幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

佐藤 美奈

文字の大きさ
45 / 83

第45話 恋敵編 愛の試練と挑戦

しおりを挟む
きっと、この世界で一番幸せなのは、私だと思う。

だって今、私の隣には、世界で一番素敵な人がいるのだから。

「アイラ」

耳に静かに染み入るような、甘く低い声だった。名前を呼ばれただけで、心臓がきゅっと可愛らしい音を立てる。見上げると、隣国の王弟殿下――カイ様が、私を見つめて柔らかく微笑んでいた。

ここは王都の郊外へと続く、人通りの多いポプラの並木道。葉擦れの音がさわさわと耳に心地よくて、木漏れ日がキラキラと地面に降り注いでいる。私たちは、護衛の騎士たちが気づかれないくらいの距離を保ってくれているのをいいことに、“ふたりきり”の時間を満喫していた。

今日の私は、この日のために仕立てた新しいドレスを着ている。空色のシルク地に、繊細なレースが幾重にもあしらわれた、とっておきの一着だ。

「そのドレス、本当によく似合っている。まるで、空をそのまま閉じ込めたかのようだ」

「……もう、カイ様ったら。褒めすぎですわ」

「褒めすぎなことなどない。アイラの美しさを前にすると、どんな言葉も陳腐に聞こえてしまう」

真顔でそんなことを言うものだから、私の頬は熟れた果実みたいに赤くなっていく。カイ様は、いつもこうだ。私がすること、身に着けるもの、そのすべてを、世界で一番素晴らしいもののように褒めてくれる。

その度に、私は自分が特別な存在なのだと錯覚してしまう。ううん、錯覚なんかじゃない。カイ様と一緒にいるときの私は、きっと本当に特別なんだ。

(心臓が、もたない……)

そんな私の心の声に気づくこともなく、カイ様は楽しそうに目を細めている。彼の黒曜石のような髪が、柔らかな風にさらりと揺れた。

「見て、カイ様。あの露店の飴細工、すごく綺麗」

私が指さした先には、色とりどりの飴細工が太陽の光を浴びて宝石のように輝いていた。鳥や花、蝶々をかたどったそれは、芸術品のようだ。

「……そうだな」

「昔から、こういう素朴で、職人さんの心がこもったものが好きだったの」

宝石や豪華なドレスももちろん素敵だけれど、私の心の琴線に触れるのは、いつもこういうささやかな手仕事の美しさだった。私の言葉に、カイ様は嬉しそうに頷く。

「では、買おう。アイラが笑ってくれるなら、いくらでも」

彼は穏やかな微笑みを浮かべたまま、私の手を引いて露店へ向かう。そして、私が一番綺麗だと思った青い蝶の飴細工と、彼に似合いそうな白馬の飴細工を二つ、買ってくれた。

「ほら、アイラ」

差し出された青い蝶は、陽光を受けて透き通り、今にも羽ばたいてしまいそうだった。それを見つめる私の頬も、自然と緩んでいく。幸せって、こういう瞬間のことを言うんだろうな。

不意に、道の脇でしゃがみこんで、しくしくと泣いている小さな男の子が目に入った。年は五つくらいだろうか。高そうな服を着ているけれど、周りに親らしき人の姿はない。

「カイ様、あの子……」
「迷子、かな?」

私たちは顔を見合わせると、どちらからともなく、その子に歩み寄った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹と王子殿下は両想いのようなので、私は身を引かせてもらいます。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナシアは、第三王子との婚約を喜んでいた。 民を重んじるというラナシアの考えに彼は同調しており、良き夫婦になれると彼女は考えていたのだ。 しかしその期待は、呆気なく裏切られることになった。 第三王子は心の中では民を見下しており、ラナシアの妹と結託して侯爵家を手に入れようとしていたのである。 婚約者の本性を知ったラナシアは、二人の計画を止めるべく行動を開始した。 そこで彼女は、公爵と平民との間にできた妾の子の公爵令息ジオルトと出会う。 その出自故に第三王子と対立している彼は、ラナシアに協力を申し出てきた。 半ば強引なその申し出をラナシアが受け入れたことで、二人は協力関係となる。 二人は王家や公爵家、侯爵家の協力を取り付けながら、着々と準備を進めた。 その結果、妹と第三王子が計画を実行するよりも前に、ラナシアとジオルトの作戦が始まったのだった。

【完結】私ではなく義妹を選んだ婚約者様

水月 潮
恋愛
セリーヌ・ヴォクレール伯爵令嬢はイアン・クレマン子爵令息と婚約している。 セリーヌは留学から帰国した翌日、イアンからセリーヌと婚約解消して、セリーヌの義妹のミリィと新たに婚約すると告げられる。 セリーヌが外国に短期留学で留守にしている間、彼らは接触し、二人の間には子までいるそうだ。 セリーヌの父もミリィの母もミリィとイアンが婚約することに大賛成で、二人でヴォクレール伯爵家を盛り立てて欲しいとのこと。 お父様、あなたお忘れなの? ヴォクレール伯爵家は亡くなった私のお母様の実家であり、お父様、ひいてはミリィには伯爵家に関する権利なんて何一つないことを。 ※設定は緩いので、物語としてお楽しみ頂けたらと思います ※最終話まで執筆済み 完結保証です *HOTランキング10位↑到達(2021.6.30) 感謝です*.* HOTランキング2位(2021.7.1)

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。

西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。 私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。 それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」 と宣言されるなんて・・・

「平民とでも結婚すれば?」と捨てられた令嬢、隣国の王太子に溺愛されてますが?

ゆっこ
恋愛
「……君との婚約は、ここで破棄させてもらう」  その言葉を、私は静かに受け止めた。  今から一時間前。私、セレナ・エヴァレットは、婚約者である王国第一王子リカルド・アルヴェイン殿下に、唐突に婚約破棄を言い渡された。 「急すぎますわね。何か私が問題を起こしましたか?」 「いや、そういうわけではない。ただ、君のような冷たい女性ではなく、もっと人の心を思いやれる優しい女性と生涯を共にしたいと考えただけだ」  そう言って、彼は隣に立つ金髪碧眼の令嬢に視線をやった。

「誰もお前なんか愛さない」と笑われたけど、隣国の王が即プロポーズしてきました

ゆっこ
恋愛
「アンナ・リヴィエール、貴様との婚約は、今日をもって破棄する!」  王城の大広間に響いた声を、私は冷静に見つめていた。  誰よりも愛していた婚約者、レオンハルト王太子が、冷たい笑みを浮かべて私を断罪する。 「お前は地味で、つまらなくて、礼儀ばかりの女だ。華もない。……誰もお前なんか愛さないさ」  笑い声が響く。  取り巻きの令嬢たちが、まるで待っていたかのように口元を隠して嘲笑した。  胸が痛んだ。  けれど涙は出なかった。もう、心が乾いていたからだ。

捨てた私をもう一度拾うおつもりですか?

ミィタソ
恋愛
「みんな聞いてくれ! 今日をもって、エルザ・ローグアシュタルとの婚約を破棄する! そして、その妹——アイリス・ローグアシュタルと正式に婚約することを決めた! 今日という祝いの日に、みんなに伝えることができ、嬉しく思う……」 ローグアシュタル公爵家の長女――エルザは、マクーン・ザルカンド王子の誕生日記念パーティーで婚約破棄を言い渡される。 それどころか、王子の横には舌を出して笑うエルザの妹――アイリスの姿が。 傷心を癒すため、父親の勧めで隣国へ行くのだが……

【完結】私に可愛げが無くなったから、離縁して使用人として雇いたい? 王妃修行で自立した私は離縁だけさせてもらいます。

西東友一
恋愛
私も始めは世間知らずの無垢な少女でした。 それをレオナード王子は可愛いと言って大層可愛がってくださいました。 大した家柄でもない貴族の私を娶っていただいた時には天にも昇る想いでした。 だから、貴方様をお慕いしていた私は王妃としてこの国をよくしようと礼儀作法から始まり、国政に関わることまで勉強し、全てを把握するよう努めてまいりました。それも、貴方様と私の未来のため。 ・・・なのに。 貴方様は、愛人と床を一緒にするようになりました。 貴方様に理由を聞いたら、「可愛げが無くなったのが悪い」ですって? 愛がない結婚生活などいりませんので、離縁させていただきます。 そう、申し上げたら貴方様は―――

婚約破棄にはなりました。が、それはあなたの「ため」じゃなく、あなたの「せい」です。

百谷シカ
恋愛
「君がふしだらなせいだろう。当然、この婚約は破棄させてもらう」 私はシェルヴェン伯爵令嬢ルート・ユングクヴィスト。 この通りリンドホルム伯爵エドガー・メシュヴィツに婚約破棄された。 でも、決して私はふしだらなんかじゃない。 濡れ衣だ。 私はある人物につきまとわれている。 イスフェルト侯爵令息フィリップ・ビルト。 彼は私に一方的な好意を寄せ、この半年、あらゆる接触をしてきた。 「君と出会い、恋に落ちた。これは運命だ! 君もそう思うよね?」 「おやめください。私には婚約者がいます……!」 「関係ない! その男じゃなく、僕こそが君の愛すべき人だよ!」 愛していると、彼は言う。 これは運命なんだと、彼は言う。 そして運命は、私の未来を破壊した。 「さあ! 今こそ結婚しよう!!」 「いや……っ!!」 誰も助けてくれない。 父と兄はフィリップ卿から逃れるため、私を修道院に入れると決めた。 そんなある日。 思いがけない求婚が舞い込んでくる。 「便宜上の結婚だ。私の妻となれば、奴も手出しできないだろう」 ランデル公爵ゴトフリート閣下。 彼は愛情も跡継ぎも求めず、ただ人助けのために私を妻にした。 これは形だけの結婚に、ゆっくりと愛が育まれていく物語。

処理中です...