幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

佐藤 美奈

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第6話

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「つまり、こういうことかしら」

私は、まるで物語を語るように、静かに言葉を紡ぎ始めた。

「借金まみれのキングダム男爵家は、起死回生の一手を必要としていた。そこに目をつけたのが、娘のローズ。彼女は、幼馴染という立場を利用して、オリバー王子に近づいた」

アンナは黙って聞いている。

「オリバーは、昔からお人好しで、涙もろくて、悲劇のヒロインに弱い。ローズは自分の『儚さ』を演出し、彼の同情を引いた。そして二人は、私という邪魔な婚約者を排除し、なおかつ私の資産である別荘を手に入れる計画を立てた」

その計画の切り札が、余命一年という陳腐な嘘。なんて、分かりやすい筋書き。

「彼らは、私が王子の涙と悲痛な訴えを聞けば、同情して、言われるがままに婚約破棄に応じ、大切な別荘まで差し出すと思った。私が、そういう『物分かりのいい女』だと、信じて疑わなかった」

私は立ち上がり、窓辺に歩み寄った。外では、庭師たちが手入れをした薔薇が、美しく咲き誇っている。私の別荘の庭も、今頃、見事な薔薇で埋め尽くされているはずだ。彼らが、二人で暮らそうと夢見ている私の大切な場所。

「アンナ。彼らが密会を始めたのは、いつからか分かる?」

「本格的に頻繁になったのは、三ヶ月ほど前からのようです。それ以前にも、時折、王子がお忍びでキングダム家の屋敷を訪れていたという情報はございますが」

三ヶ月前。
ちょうどその頃、オリバーが私に、湖の別荘がいかに素晴らしいか熱心に語っていた時期と重なる。きっと、ローズに別荘の話をして、彼女がそれを欲しがったのだろう。そして、どうすれば手に入るか二人で相談した結果が、この茶番劇。

全ては、仕組まれていた。私の知らないところで、私の未来も、私の財産も、彼らの都合のいいように奪われようとしていた。それは、怒りを通り越して、もはや滑稽ですらあった。

「ありがとう、アンナ。よくやってくれたわ」

「お嬢様は、これからどうなさるおつもりですか?」

アンナの灰色の瞳が、まっすぐに私を見つめる。その瞳の奥に、かすかな心配の色が滲んでいる。

「どうする、ですって?」

私は振り返り、アンナに向かって、にっこりと微笑んでみせた。それはきっと、公爵令嬢アイラが浮かべるどんな微笑みよりも、ずっと意地の悪い楽しそうな笑みだったに違いない。

「決まっているじゃない。彼らが用意した舞台に、主役として上がってあげるのよ」

ただし、脚本も、演出も、結末も、全て私が書き換える。

「まずは、もう少しだけ泳がせておきましょう。彼らが、自分たちの計画が完璧に成功していると、信じ込んでいる間に、こちらは最後の一手を準備する」

「……承知いたしました。何かご入用でしたら、いつでも」

「ええ、頼りにしているわ」

アンナが部屋を出ていくと、私は再び一人になった。
窓から見える青空は、あの日と同じように、どこまでも澄み渡っている。

オリバー。ローズ。あなたたちが仕掛けたこのゲーム、なかなか楽しめそうよ。

でも、覚えておくといい。嘘は、いつか必ず暴かれる。そして、人を欺いた罪は、必ず自分自身に返ってくる。

私は、あなたたちに、そのことを骨の髄まで教えてあげる。この公爵令嬢アイラが、どれほど執念深く、そして容赦のない人間なのかを。

静かな部屋に、私の低い笑い声が小さく響いた。さあ、ショータイムの始まりだ。
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