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第15話
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それからの王都の社交界は、この一大スキャンダルで持ちきりだった。
物語は、尾ひれがついて、面白おかしく街中を駆け巡った。
『悲恋の王子、病に倒れた幼馴染との純愛を貫き、公爵令嬢との婚約を破棄!』
『国王夫妻は激怒、公爵家もカンカン!』
『王子と男爵令嬢、勘当同然で愛の逃避行か!?』
オリバーとローズは、その物語の主役であることを、存分に楽しんでいるようだった。アンナからの報告によれば、彼らは周囲の白い目も気にせず腕を組んで街を歩き、時には人前で抱き合って、自分たちの揺るぎない愛を見せつけているらしい。
「まるで、三文芝居のクライマックスね」
報告を聞きながら、私は思わずそう呟いた。
勘当されても愛を貫く私たちって、最高にドラマチックでしょ?
残念ながら、そのドラマの結末は破滅が待っているというのに、オリバーとローズは地獄を見る羽目になるというのに。
婚約破棄の条件として、王家から私の元へは、莫大な額の慰謝料が支払われた。金塊と、いくつかの領地の権利書。ずっしりと重いそのリストを、王家の使者が恭しく私に差し出した時も、私の心は少しも動かなかった。
「執事、これを公爵家の資産に」
私は、まるで道端で小石でも拾ったかのように、あっさりとそのリストを執事に手渡した。
これは、私の心の傷の値段じゃない。
王家が、失った体面と、公爵家との未来の繋がりに対して支払った、ただの代償だ。私個人の感情が入り込む隙間なんてない。
私は、オリバーとローズに関する一切の話題を、自分の周りから排除した。
彼らの名前が出れば、静かに席を立ち、彼らについて尋ねられても、『もう、私には関係のない方たちのことですわ』と、穏やかに微笑むだけ。
人々は、そんな私の姿を見て、こう噂した。
「アイラ様は、なんてお強く、お優しい方なのだろう」
「ええ、あんな裏切りにあったというのに、気丈に振る舞われて……」
「それに比べて、王子とあの男爵令嬢ときたら……」
同情と称賛。
それは、私の完璧な無関心という名の仮面が、見事に機能している証拠だった。
彼らが私を悲劇のヒロインとして見てくれればくれるほど、私の本当の計画は、その影で安全に着実に進行していく。
婚約破棄から数日。
私の元に、グレイ伯爵から、鷲の紋章で封をされた一通の密書が届いた。
『お嬢様。例の件、全て、滞りなく完了いたしました』
短い文面を読んだ私の口元に、久しぶりに本物の笑みが浮かんだ。
これで、舞台の設営は全て終わった。
私は、自分の誕生日の夜会の準備に取り掛かった。招待客のリストを吟味し席次を決め、当日の音楽や食事のメニューに至るまで、全てを自分で決めていく。
それは、ただのパーティーの準備ではなかった。私の復讐劇を最も効果的に、そして華麗に演出するための最終調整だ。
夜会の前夜。
広大な衣装部屋に、ずらりと並んだ豪華なドレスの中から、私は、明日のための戦闘服を選んでいた。
私が選んだのは、夜空の色をそのまま写し取ったような、深く濃い藍色のドレス。胸元と裾には、銀糸で繊細な星屑の刺繍が施されていて、動くたびに、まるで本物の星が瞬くようにきらめく。
清らかな聖女でも、悲劇のヒロインでもない。全てを見通し裁きを下す、夜の女神。
それが、明日の私の役柄だった。
「お嬢様」
アンナが、静かに入ってきた。その手には、一通の返信状が握られている。
「最後の『特別なお客様』より、お返事が。明日、必ずお越しになるとのことです」
「そう。良かったわ」
私は、鏡の中の自分に向かって、静かに微笑んだ。
その瞳は、これから始まるショーの成功を確信して、冷たく美しく輝いていた。
オリバー。ローズ。
あなたたちは、勘当され慰謝料を払い、それで全てが終わりだと思っているのでしょうね。私という障害を取り除き、二人で、あの別荘で幸せに暮らす未来を夢見ているのでしょうね。
なんて、愚かな人たち。
物語は、まだ終わっていない。
本当のクライマックスは、これから始まるというのに。
「さあ、始めましょう」
私は、鏡の中の、夜の女神に語りかけた。
「私の、最高の誕生日パーティーを」
その声は、静かな夜の闇に響き渡った。
物語は、尾ひれがついて、面白おかしく街中を駆け巡った。
『悲恋の王子、病に倒れた幼馴染との純愛を貫き、公爵令嬢との婚約を破棄!』
『国王夫妻は激怒、公爵家もカンカン!』
『王子と男爵令嬢、勘当同然で愛の逃避行か!?』
オリバーとローズは、その物語の主役であることを、存分に楽しんでいるようだった。アンナからの報告によれば、彼らは周囲の白い目も気にせず腕を組んで街を歩き、時には人前で抱き合って、自分たちの揺るぎない愛を見せつけているらしい。
「まるで、三文芝居のクライマックスね」
報告を聞きながら、私は思わずそう呟いた。
勘当されても愛を貫く私たちって、最高にドラマチックでしょ?
残念ながら、そのドラマの結末は破滅が待っているというのに、オリバーとローズは地獄を見る羽目になるというのに。
婚約破棄の条件として、王家から私の元へは、莫大な額の慰謝料が支払われた。金塊と、いくつかの領地の権利書。ずっしりと重いそのリストを、王家の使者が恭しく私に差し出した時も、私の心は少しも動かなかった。
「執事、これを公爵家の資産に」
私は、まるで道端で小石でも拾ったかのように、あっさりとそのリストを執事に手渡した。
これは、私の心の傷の値段じゃない。
王家が、失った体面と、公爵家との未来の繋がりに対して支払った、ただの代償だ。私個人の感情が入り込む隙間なんてない。
私は、オリバーとローズに関する一切の話題を、自分の周りから排除した。
彼らの名前が出れば、静かに席を立ち、彼らについて尋ねられても、『もう、私には関係のない方たちのことですわ』と、穏やかに微笑むだけ。
人々は、そんな私の姿を見て、こう噂した。
「アイラ様は、なんてお強く、お優しい方なのだろう」
「ええ、あんな裏切りにあったというのに、気丈に振る舞われて……」
「それに比べて、王子とあの男爵令嬢ときたら……」
同情と称賛。
それは、私の完璧な無関心という名の仮面が、見事に機能している証拠だった。
彼らが私を悲劇のヒロインとして見てくれればくれるほど、私の本当の計画は、その影で安全に着実に進行していく。
婚約破棄から数日。
私の元に、グレイ伯爵から、鷲の紋章で封をされた一通の密書が届いた。
『お嬢様。例の件、全て、滞りなく完了いたしました』
短い文面を読んだ私の口元に、久しぶりに本物の笑みが浮かんだ。
これで、舞台の設営は全て終わった。
私は、自分の誕生日の夜会の準備に取り掛かった。招待客のリストを吟味し席次を決め、当日の音楽や食事のメニューに至るまで、全てを自分で決めていく。
それは、ただのパーティーの準備ではなかった。私の復讐劇を最も効果的に、そして華麗に演出するための最終調整だ。
夜会の前夜。
広大な衣装部屋に、ずらりと並んだ豪華なドレスの中から、私は、明日のための戦闘服を選んでいた。
私が選んだのは、夜空の色をそのまま写し取ったような、深く濃い藍色のドレス。胸元と裾には、銀糸で繊細な星屑の刺繍が施されていて、動くたびに、まるで本物の星が瞬くようにきらめく。
清らかな聖女でも、悲劇のヒロインでもない。全てを見通し裁きを下す、夜の女神。
それが、明日の私の役柄だった。
「お嬢様」
アンナが、静かに入ってきた。その手には、一通の返信状が握られている。
「最後の『特別なお客様』より、お返事が。明日、必ずお越しになるとのことです」
「そう。良かったわ」
私は、鏡の中の自分に向かって、静かに微笑んだ。
その瞳は、これから始まるショーの成功を確信して、冷たく美しく輝いていた。
オリバー。ローズ。
あなたたちは、勘当され慰謝料を払い、それで全てが終わりだと思っているのでしょうね。私という障害を取り除き、二人で、あの別荘で幸せに暮らす未来を夢見ているのでしょうね。
なんて、愚かな人たち。
物語は、まだ終わっていない。
本当のクライマックスは、これから始まるというのに。
「さあ、始めましょう」
私は、鏡の中の、夜の女神に語りかけた。
「私の、最高の誕生日パーティーを」
その声は、静かな夜の闇に響き渡った。
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