幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

佐藤 美奈

文字の大きさ
8 / 83

第8話

しおりを挟む
しん、と静まり返った部屋に、私とアンナの二人だけが取り残される。全ての音が遠のいて、世界から色が消えたみたいだった。窓の外の薔薇も、テーブルの上のティーカップも、アンナの銀色の髪さえも、全てが無彩色の景色に変わって見える。

ああ、そうか。そういうことだったのか。怒りという感情は、もうなかった。悲しみもなかった。呆れも軽蔑も、全てがどこかへ消え去っていた。私の心にあったのは、ただ一つ。絶対的な氷点下の虚無。

心臓が、ぎしりと音を立てて凍りついた。今まで感じていた熱い怒りは、この絶対零度の感情の前では、まるで子供の火遊びのようだった。

オリバーは、私を愛していなかった。それは、最初から分かっていたことだ。でも、ここまで侮辱されるとは。ここまで、愚かだと思われていたとは。

私の優しさも、私のプライドも、私の全てが彼らの茶番劇を盛り上げるための小道具だった。

「……はは」

乾いた笑いが、私の唇から漏れた。

「ははは、あはははは!」

それは、自分でも聞いたことのないような空っぽの笑い声だった。笑っているのに、涙は一粒も出ない。感情が死ぬ、とは、こういうことを言うのかもしれない。

「お嬢様……」

アンナが、心配そうに私の顔を覗き込む。彼女の灰色の瞳に、私がどんな顔で映っているのか知りたくもなかった。私はゆっくりと立ち上がった。体は、まるで自分のものじゃないみたいにぎこちなく動く。

「アンナ」

「……はい」

「舞台の、準備を始めましょう」

私の声は、自分でも驚くほど冷たかった。

「彼らが望んだ、悲劇の舞台を。いいえ、これは悲劇じゃないわね。滑稽な、喜劇だわ」

私は窓辺に立ち、色を失った庭を見下ろした。

「最高のフィナーレを用意してあげる。彼ら二人が、主役として、満場の観客の前で、永遠に忘れられないほどの恥をかくための、最高の舞台を」

もう、ゲームじゃない。これは、ただの処刑だ。私の心を殺した彼らに、私が下す判決。

「オリバー王子とローズ嬢に、招待状を送りなさい」

私は、ゆっくりと振り返った。私の顔には、何の感情も浮かんでいなかっただろう。完璧に磨き上げられた無表情の人形。

「私の誕生日の夜会に、二人を特別にご招待する、と」

その夜会が、彼らの公開処刑の場となる。私は、私の手で、彼らが築き上げた嘘の城を木っ端微塵に破壊する。

もう、容赦はしない。一片の情けもかけない。彼らが私にそうしたように、私もまた彼らの全てを奪い尽くしてあげる。

冷え切った心の中で、ただ一つだけ確かなことがあった。この物語の結末は私が決める。そして、その結末に、彼らの幸福が入り込む余地は、一ミリもない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです

藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。 ――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。 妹は父の愛人の子。 身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、 彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。 婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、 当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。 一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。 だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。 これは、誰かが罰した物語ではない。 ただ、選んだ道の先にあった現実の話。 覚悟のなかった婚約者が、 自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。

裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます

nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。 アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。 全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

幼馴染に夢中の夫を捨てた貴婦人は、王太子に熱愛される

Narian
恋愛
アイリスの夫ロイは、新婚の頃から金髪の愛らしい幼馴染・フローラに夢中で、妻には見向きもしなかった。 夫からは蔑ろにされ、夫の両親からは罵られ、フローラからは見下される日々。そしてアイリスは、ついに決意する。 「それほど幼馴染が大切なら、どうぞご自由に。私は出て行って差し上げます」 これは、虐げられた主人公が、過去を断ち切り幸せを掴む物語。 ※19話完結。 毎日夜9時ごろに投稿予定です。朝に投稿することも。お気に入り登録していただけたら嬉しいです♪

【完結】私と婚約破棄して恋人と結婚する? ならば即刻我が家から出ていって頂きます

水月 潮
恋愛
ソフィア・リシャール侯爵令嬢にはビクター・ダリオ子爵令息という婚約者がいる。 ビクターは両親が亡くなっており、ダリオ子爵家は早々にビクターの叔父に乗っ取られていた。 ソフィアの母とビクターの母は友人で、彼女が生前書いた”ビクターのことを託す”手紙が届き、亡き友人の願いによりソフィアの母はビクターを引き取り、ソフィアの婚約者にすることにした。 しかし、ソフィアとビクターの結婚式の三ヶ月前、ビクターはブリジット・サルー男爵令嬢をリシャール侯爵邸に連れてきて、彼女と結婚するからソフィアと婚約破棄すると告げる。 ※設定は緩いです。物語としてお楽しみ頂けたらと思います。 *HOTランキング1位到達(2021.8.17) ありがとうございます(*≧∀≦*)

捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来

鍛高譚
恋愛
「君とは釣り合わない。だから、僕は王女殿下を選ぶ」 婚約者アルバート・ロンズデールに冷たく告げられた瞬間、エミリア・ウィンスレットの人生は暗転した。 王都一の名門公爵令嬢として慎ましくも誠実に彼を支えてきたというのに、待っていたのは無慈悲な婚約破棄――しかも相手は王女クラリッサ。 アルバートと王女の華やかな婚約発表の裏で、エミリアは社交界から冷遇され、"捨てられた哀れな令嬢"と嘲笑される日々が始まる。 だが、彼女は決して屈しない。 「ならば、貴方たちが後悔するような未来を作るわ」 そう決意したエミリアは、ある人物から手を差し伸べられる。 ――それは、冷静沈着にして王国の正統な後継者、皇太子アレクシス・フォルベルト。 彼は告げる。「私と共に来い。……君の聡明さと誇りが、この国には必要だ」

王命により、婚約破棄されました。

緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。

処理中です...