幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

佐藤 美奈

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第27話

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その日の夜のディナーは、まるで嵐の前の静けさ、というよりは、嵐のど真ん中に放り込まれたような心地だった。

父であるバランシュナイル公爵も母も、娘の、そして未来の婿になるかもしれない男の土産話に夢中だ。特に、セドリックの語る西部の情勢や異国との交渉の話は、まるで息をのむような劇(ドラマ)を見ているかのようで、公爵家の人々を自然と惹きつけてしまう。

「――というわけで、あちらの部族長とは、結局三日三晩飲み比べをすることになりまして」

「まあ! セドリック様がお酒で?」

「ええ。ですが、最後の最後で根負けしたのは私の方でした。それを、隣で涼しい顔をしていたクラリスが一息で飲み干してしまったものですから、部族長も目を丸くして……結果、我々の要求を全て呑む、と」

「お前という娘は……!」

父が呆れたように、けれど嬉しそうに声を上げる。母は、クラリスらしいわ、と微笑んでいる。食卓は和やかな笑いに包まれるけれど、私だけが、その輪に入りきれずにいた。

姉は、私が用意した食後の紅茶を一口含むと、ふと、何かを思い出したように口を開いた。

「そういえば、オリバー王子が勘当されたそうね」

カシャン、とティーカップが小皿の上に軽く触れて、控えめな音を立てた。私じゃない。向かいに座っていたセドリックが、わざとらしくカップを置いた音だった。彼の蒼い瞳が、面白がるように私に向けられる。全ての視線が、私に突き刺さった。

あの壮絶な誕生日の夜会から、私の日常は、かつての穏やかさを取り戻していた。いや、表面上は、というべきか。オリバーとローズという名の、大きな大きな置き土産は、今も公爵家の離れの物置小屋で、息をしているのだから。

たまに、アンナから彼らの近況報告がもたらされる。日に日に痩せ細り、いがみ合い、それでもなお、互いにすがりついて生きているという二人の話を聞くたび、私の心によぎるのは、もう怒りでも憐れみでもなかった。ただ、遠い国の、知らない生き物の生態を観察するような、奇妙な無関心さだけだった。

彼らの食事は、一日一度きり。しかもそれは、大勢の使用人たちが食事を終えたあとの余り物。そんな暮らしに耐えかねて、最近では使用人たちの雑用を買って出るようになった。結果として、与えられる食事がわずかに改善され、その変化に、彼らは素直な喜びを見せていた。

「それで? その、腑抜け王子の話、詳しく聞かせなさいよ」

その口調は、まるで、道端の石ころについてでも話すかのように、軽い。

「あの方、どうやら私よりも、ご幼少の頃からのお知り合いの方に、お気持ちが向いておられるようでして」

「そんな雑魚に、あんた、まさか未練なんて残してないでしょうね?」

姉の言葉は、ナイフみたいに鋭い。けれど、その瞳の奥には心配の色が滲んでいた。この人は、いつだってそうだ。もっとも弱い部分を、的確に言葉で指摘してくる。でもそれは、腐った肉を切り落とす、外科医のメスみたいに的確で、そして愛情に満ちている。

「……未練など、ありませんわ。お姉様」

私は、内心の動揺を悟られまいと、落ち着いた口調で、自分の考えを伝えた。嘘じゃない。あんな男に未練なんて、欠片もない。ただ、姉の言葉に驚いただけ。

「そう。ならいいの」

私がそう答えると、姉は、満足そうに頷いた。

「当然よ。あんな見る目のない男、こっちから捨ててやるのが正解だわ。それにしても、あんたも、少しはやるようになったじゃない。物置小屋に住まわせるなんて、なかなか、いい趣味してるわよ」

「そうでしょうか」

「聞いたけど、二人とも使用人たちの召使いなんだって、反省したのかしら?」

「まあ、クラリス。妹君は、貴女と違って、慈悲深い方なのですよ。私には、そう見えますが」

セドリックが、横から口を挟んだ。
その灰色の瞳は、面白そうに、私を見ている。
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