幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

佐藤 美奈

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第44話

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「お父様……」

「お前の覚悟は、ようく分かった。……カイ殿下。いや、カイ・ヴァレント殿。娘は、一度こうと決めたらテコでも動かぬ、頑固なやつでしてな。貴殿も、苦労なさるぞ」

「……光栄です、公爵閣下。その覚悟、生涯をかけてお受けいたします」

カイ様が、深々と頭を下げた。
父は、もう一度、大きな大きなため息をつくと、好きにしろ、とだけ言って、椅子に深く沈み込んだ。
それは、紛れもない許しの言葉だった。

嵐は、いつの間にか過ぎ去っていた。
書斎の窓から、雨上がりの澄んだ光が差し込んで、部屋を明るく照らし出す。

数日後。
私は、カイ様と二人で、公爵邸の庭園を散策していた。
あの日の出来事が、まるで遠い昔のことのように感じられる。

「本当に、良かったのですか? 王弟の立場を……」

「ああ。兄である国王には、すべて話した。初めは烈火の如く怒られたがね」

カイ様は、苦笑しながら言った。

「だが、和平交渉を成功させた褒美として、私の我儘を一つだけ聞いてくれることになった。王位継承権は放棄したが、王弟の身分は解かれていない。これからは、両国の架け橋として、この国に滞在することになる」

「まあ……!」

「すべてを捨てる覚悟は、今も変わらない。だが、何も捨てずに君を愛せる未来を、陛下と、君のお父上が与えてくださった。これ以上の幸せはないよ」

彼はそう言うと、立ち止まり、私の両肩に手を置いた。

「アイラ」

金色がかった瞳が、愛おしさに満ちて、私の姿だけをとらえていた。

「改めて、言わせてほしい。私は、君を愛している。私の、妻になってはくれないだろうか」

「……はい」

涙が、またこぼれた。でも、今度は、ただただ幸せな涙だった。

「喜んで……。あなたのお側に、いさせてください」

私の返事を聞いて、彼は、これまで見たどんな時よりも優しい顔で微笑むと、そっと私を腕の中に引き寄せた。彼の胸に顔を埋めると、甘く落ち着いた香木の香りと、雨上がりの湿った大地の匂いがした。
彼の心音が、とくん、とくん、と聞こえる。それは、世界で一番、安心できる音だった。

「もう、君を『敵国の女』だなんて、誰にも言わせない」

彼はそうささやくと、私の顎にそっと指を添え、顔を上向かせた。そして、ゆっくりと唇が重なる。
柔らかくて、温かい、優しいキス。
それは、私たちの苦難の終わりと、輝かしい未来の始まりを告げる祝福のキスだった。

遠く、王都の門から、小さな荷物を背負った男女の二人組が、とぼとぼと歩き去っていく姿があったという。男はぶつくさ文句を言い、女はめそめそと泣きながら。けれど、その手は、強い意志を示すように、固く握られていたそうだ。彼らが、自分たちの愚かさの先に、ささやかな幸せを見つけられる日が来るのか、それは誰にも分からない。

私は、カイ様の手を、ぎゅっと握りしめた。
彼は、力強く握り返してくれた。
その温かさだけが、今、私のすべてだった。そして、これからの私の未来の、すべてになる。
いつからか吹きはじめた柔らかな夜風が、愛おしさの気配をふわりと運び、私たちをそっと包んでいた。
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