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第28話
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「慈悲ですって? セドリック、あんたは、この子のことを分かってないわ。これは、慈悲じゃない。一番、残酷なやり方よ。プライドを木っ端微塵にして、毎日、少しずつ、心を殺していく。ねえ、アイラ?」
「ほう、妹君はなかなか策士ですね」
彼は柔らかな笑みを浮かべながら、冗談めかしてそう言った。
姉の、全てを見通すような視線に、私は、何も言えなかった。
「……でも、詰めが甘いわね」
「え?」
「そんなことをしても、あんた自身は、少しも、幸せにならないじゃない。復讐なんて、虚しいだけよ。それよりも、もっと、楽しいことがあるでしょうに」
姉は、くい、とセドリックの腕に自分の腕を絡ませた。
「剣と笑顔、どちらも上手に使えなければ、いい男は手に入らないのよ、アイラ」
「私には……お姉様のようには、とても……」
「あら、そうかしら?」
セドリックが、再び、会話に入ってくる。
「私は、アイラ嬢も、十分に、魅力的だと思いますが。その、凍てついた湖のような瞳の奥に、燃えるような情熱を隠している。それを、引きずり出してみたい、と思う殿方は、少なくないはずですよ」
「あら、セドリック。私の妹に、手を出す気?」
「ご冗談を。私には、貴女様という、世界で最も手のかかる、美しい薔薇がおりますので」
「ふん、口ばっかり達者なんだから」
軽口を叩き合いながら、二人は、幸せそうに微笑みあっている。それは、オリバーとローズが演じていた薄っぺらな『純愛』とは、全く違う。互いの強さも、弱さも、計算高さも、その全てを知り尽くした上で、なお惹かれ合う。そんな、対等で、成熟した大人の関係。
眩しくて、少しだけ、羨ましかった。
「とにかく、アイラ」
姉が、真剣な顔で、私に向き直った。
「あんた、もっと、強くなりなさい。自分の足で立って、自分の頭で考えて、自分の幸せを、自分で掴み取るの。……男の扱いも、ね?」
「……はい」
最後に付け足された言葉に、私の顔がカッと熱くなるのがわかった。そんな私の様子を見て、姉はくすくすと喉を鳴らして笑う。
「妹は、まだ青いわ。恋の駆け引きも、できないのかしら?」
隣で、セドリックが優雅に口を挟んだ。
「クラリス。あまり妹君をからかってはいけませんよ」
「あら、事実でしょう? この子は昔から、欲しいものがあっても、欲しいって言えない子だったから」
「欲しい、と願うだけでは手に入らない、と? ……まるで戦場のようですね」
「そうよ。恋も戦いなの。違うかしら、セドリック?」
「ええ、全くです。貴女と出会って、それを骨身に染みて理解しました」
まただ。また二人の世界が始まってしまう。それは、あまりにも完璧で、完成されていて、私の入り込む隙なんてない。私は、ただただ、その眩しさに目を細めることしかできなかった。
姉が王都に戻ってくるなり、社交界は一気に色めき立った。『戦場の赤薔薇』が、今度はどんな伝説を作るのか。誰もが成り行きを注視していた。そして、その隣に立つセドリック・ヴァレンタインという男の存在が、さらに人々の好奇心をかき立てていた。
王国直属の外交官にして、魔法監察官。それは、王家の血族でさえ一目置かざるを得ない特権階級だ。貴族名鑑をどれだけめくっても、ヴァレンタインなんて家名は出てこない。一代でその地位を築いた、規格外の男。
温和で博識で、誰に対しても驚くほど丁寧な言葉遣い。人当たりの良さは、まさに完璧な王子様。けれど、その仮面の下には、超がつくほど鋭利な毒舌と、全てを見抜く洞察力が隠されている。姉と対等に渡り合い、敵に回せば、きっと誰よりも恐ろしい。
年齢は姉と同じくらい、二十七歳前後だろうか。儚げな王子様系の見た目に反して、時々見せる冷たい笑みは、ぞくっとするほど魅力的で、そして危険だった。主役じゃないのに、一度見たら忘れられない。そんな強烈な印象を残す男。
姉の帰還が、私の止まっていた時間に、熱と波乱を運んできた。その風に誘われて、私の心もざわざわと揺れ動いた。それは、不安で、少しだけ悔しくて、でもそれ以上に――私は、とてつもなくワクワクしていた。
「ほう、妹君はなかなか策士ですね」
彼は柔らかな笑みを浮かべながら、冗談めかしてそう言った。
姉の、全てを見通すような視線に、私は、何も言えなかった。
「……でも、詰めが甘いわね」
「え?」
「そんなことをしても、あんた自身は、少しも、幸せにならないじゃない。復讐なんて、虚しいだけよ。それよりも、もっと、楽しいことがあるでしょうに」
姉は、くい、とセドリックの腕に自分の腕を絡ませた。
「剣と笑顔、どちらも上手に使えなければ、いい男は手に入らないのよ、アイラ」
「私には……お姉様のようには、とても……」
「あら、そうかしら?」
セドリックが、再び、会話に入ってくる。
「私は、アイラ嬢も、十分に、魅力的だと思いますが。その、凍てついた湖のような瞳の奥に、燃えるような情熱を隠している。それを、引きずり出してみたい、と思う殿方は、少なくないはずですよ」
「あら、セドリック。私の妹に、手を出す気?」
「ご冗談を。私には、貴女様という、世界で最も手のかかる、美しい薔薇がおりますので」
「ふん、口ばっかり達者なんだから」
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眩しくて、少しだけ、羨ましかった。
「とにかく、アイラ」
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「あんた、もっと、強くなりなさい。自分の足で立って、自分の頭で考えて、自分の幸せを、自分で掴み取るの。……男の扱いも、ね?」
「……はい」
最後に付け足された言葉に、私の顔がカッと熱くなるのがわかった。そんな私の様子を見て、姉はくすくすと喉を鳴らして笑う。
「妹は、まだ青いわ。恋の駆け引きも、できないのかしら?」
隣で、セドリックが優雅に口を挟んだ。
「クラリス。あまり妹君をからかってはいけませんよ」
「あら、事実でしょう? この子は昔から、欲しいものがあっても、欲しいって言えない子だったから」
「欲しい、と願うだけでは手に入らない、と? ……まるで戦場のようですね」
「そうよ。恋も戦いなの。違うかしら、セドリック?」
「ええ、全くです。貴女と出会って、それを骨身に染みて理解しました」
まただ。また二人の世界が始まってしまう。それは、あまりにも完璧で、完成されていて、私の入り込む隙なんてない。私は、ただただ、その眩しさに目を細めることしかできなかった。
姉が王都に戻ってくるなり、社交界は一気に色めき立った。『戦場の赤薔薇』が、今度はどんな伝説を作るのか。誰もが成り行きを注視していた。そして、その隣に立つセドリック・ヴァレンタインという男の存在が、さらに人々の好奇心をかき立てていた。
王国直属の外交官にして、魔法監察官。それは、王家の血族でさえ一目置かざるを得ない特権階級だ。貴族名鑑をどれだけめくっても、ヴァレンタインなんて家名は出てこない。一代でその地位を築いた、規格外の男。
温和で博識で、誰に対しても驚くほど丁寧な言葉遣い。人当たりの良さは、まさに完璧な王子様。けれど、その仮面の下には、超がつくほど鋭利な毒舌と、全てを見抜く洞察力が隠されている。姉と対等に渡り合い、敵に回せば、きっと誰よりも恐ろしい。
年齢は姉と同じくらい、二十七歳前後だろうか。儚げな王子様系の見た目に反して、時々見せる冷たい笑みは、ぞくっとするほど魅力的で、そして危険だった。主役じゃないのに、一度見たら忘れられない。そんな強烈な印象を残す男。
姉の帰還が、私の止まっていた時間に、熱と波乱を運んできた。その風に誘われて、私の心もざわざわと揺れ動いた。それは、不安で、少しだけ悔しくて、でもそれ以上に――私は、とてつもなくワクワクしていた。
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