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第20話
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「約束、でございますか? 恐れながら、私、あなたと何か、お約束をいたしましたかしら?」
「俺たちにくれると言っただろうが!」
「まあ」
私は、驚いたように、そっと口に手を当てた。
そして、僕と言っていたオリバーが、いつの間にか俺と口にしていた。彼の中で何かが切り替わったようで、感情がより激しさを増したように見えた。
「私が、いつ、そんなことを申し上げました? 私は確か、『前向きに考えます』と、そう申し上げたはずですが」
「それが、くれるっていう意味だろうが!」
「いいえ、違いますわ。それは、文字通り、『考える』という意味です。そして、私、考えましたの。一生懸命。どうするのが、あの別荘にとって、そして、この国にとって、一番良いことなのかを。その結果、マルクス様にお譲りし、慈善施設として活用していただくのが、最善の道だと。そう、結論付けたのです」
私の、一つひとつが論理に裏打ちされた、どこまでも筋の通った穏やかな説明。それは、彼の感情的な怒りの炎に、油ではなく、冷水を浴びせるようなものだった。
「何か、問題でも、ございましたか?」
そう、完璧な微笑みで問いかけると、彼は一瞬、言葉に詰まったようだった。ぐっ、と喉を鳴らし、悔しそうに唇を噛む。
彼の頭の中では、今頃こんなセリフが渦巻いているのだろう。
『なぜだ、なぜ俺の思い通りにならない! この女は、俺の言うことを聞いていればいいんだ!』と。
可哀想に、世界の中心が自分だと信じて疑わなかった、裸の王様。
「問題があるに決まっているだろう!」
彼は、再び声を張り上げた。今度は、彼の主張は、少しだけ具体的なものに変わっていた。
「俺たちは、あの別荘に住むつもりだったんだ! そのために、婚約を破棄し、俺は王族の身分まで捨てた! なのに、今さら、住む家がないとは、どういうことだ!」
ああ、ついに本音が出た。
彼が必死なのは、当然だった。オリバーは、今や国王陛下から勘当された身だ。王宮に、彼の居場所はない。ローズも借金まみれの男爵家からは、とっくに厄介払いされている。彼らは、まさに路頭に迷う寸前なのだ。
私の別荘は、彼らにとって、最後の命綱だった。愛の巣であり、同時に、裕福な生活を続けるための資産でもあった。それを私が、彼らの目の前で、断ち切ってしまった。
「俺たちに、どうしろと言うんだ!」
その悲痛な叫びは、同情を誘うための、最後の手段だったのだろう。
しかし、その言葉を聞いた私の心は、何の感情も揺れなかった。
「それは、私が考えることではございませんわ」
私は、氷のように冷たい声で、そう言い放った。
「あなた方が、どこに住もうと、どのような生活をしようと、それは、あなた方自身の問題です。私には、一切、関係のないことです」
「関係なくないだろう! お前が、俺たちの家を奪ったんだ!」
「奪う? 人聞きの悪いことをおっしゃらないで。あれは、元々、私の家ですわ。私の所有物を、私がどうしようと、それは私の自由でしょう?」
私の正論に、彼は再び、ぐっと押し黙る。
ヒーローは、悪役を前にして、弁が立たないらしい。
私は、そんな彼に追い打ちをかけるように、もう一つ、質問を投げかけた。
にっこりと、無邪気な笑みを浮かべて。
「そもそも、不思議ですわね。なぜ、あなたたちが、私の別荘に住める、と、そうお思いになったのですか?」
「それは……お前が、くれると……」
「仮に、私が差し上げたとしても、です。あの別荘は、それなりに維持費がかかりますのよ。庭師や、メイドたちを雇うお金も必要ですし、冬になれば、たくさんの薪もいる。勘当されたあなたたちに、その費用が、どこから捻出できるとお考えだったのかしら?」
私の言葉に、オリバーの顔が、さっと青ざめた。図星だったのだろう。彼らは、別荘を手に入れた後のことなど、何も考えていなかった。あるいは、別荘を担保に、また新たな借金でもするつもりだったのかもしれない。
「それとも……」
私は、さらに続ける。
もう、手加減はしない。
「俺たちにくれると言っただろうが!」
「まあ」
私は、驚いたように、そっと口に手を当てた。
そして、僕と言っていたオリバーが、いつの間にか俺と口にしていた。彼の中で何かが切り替わったようで、感情がより激しさを増したように見えた。
「私が、いつ、そんなことを申し上げました? 私は確か、『前向きに考えます』と、そう申し上げたはずですが」
「それが、くれるっていう意味だろうが!」
「いいえ、違いますわ。それは、文字通り、『考える』という意味です。そして、私、考えましたの。一生懸命。どうするのが、あの別荘にとって、そして、この国にとって、一番良いことなのかを。その結果、マルクス様にお譲りし、慈善施設として活用していただくのが、最善の道だと。そう、結論付けたのです」
私の、一つひとつが論理に裏打ちされた、どこまでも筋の通った穏やかな説明。それは、彼の感情的な怒りの炎に、油ではなく、冷水を浴びせるようなものだった。
「何か、問題でも、ございましたか?」
そう、完璧な微笑みで問いかけると、彼は一瞬、言葉に詰まったようだった。ぐっ、と喉を鳴らし、悔しそうに唇を噛む。
彼の頭の中では、今頃こんなセリフが渦巻いているのだろう。
『なぜだ、なぜ俺の思い通りにならない! この女は、俺の言うことを聞いていればいいんだ!』と。
可哀想に、世界の中心が自分だと信じて疑わなかった、裸の王様。
「問題があるに決まっているだろう!」
彼は、再び声を張り上げた。今度は、彼の主張は、少しだけ具体的なものに変わっていた。
「俺たちは、あの別荘に住むつもりだったんだ! そのために、婚約を破棄し、俺は王族の身分まで捨てた! なのに、今さら、住む家がないとは、どういうことだ!」
ああ、ついに本音が出た。
彼が必死なのは、当然だった。オリバーは、今や国王陛下から勘当された身だ。王宮に、彼の居場所はない。ローズも借金まみれの男爵家からは、とっくに厄介払いされている。彼らは、まさに路頭に迷う寸前なのだ。
私の別荘は、彼らにとって、最後の命綱だった。愛の巣であり、同時に、裕福な生活を続けるための資産でもあった。それを私が、彼らの目の前で、断ち切ってしまった。
「俺たちに、どうしろと言うんだ!」
その悲痛な叫びは、同情を誘うための、最後の手段だったのだろう。
しかし、その言葉を聞いた私の心は、何の感情も揺れなかった。
「それは、私が考えることではございませんわ」
私は、氷のように冷たい声で、そう言い放った。
「あなた方が、どこに住もうと、どのような生活をしようと、それは、あなた方自身の問題です。私には、一切、関係のないことです」
「関係なくないだろう! お前が、俺たちの家を奪ったんだ!」
「奪う? 人聞きの悪いことをおっしゃらないで。あれは、元々、私の家ですわ。私の所有物を、私がどうしようと、それは私の自由でしょう?」
私の正論に、彼は再び、ぐっと押し黙る。
ヒーローは、悪役を前にして、弁が立たないらしい。
私は、そんな彼に追い打ちをかけるように、もう一つ、質問を投げかけた。
にっこりと、無邪気な笑みを浮かべて。
「そもそも、不思議ですわね。なぜ、あなたたちが、私の別荘に住める、と、そうお思いになったのですか?」
「それは……お前が、くれると……」
「仮に、私が差し上げたとしても、です。あの別荘は、それなりに維持費がかかりますのよ。庭師や、メイドたちを雇うお金も必要ですし、冬になれば、たくさんの薪もいる。勘当されたあなたたちに、その費用が、どこから捻出できるとお考えだったのかしら?」
私の言葉に、オリバーの顔が、さっと青ざめた。図星だったのだろう。彼らは、別荘を手に入れた後のことなど、何も考えていなかった。あるいは、別荘を担保に、また新たな借金でもするつもりだったのかもしれない。
「それとも……」
私は、さらに続ける。
もう、手加減はしない。
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