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第17話
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「アイラ。誕生日、おめでとう」
オリバーが、少し気まずそうに、しかし勝ち誇ったような笑みで言った。彼の隣でローズが、これ以上ないほど甘く殊勝な表情で、私に深々とカーテシーをする。
「アイラ様、この度はおめでとうございます。そして……本当に、申し訳ありませんでした」
か細い声で、彼女はそう言った。その瞳は潤んでいて、今にも泣き出してしまいそうだ。知らない者が見れば、心優しい婚約者を奪ってしまった罪悪感に苛まれる、可憐な乙女にしか見えないだろう。
「アイラ様のお優しさに、私とオリバー王子は、どれだけ救われたことか。このご恩は、一生忘れません」
素晴らしい演技だ。私は心の中で、拍手を送った。
でも、残念だったわね。その脚本、私はもう、全て知っているのよ。
「いいえ、お気になさらないで、ローズ様」
私は、聖母のような、慈愛に満ちた微笑みを浮かべてみせた。そして、彼女の肩に、そっと手を置く。
「あなたも、お体を大切になさってね?」
私の言葉に、ローズはこくりと頷いた。その顔には、優しいアイラ様、ありがとう、と書いてある。
私は、そんな彼女の耳元に、そっと顔を寄せた。周りの誰にも聞こえない二人だけの声で。
「もう、乗馬を楽しまれたり、観劇で夜更かしなさったりしては、ダメよ? 病気の体には、障るでしょうから」
瞬間、ローズの肩が、びくりと硬直したのが、手のひらを通して伝わってきた。彼女の顔から、さっと血の気が引いていく。潤んでいたはずの瞳が、恐怖と驚愕に見開かれ、混乱した心の状態で私を射抜くように見つめてくる。
私は、彼女からそっと身を離すと、何も気づかないふりをしてオリバーに視線を移した。
「ローズ様のことを、しっかり支えて差し上げてね」
彼は、私とローズの間の、一瞬の緊張の変化に気づいていない。ただ、私の寛大な言葉に、満足そうに頷いた。
「ああ、もちろんだ! 僕は、生涯をかけてローズを守る!」
私は、にっこりと微笑んだ。
そう、守ってあげるといいわ。
守れるものなら、ね。
◇
宴が最高潮に達した頃。楽団の演奏が止み、会場の全ての視線が、壇上に立つ私に集まった。
いよいよ、ショーの始まりだ。
「皆様、本日は、私の誕生日のために、お集まりいただき、誠にありがとうございます」
私は、集まった貴族たちに、優雅に一礼した。
「ご存知の方も多いかと存じますが、先日、私、アイラ・フォン・バランシュナイルと、オリバー殿下との婚約は、円満に解消される運びとなりました」
会場が、わずかにざわめく。オリバーは、少し誇らしげに胸を張り、ローズは俯いて、悲劇のヒロインを演じている。
私は礼儀的に殿下という呼び方をした。彼は陛下から勘当されたようですけど、陛下の心変わりや政治的な変化で、状況が変われば、勘当された王族が返り咲くことは十分にあり得ますし、実際にそうした事例はよくあること。
「殿下には、新たな道で、幸せになっていただきたいと、心から願っております」
私は、そこで一度言葉を切り、オリバーとローズに、穏やかな視線を送った。
彼らは、私がこの場で、二人の仲を公に認め、祝福するとでも思っているのだろう。
その期待に満ちた顔が、可笑しくてたまらない。
「そして、もう一つ。皆様にご報告がございます。私の個人的なことで恐縮ですが……私が父より譲り受けました、湖のほとりの別荘についてです」
その言葉に、オリバーとローズの顔が、ぱっと輝いた。
来た! と。彼らの顔に、そう書いてある。
今、この場でアイラが、あの別荘を自分たちに譲ると宣言するのだと。
オリバーは、喜びを隠しきれないのか口元が微かにほころんでいる。
ローズも表情がゆるんでいる。少し前、私の言葉で混乱した心は消えていた。
私は、そんな二人を、ゆっくりと見渡した。
そして、会場の隅に控えていた、一人の人物に視線を送る。
私が招待した『特別なお客様』だ。
オリバーが、少し気まずそうに、しかし勝ち誇ったような笑みで言った。彼の隣でローズが、これ以上ないほど甘く殊勝な表情で、私に深々とカーテシーをする。
「アイラ様、この度はおめでとうございます。そして……本当に、申し訳ありませんでした」
か細い声で、彼女はそう言った。その瞳は潤んでいて、今にも泣き出してしまいそうだ。知らない者が見れば、心優しい婚約者を奪ってしまった罪悪感に苛まれる、可憐な乙女にしか見えないだろう。
「アイラ様のお優しさに、私とオリバー王子は、どれだけ救われたことか。このご恩は、一生忘れません」
素晴らしい演技だ。私は心の中で、拍手を送った。
でも、残念だったわね。その脚本、私はもう、全て知っているのよ。
「いいえ、お気になさらないで、ローズ様」
私は、聖母のような、慈愛に満ちた微笑みを浮かべてみせた。そして、彼女の肩に、そっと手を置く。
「あなたも、お体を大切になさってね?」
私の言葉に、ローズはこくりと頷いた。その顔には、優しいアイラ様、ありがとう、と書いてある。
私は、そんな彼女の耳元に、そっと顔を寄せた。周りの誰にも聞こえない二人だけの声で。
「もう、乗馬を楽しまれたり、観劇で夜更かしなさったりしては、ダメよ? 病気の体には、障るでしょうから」
瞬間、ローズの肩が、びくりと硬直したのが、手のひらを通して伝わってきた。彼女の顔から、さっと血の気が引いていく。潤んでいたはずの瞳が、恐怖と驚愕に見開かれ、混乱した心の状態で私を射抜くように見つめてくる。
私は、彼女からそっと身を離すと、何も気づかないふりをしてオリバーに視線を移した。
「ローズ様のことを、しっかり支えて差し上げてね」
彼は、私とローズの間の、一瞬の緊張の変化に気づいていない。ただ、私の寛大な言葉に、満足そうに頷いた。
「ああ、もちろんだ! 僕は、生涯をかけてローズを守る!」
私は、にっこりと微笑んだ。
そう、守ってあげるといいわ。
守れるものなら、ね。
◇
宴が最高潮に達した頃。楽団の演奏が止み、会場の全ての視線が、壇上に立つ私に集まった。
いよいよ、ショーの始まりだ。
「皆様、本日は、私の誕生日のために、お集まりいただき、誠にありがとうございます」
私は、集まった貴族たちに、優雅に一礼した。
「ご存知の方も多いかと存じますが、先日、私、アイラ・フォン・バランシュナイルと、オリバー殿下との婚約は、円満に解消される運びとなりました」
会場が、わずかにざわめく。オリバーは、少し誇らしげに胸を張り、ローズは俯いて、悲劇のヒロインを演じている。
私は礼儀的に殿下という呼び方をした。彼は陛下から勘当されたようですけど、陛下の心変わりや政治的な変化で、状況が変われば、勘当された王族が返り咲くことは十分にあり得ますし、実際にそうした事例はよくあること。
「殿下には、新たな道で、幸せになっていただきたいと、心から願っております」
私は、そこで一度言葉を切り、オリバーとローズに、穏やかな視線を送った。
彼らは、私がこの場で、二人の仲を公に認め、祝福するとでも思っているのだろう。
その期待に満ちた顔が、可笑しくてたまらない。
「そして、もう一つ。皆様にご報告がございます。私の個人的なことで恐縮ですが……私が父より譲り受けました、湖のほとりの別荘についてです」
その言葉に、オリバーとローズの顔が、ぱっと輝いた。
来た! と。彼らの顔に、そう書いてある。
今、この場でアイラが、あの別荘を自分たちに譲ると宣言するのだと。
オリバーは、喜びを隠しきれないのか口元が微かにほころんでいる。
ローズも表情がゆるんでいる。少し前、私の言葉で混乱した心は消えていた。
私は、そんな二人を、ゆっくりと見渡した。
そして、会場の隅に控えていた、一人の人物に視線を送る。
私が招待した『特別なお客様』だ。
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