幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

佐藤 美奈

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第42話

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「カイ様……! なぜ、ここに……危ないですわ!」
「バランシュナイル公爵。話はすべて、聞かせてもらった」

カイ様は、私の制止には目もくれず、父をまっすぐに見据えて言った。そのはちみつ色の瞳には、揺るぎない決意が秘められていた。

「この件は、すべて私の責任だ。私が、王弟という身分を隠し、アイラ嬢に近づいた。彼女は何も悪くない。ただ、私の我儘に巻き込まれただけに過ぎない」

「黙れ、アーヴェル王国の犬が! 貴様のような男の甘言を、誰が信じるものか!」

父が吠える。

「信じられぬというのなら、証を立てよう」

カイ様は、静かに、その場の空気を震わせるほどはっきりと告げた。
その言葉に、私だけでなく、激昂していた父でさえも息を呑んだ。

彼は、ゆっくりと私の前に進み出ると、私に向き直った。そして、敬意を込めて膝をつき、私の手を取った。その瞳は、悲しいほどに真剣だった。

「アイラ」

初めて、彼は私の名前を呼んだ。様も、嬢もつけずに。

「ならば私は、すべてを捨てよう。王弟の立場も、祖国での未来も、家族も。何もかもを捨てて、ただのカイ・ヴァレントになる。そして、生涯をかけて君を守り、愛し抜くと、ここに誓う」

「カイ……様……」

「だから、君は公爵令嬢のまま、何も失うことはない。すべて、私が背負う」

彼は、私のために、国を、すべてを捨てる覚悟でいる。
その、あまりにも大きく、あまりにも純粋な覚悟に、私の心は激しく揺さぶられた。涙が、こらえていた分だけ一気にあふれ出す。でも、今度の涙は、もう悲しいだけじゃなかった。

嬉しかった。愛おしかった。
この人の隣にいたい。
この人と共に、生きていきたい。
この人がすべてを捨ててくれると言うのなら、私が、彼のすべてになればいい。

私は、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、彼の手を握りしめた。そして、彼を立たせると、その隣に、そっと並んで立つ。

「……お父様」

私は、震える声で、父を呼んだ。

「わたくしも、同じ気持ちです」

父の顔が、驚愕に見開かれる。まさか、私が反論するとは思っていなかったのだろう。

「カイ・ヴァレント、その人が誰であろうと、どんな立場の人であろうと、わたくしの心は、もう決まりました。たとえ、敵国の女と呼ばれようと、国賊と罵られようと、構いません。わたくしは、この人と共にいる未来を選びます」

愛と、責任。その狭間で、ずっと苦しんできた。
でも、もう迷わない。
私は、私の愛に、責任を持つ。
それが、バランシュナイル公爵家に生まれた、私の、たった一つの、そして最後の誇りだった。

書斎に、重い沈黙が落ちる。
父は、鬼のような形相で私とカイ様を睨みつけたまま、動かない。外では、ついに雨が降り始めたのか、窓を叩く音が聞こえる。遠くで、雷鳴も。
これから、私たちにどんな試練が待ち受けているのだろう。そう思った、その時。

コン、コン、と控えめなノックの音。
そして、許可も待たずに、扉が静かに開かれた。
入ってきたのは、国王陛下の側近である宰相閣下だった。その厳粛な佇まいに、父も私も、そしてカイ様も、息を呑んだ。
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