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第2話
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「医者が、そう……もう、手の施しようがないと……。あんなに、優しくて、儚い花のような彼女が……どうして……っ」
再び彼の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。それはまるで、高価な真珠みたいにきらきらと輝いていて、それがどうしようもなく私の神経を逆撫でした。
ああ、そうか。だから、こんな顔をしていたのか。幼馴染の、それもきっと特別な存在だったのだろう彼女が、もうすぐいなくなってしまう。それは悲しいですね。辛いだろう。同情すべきことだ。頭では、そう理解できた。
「……そうなの。それは……お気の毒に……」
私がなんとか絞り出した言葉は、ひどくありきたりで乾いていた。もっと何か、気の利いた言葉をかけるべきなのだろう。でも、私の心は奇妙なほど静まり返っていた。まるで、他人事の演劇を観ているような気分だった。
「アイラ……君は、本当に優しいな」
彼は私の乾いた言葉を、彼にとって都合の良い優しさだと受け取ったらしい。濡れた瞳で、縋るように私を見つめる。その瞳の奥に、何か不穏な光が宿っているのを私は見逃さなかった。
「それで、君に、お願いがあるんだ」
「お願い?」
「僕は、ローズの最期に、寄り添ってあげたい。彼女が残された時間を、少しでも笑顔で過ごせるように、僕ができることの全てをしてあげたいんだ」
彼の声は、悲痛なほどに真剣だった。その真剣さが、私を少しずつ苛立たせる。そのお願いとやらのために、あなたは婚約者である私の元へ、泣きつきに来たというの?
「だから、アイラ。僕との婚約を、破棄してほしい」
(……今、なんて?)
私の思考が、一瞬、完全に停止した。婚約を、破棄? 目の前の、私の婚約者が、他の女のために、私との婚約をなかったことにしてくれと。そう言ったの?
「……本気で、言っているの?」
「本気だ。すまない、僕がどれだけ身勝手なことを言っているか、分かっている。君を裏切る最低な男だってことも、分かってる。でも……っ、でも、ローズを一人にはできないんだ!」
彼の言葉は、まるで悲劇のヒーローのセリフみたいに朗々と響いた。純度百パーセントの善意と、純度百パーセントの自己満足。それが合わさると、こんなにも人を傷つける刃になるのだということを私は初めて知った。
怒り、というよりも先に呆れがきた。目の前のこの生き物は、一体何を言っているのだろう。王子という身分で、公爵家の娘である私との婚約が、どれだけ重い意味を持つのか分かっていないのだろうか? いや、分かっている。分かっていて、それでも、自分の感情を優先している。その事実が面白くもあった。
「……分かったわ。それが、あなたの望みなら」
「本当かい!? アイラ……!」
私の言葉に、彼はぱあっと顔を輝かせた。まるで、駄々をこねておもちゃを買ってもらえた子供みたいに無邪気に。その顔を見て私は確信した。ああ、この人は、本当に何も分かっていない。
「でも、それだけじゃないんだ」
彼は言いづらそうに視線を彷徨わせた。まだ何かあるのか? 今日の私は、随分と安売りされているらしい。
「実は……ローズが、君のあの別荘を、とても気に入っていて……」
私の別荘。それは、私が成人した時に、お父様が譲ってくれた湖のほとりにある小さな屋敷のことだ。薔薇の庭園が美しくて、私の一番のお気に入りの場所。そこで過ごす時間は、王宮での息苦しい日々を忘れさせてくれる唯一の安らぎだった。
再び彼の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。それはまるで、高価な真珠みたいにきらきらと輝いていて、それがどうしようもなく私の神経を逆撫でした。
ああ、そうか。だから、こんな顔をしていたのか。幼馴染の、それもきっと特別な存在だったのだろう彼女が、もうすぐいなくなってしまう。それは悲しいですね。辛いだろう。同情すべきことだ。頭では、そう理解できた。
「……そうなの。それは……お気の毒に……」
私がなんとか絞り出した言葉は、ひどくありきたりで乾いていた。もっと何か、気の利いた言葉をかけるべきなのだろう。でも、私の心は奇妙なほど静まり返っていた。まるで、他人事の演劇を観ているような気分だった。
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彼は私の乾いた言葉を、彼にとって都合の良い優しさだと受け取ったらしい。濡れた瞳で、縋るように私を見つめる。その瞳の奥に、何か不穏な光が宿っているのを私は見逃さなかった。
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彼の声は、悲痛なほどに真剣だった。その真剣さが、私を少しずつ苛立たせる。そのお願いとやらのために、あなたは婚約者である私の元へ、泣きつきに来たというの?
「だから、アイラ。僕との婚約を、破棄してほしい」
(……今、なんて?)
私の思考が、一瞬、完全に停止した。婚約を、破棄? 目の前の、私の婚約者が、他の女のために、私との婚約をなかったことにしてくれと。そう言ったの?
「……本気で、言っているの?」
「本気だ。すまない、僕がどれだけ身勝手なことを言っているか、分かっている。君を裏切る最低な男だってことも、分かってる。でも……っ、でも、ローズを一人にはできないんだ!」
彼の言葉は、まるで悲劇のヒーローのセリフみたいに朗々と響いた。純度百パーセントの善意と、純度百パーセントの自己満足。それが合わさると、こんなにも人を傷つける刃になるのだということを私は初めて知った。
怒り、というよりも先に呆れがきた。目の前のこの生き物は、一体何を言っているのだろう。王子という身分で、公爵家の娘である私との婚約が、どれだけ重い意味を持つのか分かっていないのだろうか? いや、分かっている。分かっていて、それでも、自分の感情を優先している。その事実が面白くもあった。
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「本当かい!? アイラ……!」
私の言葉に、彼はぱあっと顔を輝かせた。まるで、駄々をこねておもちゃを買ってもらえた子供みたいに無邪気に。その顔を見て私は確信した。ああ、この人は、本当に何も分かっていない。
「でも、それだけじゃないんだ」
彼は言いづらそうに視線を彷徨わせた。まだ何かあるのか? 今日の私は、随分と安売りされているらしい。
「実は……ローズが、君のあの別荘を、とても気に入っていて……」
私の別荘。それは、私が成人した時に、お父様が譲ってくれた湖のほとりにある小さな屋敷のことだ。薔薇の庭園が美しくて、私の一番のお気に入りの場所。そこで過ごす時間は、王宮での息苦しい日々を忘れさせてくれる唯一の安らぎだった。
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