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第16話
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私の誕生日の朝は、皮肉なほど穏やかな陽光と共に訪れた。
「おめでとうございます、お嬢様!」
部屋は、侍女たちの祝福の声で華やいだ雰囲気だった。口々にお祝いの言葉をかけて、私の身支度を手伝ってくれる。その誰もが、私の悲しい婚約破棄を乗り越えた、健気な主人の幸せを心から願っているようだった。
「アイラ、本当に、辛かったでしょう。でも、今日のあなたは、今までで一番美しいわ」
母は、私の髪に真珠の櫛を挿しながら、潤んだ瞳でそう言った。
「ありがとうございます、お母様」
私はただ、静かに微笑むだけ。私の心の奥底で、今夜、壮大な劇の幕が上がるのを待っている冷たい興奮など、誰も気づかない。
婚約破棄が正式に成立してから、今日まで。私は、水面下で着実に迅速に動いていた。
グレイ伯爵の完璧な仕事ぶりのおかげで、父から譲られたあの湖の別荘の売買契約は、オリバーには一切知られることなく、滞りなく締結された。所有権は、もう完全に私の手を離れている。
もちろん、金に困って売ったわけではない。王家から支払われた莫大な慰謝料は、手つかずのまま公爵家の金庫に眠っている。この売却は、ただの一つの目的のために行われた。オリバーとローズを、完膚なきまでに地獄に落とすため。そのための、最も重要な舞台装置だった。
夜会の準備が整った広間を見下ろしながら、私はアンナに最終確認をする。
「招待客は、ほぼ全員、出席の返事が来ているわね?」
「はい。そして、お嬢様が『特別に』ご招待されたお客様も、必ずお越しになるとのことです」
「そう。良かったわ」
私のリストの末尾に記された、その『特別なお客様』の名前。
オリバーとローズは、その人物が誰なのか想像だにしないだろう。彼らの浅はかな計画では、決して辿り着くことのできない彼らのアキレス腱。
彼らが思い描くハッピーエンドは、私から奪った別荘で贅沢に暮らすこと。そのために、彼らは心の背筋を正すもの全てを捨てた。王族のプライドも、男爵令嬢としての誇りも。彼らの純愛は、結局のところ、金と欲望にまみれた醜い取引でしかなかったのだから。
ならば、私は、その根源を断つまで。
あなたたちが、何よりも欲しがったものを、あなたたちが最も恐れる人物の手に渡してあげる。
それが、私のやり方だった。
◇
夜が静かに訪れ、星々が舞台に立つ準備を始めた。公爵家の広間が何百というロウソクの光と、着飾った貴族たちの熱気で満たされる頃。夜会の主役である私は、夜空色のドレスを身にまとい、賓客たちからの祝福の言葉に、完璧な微笑みで応えていた。
「アイラ嬢、誕生日おめでとう。君の美しさは、まるで夜空に輝く星のようだ」
「婚約破棄の件は残念だったが、君なら、もっと素晴らしい相手が見つかるさ」
誰もが、同情と励ましの言葉をかけてくれる。私は、その一つ一つに、ありがとうございます、と丁寧に頭を下げた。悲劇のヒロインを演じるのは、もう慣れたものだった。
その時、広間の入り口が、わずかに騒がしくなった。一瞬、ざわめきが起こり、人々の視線が一斉にそちらへ注がれる。モーゼの海割りみたいに、群衆が左右に分かれ、その中央を二人の男女が腕を組んで、まっすぐにこちらへ進んでくる。
オリバー・オブ・エドウィン王子。
そして、ローズ・キングダム男爵令嬢。
今日の主役は私のはずなのに、彼らはまるで、自分たちが主役だとでも言いたげな、気取った態度でそこに立っていた。オリバーは、王族の正装ではない少し崩した仕立ての良い服を。ローズは、どこから金が出たのか最新のデザインの、しかし彼女の身分には不相応なほど豪華なドレスを身につけている。
周囲の貴族たちが向ける冷たい視線や、ひそひそと息を呑むように話す声も、彼らには聞こえていないようだった。彼らは自分たちを、全ての障害を乗り越えた愛の勝利者だと信じ込んでいる。その痛々しいほどの自己陶酔には、もはや憐れみすら感じた。
二人は、私の目の前まで来ると、足を止めた。
「おめでとうございます、お嬢様!」
部屋は、侍女たちの祝福の声で華やいだ雰囲気だった。口々にお祝いの言葉をかけて、私の身支度を手伝ってくれる。その誰もが、私の悲しい婚約破棄を乗り越えた、健気な主人の幸せを心から願っているようだった。
「アイラ、本当に、辛かったでしょう。でも、今日のあなたは、今までで一番美しいわ」
母は、私の髪に真珠の櫛を挿しながら、潤んだ瞳でそう言った。
「ありがとうございます、お母様」
私はただ、静かに微笑むだけ。私の心の奥底で、今夜、壮大な劇の幕が上がるのを待っている冷たい興奮など、誰も気づかない。
婚約破棄が正式に成立してから、今日まで。私は、水面下で着実に迅速に動いていた。
グレイ伯爵の完璧な仕事ぶりのおかげで、父から譲られたあの湖の別荘の売買契約は、オリバーには一切知られることなく、滞りなく締結された。所有権は、もう完全に私の手を離れている。
もちろん、金に困って売ったわけではない。王家から支払われた莫大な慰謝料は、手つかずのまま公爵家の金庫に眠っている。この売却は、ただの一つの目的のために行われた。オリバーとローズを、完膚なきまでに地獄に落とすため。そのための、最も重要な舞台装置だった。
夜会の準備が整った広間を見下ろしながら、私はアンナに最終確認をする。
「招待客は、ほぼ全員、出席の返事が来ているわね?」
「はい。そして、お嬢様が『特別に』ご招待されたお客様も、必ずお越しになるとのことです」
「そう。良かったわ」
私のリストの末尾に記された、その『特別なお客様』の名前。
オリバーとローズは、その人物が誰なのか想像だにしないだろう。彼らの浅はかな計画では、決して辿り着くことのできない彼らのアキレス腱。
彼らが思い描くハッピーエンドは、私から奪った別荘で贅沢に暮らすこと。そのために、彼らは心の背筋を正すもの全てを捨てた。王族のプライドも、男爵令嬢としての誇りも。彼らの純愛は、結局のところ、金と欲望にまみれた醜い取引でしかなかったのだから。
ならば、私は、その根源を断つまで。
あなたたちが、何よりも欲しがったものを、あなたたちが最も恐れる人物の手に渡してあげる。
それが、私のやり方だった。
◇
夜が静かに訪れ、星々が舞台に立つ準備を始めた。公爵家の広間が何百というロウソクの光と、着飾った貴族たちの熱気で満たされる頃。夜会の主役である私は、夜空色のドレスを身にまとい、賓客たちからの祝福の言葉に、完璧な微笑みで応えていた。
「アイラ嬢、誕生日おめでとう。君の美しさは、まるで夜空に輝く星のようだ」
「婚約破棄の件は残念だったが、君なら、もっと素晴らしい相手が見つかるさ」
誰もが、同情と励ましの言葉をかけてくれる。私は、その一つ一つに、ありがとうございます、と丁寧に頭を下げた。悲劇のヒロインを演じるのは、もう慣れたものだった。
その時、広間の入り口が、わずかに騒がしくなった。一瞬、ざわめきが起こり、人々の視線が一斉にそちらへ注がれる。モーゼの海割りみたいに、群衆が左右に分かれ、その中央を二人の男女が腕を組んで、まっすぐにこちらへ進んでくる。
オリバー・オブ・エドウィン王子。
そして、ローズ・キングダム男爵令嬢。
今日の主役は私のはずなのに、彼らはまるで、自分たちが主役だとでも言いたげな、気取った態度でそこに立っていた。オリバーは、王族の正装ではない少し崩した仕立ての良い服を。ローズは、どこから金が出たのか最新のデザインの、しかし彼女の身分には不相応なほど豪華なドレスを身につけている。
周囲の貴族たちが向ける冷たい視線や、ひそひそと息を呑むように話す声も、彼らには聞こえていないようだった。彼らは自分たちを、全ての障害を乗り越えた愛の勝利者だと信じ込んでいる。その痛々しいほどの自己陶酔には、もはや憐れみすら感じた。
二人は、私の目の前まで来ると、足を止めた。
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