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第49話
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あの日以来、カイ様と私の間には、以前にも増して深く、そして穏やかな時間が流れるようになった。彼の過去を知ったことで、私たちはただの恋人から互いの魂を分かち合う、唯一無二の存在になれたような気がした。
そして数週間後、我が国で開かれる建国記念の舞踏会に、カイ様が賓客として再び訪れてくれることになった。
「アイラ、今夜の君は、まるで夜空に咲いた月下香のようだ。気高く、そして甘い香りがする」
舞踏会の会場で、カイ様は私の姿を見るなり、うっとりとそう囁いた。私が今夜のために選んだのは、深い紺色のベルベットのドレス。銀糸で繊細な星屑の刺繍が施されていて、動くたびにキラキラと輝く。
「カイ様こそ、今夜は一段と素敵ですわ。まるで、星々を統べる夜の王子のようです」
「光栄だな。だが、王子が心奪われるのは、たった一人の姫君だけだ」
そう言って、彼は私の手を取り、その手の甲へ礼を尽くすように口づけを添える。その仕草一つで、周りにいた令嬢たちからため息が漏れるのが聞こえた。
(……この幸せ、独り占めしてしまって、ごめんなさい)
心の中でそっと謝りながら、私たちは手を取り合ってワルツの輪の中へと進み出た。カイ様のエスコートは完璧で、私は羽が生えたかのように軽やかにステップを踏むことができる。くるくると回りながら、視線が交差するたびに、二人だけの世界が広がっていく。音楽も、周りの喧騒も、すべてが遠くなって、彼の澄んだ瞳が、ただ私だけを見つめていた。
けれど、幸せな時間は、時として脆い。
ワルツが終わり、二人でバルコニーに出て涼んでいた時のことだった。夜風が火照った頬に心地よい。月明かりが、カイ様の美しい横顔を照らしていた。
「……久しぶりね、カイ」
静寂を破ったのは、凛としていながら、どこか懐かしい響きのある声だった。
振り返ると、そこにいたのは――リディア。
あの日、並木道で見かけたカイ様のかつての婚約者。
彼女は、漆黒のドレスを纏い、闇に溶け込むようにして立っていた。なぜ、彼女がここに? ガレリア帝国の人間は、この舞踏会には招待されていないはずだ。
カイ様の顔が、一瞬で強張る。彼が私を守るように、一歩前に出た。
「リディア……どうしてここにいる」
「あなたに会いに来たのよ。それ以外に、理由なんてないわ」
リディアは、悪びれる様子もなくそう言った。その緑色の瞳は、真っ直ぐにカイ様だけを見つめている。それは、かつて彼を欺いていたスパイの目ではなかった。確かな意志と、そして……深い愛情を湛えた一人の女の目だった。
「もう、昔のようなことはしない。私は……もうスパイはやめたわ」
「……何だと?」
「あの日、あなたを裏切ったこと、後悔しない日はない。でも、任務とあなたの間で、私はずっと苦しんでいた。信じてもらえないかもしれないけれど、あなたを愛していた気持ちは、本物だったの」
彼女の告白に、私は息を呑んだ。カイ様も、動揺を隠せないでいる。
「私は、すべてを捨ててここに来た。国も、地位も、何もかも。ただ、もう一度あなたに会って、この気持ちを伝えたかったから。そして……あなたを取り戻したいから」
リディアは、そこで初めて私に視線を向けた。その瞳は、鋭い剣のように私の心を貫いた。
「そこにいるお嬢さん。あなたが、カイの今のひとね」
「……っ」
「悪いけれど、彼は渡さないわ。私が彼を幸せにする。私こそが、彼の隣に立つべき人間なのだから」
それは、宣戦布告だった。
私の心臓が、ドクンと大きく脈打つ。恐怖と、不安と、そして、負けたくないという強い想いが体中を駆け巡る。
私は、震える唇をぐっと引き結び、一歩前に出た。カイ様の隣に並び立つように。
「お断りします」
私の口から出たのは、自分でも驚くほど、はっきりとした声だった。
「カイ様の隣にいるのは、私です。過去がどうであったとしても、今、彼が選んでいるのは私。そして、これからの未来を共に歩むのも、私です。あなたに、彼を渡すつもりはありません」
リディアの瞳が、面白そうに細められる。
「言うじゃない。……でも、愛の深さでは、私の方が上よ」
「いいえ。私が、誰よりも彼を愛しています」
バルコニーの冷たい空気の中で、私たちの視線が火花を散らす。
過去を背負い、すべてを捨てて愛を取り戻しに来た女。
今を守り、未来を共に作ろうと誓った女。
カイ様は、私たちの間で、苦しげに顔を歪めていた。
そして数週間後、我が国で開かれる建国記念の舞踏会に、カイ様が賓客として再び訪れてくれることになった。
「アイラ、今夜の君は、まるで夜空に咲いた月下香のようだ。気高く、そして甘い香りがする」
舞踏会の会場で、カイ様は私の姿を見るなり、うっとりとそう囁いた。私が今夜のために選んだのは、深い紺色のベルベットのドレス。銀糸で繊細な星屑の刺繍が施されていて、動くたびにキラキラと輝く。
「カイ様こそ、今夜は一段と素敵ですわ。まるで、星々を統べる夜の王子のようです」
「光栄だな。だが、王子が心奪われるのは、たった一人の姫君だけだ」
そう言って、彼は私の手を取り、その手の甲へ礼を尽くすように口づけを添える。その仕草一つで、周りにいた令嬢たちからため息が漏れるのが聞こえた。
(……この幸せ、独り占めしてしまって、ごめんなさい)
心の中でそっと謝りながら、私たちは手を取り合ってワルツの輪の中へと進み出た。カイ様のエスコートは完璧で、私は羽が生えたかのように軽やかにステップを踏むことができる。くるくると回りながら、視線が交差するたびに、二人だけの世界が広がっていく。音楽も、周りの喧騒も、すべてが遠くなって、彼の澄んだ瞳が、ただ私だけを見つめていた。
けれど、幸せな時間は、時として脆い。
ワルツが終わり、二人でバルコニーに出て涼んでいた時のことだった。夜風が火照った頬に心地よい。月明かりが、カイ様の美しい横顔を照らしていた。
「……久しぶりね、カイ」
静寂を破ったのは、凛としていながら、どこか懐かしい響きのある声だった。
振り返ると、そこにいたのは――リディア。
あの日、並木道で見かけたカイ様のかつての婚約者。
彼女は、漆黒のドレスを纏い、闇に溶け込むようにして立っていた。なぜ、彼女がここに? ガレリア帝国の人間は、この舞踏会には招待されていないはずだ。
カイ様の顔が、一瞬で強張る。彼が私を守るように、一歩前に出た。
「リディア……どうしてここにいる」
「あなたに会いに来たのよ。それ以外に、理由なんてないわ」
リディアは、悪びれる様子もなくそう言った。その緑色の瞳は、真っ直ぐにカイ様だけを見つめている。それは、かつて彼を欺いていたスパイの目ではなかった。確かな意志と、そして……深い愛情を湛えた一人の女の目だった。
「もう、昔のようなことはしない。私は……もうスパイはやめたわ」
「……何だと?」
「あの日、あなたを裏切ったこと、後悔しない日はない。でも、任務とあなたの間で、私はずっと苦しんでいた。信じてもらえないかもしれないけれど、あなたを愛していた気持ちは、本物だったの」
彼女の告白に、私は息を呑んだ。カイ様も、動揺を隠せないでいる。
「私は、すべてを捨ててここに来た。国も、地位も、何もかも。ただ、もう一度あなたに会って、この気持ちを伝えたかったから。そして……あなたを取り戻したいから」
リディアは、そこで初めて私に視線を向けた。その瞳は、鋭い剣のように私の心を貫いた。
「そこにいるお嬢さん。あなたが、カイの今のひとね」
「……っ」
「悪いけれど、彼は渡さないわ。私が彼を幸せにする。私こそが、彼の隣に立つべき人間なのだから」
それは、宣戦布告だった。
私の心臓が、ドクンと大きく脈打つ。恐怖と、不安と、そして、負けたくないという強い想いが体中を駆け巡る。
私は、震える唇をぐっと引き結び、一歩前に出た。カイ様の隣に並び立つように。
「お断りします」
私の口から出たのは、自分でも驚くほど、はっきりとした声だった。
「カイ様の隣にいるのは、私です。過去がどうであったとしても、今、彼が選んでいるのは私。そして、これからの未来を共に歩むのも、私です。あなたに、彼を渡すつもりはありません」
リディアの瞳が、面白そうに細められる。
「言うじゃない。……でも、愛の深さでは、私の方が上よ」
「いいえ。私が、誰よりも彼を愛しています」
バルコニーの冷たい空気の中で、私たちの視線が火花を散らす。
過去を背負い、すべてを捨てて愛を取り戻しに来た女。
今を守り、未来を共に作ろうと誓った女。
カイ様は、私たちの間で、苦しげに顔を歪めていた。
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