幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

佐藤 美奈

文字の大きさ
27 / 83

第27話

しおりを挟む
その日の夜のディナーは、まるで嵐の前の静けさ、というよりは、嵐のど真ん中に放り込まれたような心地だった。

父であるバランシュナイル公爵も母も、娘の、そして未来の婿になるかもしれない男の土産話に夢中だ。特に、セドリックの語る西部の情勢や異国との交渉の話は、まるで息をのむような劇(ドラマ)を見ているかのようで、公爵家の人々を自然と惹きつけてしまう。

「――というわけで、あちらの部族長とは、結局三日三晩飲み比べをすることになりまして」

「まあ! セドリック様がお酒で?」

「ええ。ですが、最後の最後で根負けしたのは私の方でした。それを、隣で涼しい顔をしていたクラリスが一息で飲み干してしまったものですから、部族長も目を丸くして……結果、我々の要求を全て呑む、と」

「お前という娘は……!」

父が呆れたように、けれど嬉しそうに声を上げる。母は、クラリスらしいわ、と微笑んでいる。食卓は和やかな笑いに包まれるけれど、私だけが、その輪に入りきれずにいた。

姉は、私が用意した食後の紅茶を一口含むと、ふと、何かを思い出したように口を開いた。

「そういえば、オリバー王子が勘当されたそうね」

カシャン、とティーカップが小皿の上に軽く触れて、控えめな音を立てた。私じゃない。向かいに座っていたセドリックが、わざとらしくカップを置いた音だった。彼の蒼い瞳が、面白がるように私に向けられる。全ての視線が、私に突き刺さった。

あの壮絶な誕生日の夜会から、私の日常は、かつての穏やかさを取り戻していた。いや、表面上は、というべきか。オリバーとローズという名の、大きな大きな置き土産は、今も公爵家の離れの物置小屋で、息をしているのだから。

たまに、アンナから彼らの近況報告がもたらされる。日に日に痩せ細り、いがみ合い、それでもなお、互いにすがりついて生きているという二人の話を聞くたび、私の心によぎるのは、もう怒りでも憐れみでもなかった。ただ、遠い国の、知らない生き物の生態を観察するような、奇妙な無関心さだけだった。

彼らの食事は、一日一度きり。しかもそれは、大勢の使用人たちが食事を終えたあとの余り物。そんな暮らしに耐えかねて、最近では使用人たちの雑用を買って出るようになった。結果として、与えられる食事がわずかに改善され、その変化に、彼らは素直な喜びを見せていた。

「それで? その、腑抜け王子の話、詳しく聞かせなさいよ」

その口調は、まるで、道端の石ころについてでも話すかのように、軽い。

「あの方、どうやら私よりも、ご幼少の頃からのお知り合いの方に、お気持ちが向いておられるようでして」

「そんな雑魚に、あんた、まさか未練なんて残してないでしょうね?」

姉の言葉は、ナイフみたいに鋭い。けれど、その瞳の奥には心配の色が滲んでいた。この人は、いつだってそうだ。もっとも弱い部分を、的確に言葉で指摘してくる。でもそれは、腐った肉を切り落とす、外科医のメスみたいに的確で、そして愛情に満ちている。

「……未練など、ありませんわ。お姉様」

私は、内心の動揺を悟られまいと、落ち着いた口調で、自分の考えを伝えた。嘘じゃない。あんな男に未練なんて、欠片もない。ただ、姉の言葉に驚いただけ。

「そう。ならいいの」

私がそう答えると、姉は、満足そうに頷いた。

「当然よ。あんな見る目のない男、こっちから捨ててやるのが正解だわ。それにしても、あんたも、少しはやるようになったじゃない。物置小屋に住まわせるなんて、なかなか、いい趣味してるわよ」

「そうでしょうか」

「聞いたけど、二人とも使用人たちの召使いなんだって、反省したのかしら?」

「まあ、クラリス。妹君は、貴女と違って、慈悲深い方なのですよ。私には、そう見えますが」

セドリックが、横から口を挟んだ。
その灰色の瞳は、面白そうに、私を見ている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです

藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。 ――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。 妹は父の愛人の子。 身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、 彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。 婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、 当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。 一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。 だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。 これは、誰かが罰した物語ではない。 ただ、選んだ道の先にあった現実の話。 覚悟のなかった婚約者が、 自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。

裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます

nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。 アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。 全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

幼馴染に夢中の夫を捨てた貴婦人は、王太子に熱愛される

Narian
恋愛
アイリスの夫ロイは、新婚の頃から金髪の愛らしい幼馴染・フローラに夢中で、妻には見向きもしなかった。 夫からは蔑ろにされ、夫の両親からは罵られ、フローラからは見下される日々。そしてアイリスは、ついに決意する。 「それほど幼馴染が大切なら、どうぞご自由に。私は出て行って差し上げます」 これは、虐げられた主人公が、過去を断ち切り幸せを掴む物語。 ※19話完結。 毎日夜9時ごろに投稿予定です。朝に投稿することも。お気に入り登録していただけたら嬉しいです♪

【完結】私と婚約破棄して恋人と結婚する? ならば即刻我が家から出ていって頂きます

水月 潮
恋愛
ソフィア・リシャール侯爵令嬢にはビクター・ダリオ子爵令息という婚約者がいる。 ビクターは両親が亡くなっており、ダリオ子爵家は早々にビクターの叔父に乗っ取られていた。 ソフィアの母とビクターの母は友人で、彼女が生前書いた”ビクターのことを託す”手紙が届き、亡き友人の願いによりソフィアの母はビクターを引き取り、ソフィアの婚約者にすることにした。 しかし、ソフィアとビクターの結婚式の三ヶ月前、ビクターはブリジット・サルー男爵令嬢をリシャール侯爵邸に連れてきて、彼女と結婚するからソフィアと婚約破棄すると告げる。 ※設定は緩いです。物語としてお楽しみ頂けたらと思います。 *HOTランキング1位到達(2021.8.17) ありがとうございます(*≧∀≦*)

捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来

鍛高譚
恋愛
「君とは釣り合わない。だから、僕は王女殿下を選ぶ」 婚約者アルバート・ロンズデールに冷たく告げられた瞬間、エミリア・ウィンスレットの人生は暗転した。 王都一の名門公爵令嬢として慎ましくも誠実に彼を支えてきたというのに、待っていたのは無慈悲な婚約破棄――しかも相手は王女クラリッサ。 アルバートと王女の華やかな婚約発表の裏で、エミリアは社交界から冷遇され、"捨てられた哀れな令嬢"と嘲笑される日々が始まる。 だが、彼女は決して屈しない。 「ならば、貴方たちが後悔するような未来を作るわ」 そう決意したエミリアは、ある人物から手を差し伸べられる。 ――それは、冷静沈着にして王国の正統な後継者、皇太子アレクシス・フォルベルト。 彼は告げる。「私と共に来い。……君の聡明さと誇りが、この国には必要だ」

王命により、婚約破棄されました。

緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。

処理中です...