幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

佐藤 美奈

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第23話

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「もう、仕方ないわ……。ねえ、陛下にお許しいただきましょう」

それは、彼を気遣う、優しい言葉だったのかもしれない。
でも、その言葉は、彼の心に、最後の火をつけた。
ローズの言うように、オリバーも、いつかはそうしようと考えていた。
ただ、今はまだ早すぎる。父上も許してくださらないだろう。

「……うるさいっ!」

ヒーローが、悪役に打ちのめされ、お姫様に『もういいのよ』と慰められる。
そんな結末、彼が許せるはずがない。彼の心は、今、弱い者を守る騎士なのだから。

「俺は、正義の騎士だ!」

オリバーは、ローズの手を、荒々しく振り払った。ローズは、きゃっ、と小さな悲鳴を上げて、再び床に尻餅をつく。

正義の騎士が、お姫様を守るはずの騎士が、その姫に暴力を振るうなんて、彼は騎士とは呼べない。騎士道精神のかけらも感じられない。騎士の名を汚す存在とは、まさに彼のような男のことだ。

「まだだ……! まだ、終わっていない……!」

彼は、まるで自分に言い聞かせるように、そう呟いた。そして、ぎろり、と、もう一度、私を睨みつける。その瞳の奥で何かが、ぷつりと切れた音がした。

彼は、ゆっくりと、本当に、ゆっくりと、一歩、前に出た。
私の、目の前に。
そして、彼の両膝が、カクン、と力なく折れた。

どさっ、という鈍い音。

会場にいた誰もが、息を飲んだ。
オリバー・オブ・エドウィン。かつて、この国の王子であった男が、今、私の足元に、ひざまずいていた。高貴だったはずの膝が、公爵家の冷たい大理石の床に、みじめに押し付けられている。

彼の顔は、俯いていて見えない。ただ、彼の肩が小刻みに、屈辱に震えているのだけが分かった。

「……アイラ、これで満足か」

床に染みを作るように、くぐもった声が響いた。

「いいえ、これでは足りませんわ」

私は、冷たく言い放った。

「謝罪は、どうしたのかしら? あなたがついた、数々の嘘。真実を隠し、私を惑わせ、公爵家を侮辱した罪。それを、あなたの口から、はっきりと、謝罪していただかないと」

私の言葉に、彼の肩が、さらに大きく震えた。

プライドなんて、お腹の足しにもならない、ただの飾りだ。でも、人は時に、生きるために必要なものすら捨てて、くだらない飾りを選ぶことがある。彼のように、生まれながらにして、飽食と豊かさに甘やかされ続けてきた人間は、その飾りの価値を、異常なほどに信じ込んでいる。

物に不自由せず育った彼は今、人生で初めて、本当の意味での『選択』を迫られていた。今まで、彼がしてきたのは、ただの『我儘』という名の、選択肢のない一本道だったから。

いつだって、彼が望むままに、道が常に用意されていた。
でも、今は違う。彼の前には、二つの道しかない。
屈辱と共に生き永らえる道か、プライドと共に野垂れ死ぬ道か。

彼の頭の中は、きっと、嵐のようになっているに違いなかった。

「くっ……」

オリバーは、ぎゅっと拳を握り、涙や苦しみをこらえている。
彼の抵抗。しかし、それも長くは、続かなかった。

彼は、震える両手を、床についた。まるで、これから、生まれて初めての祈りでも捧げるかのように。そして、その額を、床にこすりつけるようにして、深く、深く、頭を下げた。

全力の、土下座。

その姿は、私が想像していた以上に、愚かで、痛ましくも可笑しい。そして、どうしようもなく美しかった。砕け散ったプライドの破片が、ロウソクの光を浴びて、きらきらと輝いているようだった。
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