸ばして見送った。扉が閉まり、部屋に静寂が戻る。
一人になった温室で、私はゆっくりと息を吐いた。ぬるくなった紅茶を一口飲む。甘いはずの紅茶が、ひどく苦く感じた。
婚約破棄。そして、私の大切な別荘の譲渡。
ふざけるな、と思った。
彼の涙にほだされる私じゃない。彼の悲劇に、付き合ってあげる義理もない。可哀想な私、という物語のヒロインを演じる趣味も持ち合わせていない。
オリバー。あなたは、間違った相手に喧嘩を売った。
私は、公爵令嬢アイラ。ただのお飾りの人形じゃない。あなたたちが思い描くような都合のいい女でもない。
私の大切なものを、理由もなく踏み荒らされ、黙って引き下がるほど私は弱くはない。
「面白いじゃない」
思わず、口の端が吊り上がった。
穏やかで退屈だった日常は、もう終わり。彼が、終わらせてくれた。
これから始まるのは、きっと、もっとずっと面白いゲームだ。ルールは、私が決める。
私は椅子から立ち上がり窓の外を見た。空は、皮肉なほどに青く澄み渡っている。
さて、どうしてくれようか。
まずは、その余命一年の可哀想なヒロイン、ローズ・キングダム男爵令嬢について、詳しく調べてみることにしよう。本当に、彼女はオリバーが言うような儚い花なのでしょうか。
私の胸の中に、冷たい炎が静かに燃え始めるのを感じながら、私はゆっくりと、次の一手を考え始めた。この理不尽な要求を、ただ突っぱねるだけではつまらない。どうせなら、彼らが二度と私の前に立てないくらい華麗に、この茶番を終わらせてあげよう。
オリバー、そしてまだ見ぬローズ。あなたたちの望む結末には、決してならない。物語の結末を決めるのは、いつだって最後まで舞台に立っていた者なのだから。
そして、その舞台の主役は他の誰でもない、この私だ。
「……私と婚約破棄して、あの別荘を、ローズ嬢に譲ってほしいと。そういうこと?」
私の声が、自分でも驚くほど低くなった。
「本当に、すまない! この通りだ!」
彼は椅子から滑り落ちるようにして床に膝をついた。王族が、プライドも何もなく、ただひたすらに頭を下げる。その姿は、同情を誘うには十分すぎるほど必死だった。
「二人で、住むつもりなのね」
「あ……ああ。最期の時まで、僕がそばにいる」
すごい。本当にすごい。婚約者との未来を一方的に壊しておいて、その婚約者から奪った家で別の女と暮らす。その神経が、もはや芸術の域に達しているとさえ思えた。
彼は私が、どうぞと全てを差し出すとでも思っているのだろうか。公爵令嬢アイラは、物分かりが良くて心優しい都合のいい女だと。きっと、そうなのだろう。彼は私のことなんて、これっぽっちも見ていなかったのだから。
涙を流せば、何でも許されると思っている。必死な姿を見せれば、相手がほだされると信じている。その無邪気な傲慢さが私の心の奥底で、ずっと眠っていた何かを静かに揺り起こした。
それは怒り、という一言では片付けられないもっと複雑で熱い感情。
「……少し、考えさせてください」
私は、努めて冷静に、そう告げた。床にひれ伏すオリバーの頭頂部を見下ろしながら。
「アイラ……」
「今日のところは、お引き取りを。頭を、上げてください、王子。みっともないですわ」
いつもと違う私の冷たい言い方に、彼はびくりと肩を震わせた。そして、ゆっくりと顔を上げる。その青い瞳には、戸惑いの色が浮かんでいた。いつも通りの穏やかなアイラとは違う何かを感じ取ったのかもしれない。
彼が、どこか居心地の悪そうな様子で退室していくのを、私は背筋を伸ばして見送った。扉が閉まり、部屋に静寂が戻る。
一人になった温室で、私はゆっくりと息を吐いた。ぬるくなった紅茶を一口飲む。甘いはずの紅茶が、ひどく苦く感じた。
婚約破棄。そして、私の大切な別荘の譲渡。
ふざけるな、と思った。
彼の涙にほだされる私じゃない。彼の悲劇に、付き合ってあげる義理もない。可哀想な私、という物語のヒロインを演じる趣味も持ち合わせていない。
オリバー。あなたは、間違った相手に喧嘩を売った。
私は、公爵令嬢アイラ。ただのお飾りの人形じゃない。あなたたちが思い描くような都合のいい女でもない。
私の大切なものを、理由もなく踏み荒らされ、黙って引き下がるほど私は弱くはない。
「面白いじゃない」
思わず、口の端が吊り上がった。
穏やかで退屈だった日常は、もう終わり。彼が、終わらせてくれた。
これから始まるのは、きっと、もっとずっと面白いゲームだ。ルールは、私が決める。
私は椅子から立ち上がり窓の外を見た。空は、皮肉なほどに青く澄み渡っている。
さて、どうしてくれようか。
まずは、その余命一年の可哀想なヒロイン、ローズ・キングダム男爵令嬢について、詳しく調べてみることにしよう。本当に、彼女はオリバーが言うような儚い花なのでしょうか。
私の胸の中に、冷たい炎が静かに燃え始めるのを感じながら、私はゆっくりと、次の一手を考え始めた。この理不尽な要求を、ただ突っぱねるだけではつまらない。どうせなら、彼らが二度と私の前に立てないくらい華麗に、この茶番を終わらせてあげよう。
オリバー、そしてまだ見ぬローズ。あなたたちの望む結末には、決してならない。物語の結末を決めるのは、いつだって最後まで舞台に立っていた者なのだから。
そして、その舞台の主役は他の誰でもない、この私だ。
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