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第4話
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あの日、オリバーが私の前から逃げるように去っていった後、部屋に残ったのは彼の涙の痕と、ぬるくなった紅茶の甘ったるい香り、静かな怒りに燃える私だけだった。
私はメイドに後片付けを命じると、自室に戻り、一人の人物を呼んだ。
「アンナ」
「お呼びでございますか、お嬢様」
音もなく現れたのは、私の侍女頭を務めるアンナだ。銀色の髪をきっちりと結い上げ、感情の読めない灰色の瞳をした彼女は、私が物心ついた頃からそばにいる。私の右腕であり、左腕であり、そして誰よりも信頼できる協力者だった。
「調べてほしいことがあるの」
私はソファに深く腰掛けたまま静かに告げた。アンナは何も聞かずに、ただ黙って私の次の言葉を待っている。このやり取りも、もう何百回と繰り返してきた。私たちだけの儀式みたいなものだ。
「ローズ・キングダム男爵令嬢。彼女の全てを」
「……承知いたしました」
「病状、交友関係、家族の財政状況、最近の動向。どんな些細な情報でもいい。埃を払うように、丁寧に、全て集めてちょうだい」
「御意のままに」
アンナは深く一礼すると、来た時と同じように、音もなく部屋から出ていった。嵐の前の静けさ、という言葉があるけれど、今の私の心の中は、まさにそんな感じだった。表面は凪いでいるけれど、その水面下では激しい渦が巻いている。
一人になると、私は再び、オリバーの言葉を頭の中で思い返した。
『ローズが……余命、一年、なんだ』
『あんなに、優しくて、儚い花のような彼女が……』
『僕は、ローズの最期に、寄り添ってあげたい』
彼の言葉は、一つ一つが美しいリボンで飾られた空っぽの箱みたいだった。耳障りはいいけれど中身がない。その違和感の正体を、私は探り当てなければならなかった。
そもそも、おかしいのだ。
本当に余命幾ばくもない重病人を、いくら空気が綺麗だからといって、医者でもない男と一緒に馴染みのない別荘で過ごさせるだろうか。専門の医療設備も、熟練の看護人もいない場所で? キングダム男爵夫妻は、それを許すというのだろうか。
彼の話には、悲劇のヒロインであるローズを彩るための装飾はたくさんあったけれど、その彼女を支えるはずの現実的な部分がごっそりと抜け落ちていた。まるで、出来の悪い脚本家の書いたご都合主義の悲劇。
それに、何より引っかかったのは、オリバー自身の態度だ。
彼は確かに泣いていた。真珠みたいに綺麗な涙を、これでもかというほど流していた。でも、その涙は、本当にローズのために流されたものだったのだろうか。
今思えば、彼の嘆きには、どこか陶酔の色があった。『愛する人を失う悲劇の僕』を、彼自身が懸命に演じているように見えてならなかった。彼の涙は、ローズのためじゃない。可哀想な自分自身に酔いしれるための、小道具だったんじゃないか。
そう考えると、パズルのピースが少しずつ、あるべき場所とは違うところにハマっていくような、奇妙な感覚に襲われた。
「……馬鹿馬鹿しい」
思わず、独り言がこぼれる。もし、私のこの推測が正しいのだとしたら。あの涙も、嘆きも、全てが私から婚約破棄と別荘を穏便にせしめるための芝居だったとしたら。
だとしたら、私は、とんでもなく舐められたものだ。公爵令嬢アイラは、王子の涙ひとつで、全てを差し出すような愚かな女だと思われている。
その事実が、私の心の奥底にある冷たくて硬いプライドをギリギリと締め付けた。
私はメイドに後片付けを命じると、自室に戻り、一人の人物を呼んだ。
「アンナ」
「お呼びでございますか、お嬢様」
音もなく現れたのは、私の侍女頭を務めるアンナだ。銀色の髪をきっちりと結い上げ、感情の読めない灰色の瞳をした彼女は、私が物心ついた頃からそばにいる。私の右腕であり、左腕であり、そして誰よりも信頼できる協力者だった。
「調べてほしいことがあるの」
私はソファに深く腰掛けたまま静かに告げた。アンナは何も聞かずに、ただ黙って私の次の言葉を待っている。このやり取りも、もう何百回と繰り返してきた。私たちだけの儀式みたいなものだ。
「ローズ・キングダム男爵令嬢。彼女の全てを」
「……承知いたしました」
「病状、交友関係、家族の財政状況、最近の動向。どんな些細な情報でもいい。埃を払うように、丁寧に、全て集めてちょうだい」
「御意のままに」
アンナは深く一礼すると、来た時と同じように、音もなく部屋から出ていった。嵐の前の静けさ、という言葉があるけれど、今の私の心の中は、まさにそんな感じだった。表面は凪いでいるけれど、その水面下では激しい渦が巻いている。
一人になると、私は再び、オリバーの言葉を頭の中で思い返した。
『ローズが……余命、一年、なんだ』
『あんなに、優しくて、儚い花のような彼女が……』
『僕は、ローズの最期に、寄り添ってあげたい』
彼の言葉は、一つ一つが美しいリボンで飾られた空っぽの箱みたいだった。耳障りはいいけれど中身がない。その違和感の正体を、私は探り当てなければならなかった。
そもそも、おかしいのだ。
本当に余命幾ばくもない重病人を、いくら空気が綺麗だからといって、医者でもない男と一緒に馴染みのない別荘で過ごさせるだろうか。専門の医療設備も、熟練の看護人もいない場所で? キングダム男爵夫妻は、それを許すというのだろうか。
彼の話には、悲劇のヒロインであるローズを彩るための装飾はたくさんあったけれど、その彼女を支えるはずの現実的な部分がごっそりと抜け落ちていた。まるで、出来の悪い脚本家の書いたご都合主義の悲劇。
それに、何より引っかかったのは、オリバー自身の態度だ。
彼は確かに泣いていた。真珠みたいに綺麗な涙を、これでもかというほど流していた。でも、その涙は、本当にローズのために流されたものだったのだろうか。
今思えば、彼の嘆きには、どこか陶酔の色があった。『愛する人を失う悲劇の僕』を、彼自身が懸命に演じているように見えてならなかった。彼の涙は、ローズのためじゃない。可哀想な自分自身に酔いしれるための、小道具だったんじゃないか。
そう考えると、パズルのピースが少しずつ、あるべき場所とは違うところにハマっていくような、奇妙な感覚に襲われた。
「……馬鹿馬鹿しい」
思わず、独り言がこぼれる。もし、私のこの推測が正しいのだとしたら。あの涙も、嘆きも、全てが私から婚約破棄と別荘を穏便にせしめるための芝居だったとしたら。
だとしたら、私は、とんでもなく舐められたものだ。公爵令嬢アイラは、王子の涙ひとつで、全てを差し出すような愚かな女だと思われている。
その事実が、私の心の奥底にある冷たくて硬いプライドをギリギリと締め付けた。
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