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第57話
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そんなある日の午後だった。
私は、カイ様への差し入れにお茶菓子を用意して、彼の執務室へ向かっていた。けれど、執務室に彼の姿はなかった。
「少し散策に出られました。おそらく、東の庭園かと」
侍従に聞くと、そう教えてくれた。
東の庭園。そこは、王宮の中でも特に奥まった場所にあり、訪れる人も少ない静かな場所だ。そして、私は知っていた。そこが、かつてカイ様とリディアが、よく二人で会っていたという思い出の場所だということを。
胸騒ぎがした。
嫌な予感が、背筋を駆け上る。私は、侍女に菓子を預けると、早足で東の庭園へと向かった。
たどり着いた庭園の入り口。古いガゼボ(西洋風あずまや)がひっそりと佇むその場所から、話し声が聞こえてきた。カイ様の声だ。そして、もう一人は……。
私は、息をひそめ、大きな木の陰に身を隠した。心臓がドクンドクンと鳴り、手のひらに冷たい汗が浮かぶのを感じながら、そこから見えた光景に私は言葉を失う。
ガゼボの中、カイ様とリディアが二人きりで話していた。
リディアは泣いていた。その美しい顔を涙で濡らし、今にも崩れ落ちそうに肩を震わせている。
「……もう、私には帰る場所なんてないの。信じてくれる人なんて、どこにもいない。カイ……私、どうしたらいいのか、分からない……」
か細い声で、彼女はカイ様に訴える。それは、時計塔で私に見せた強気な姿とは似ても似つかない。あまりにもか弱く、庇護欲をそそる姿だった。
「リディア……」
カイ様の声は、困惑しているように聞こえた。
「お願い、カイ。少しだけでいいの。あなたの側にいさせて。あなたがいてくれるだけで、私は……私は、生きていけるから」
そう言うと、リディアは、ふらりとカイ様の胸に倒れ込んだ。
そして、カイ様は……拒まなかった。
それどころか、ためらうように、けれど確かに、その手がそっと持ち上がり、泣きじゃくる彼女の背中を慰めるように……優しく、数回叩いた。
――世界から、音が消えた。
まるで、何か重いもので頭を殴られたかのように、強烈な衝撃が走った。視界がぐにゃりと歪み、目の前のものがすべてぼやけていく。何が起こったのか、信じることができなかった。いや、信じたくなかった。
その瞬間、心が凍りつき、私はその場に立ち尽くすことしかできなかった。目の前に広がる光景が現実だということが、どうしても受け入れられず、頭の中で何度も「これは夢だ、夢だ」と呟くしかなかった。
『彼は、私を拒めないかもしれないわよ?』
リディアの言葉が、脳内で何度も何度も反響する。
ああ、そうか。彼女の言う通りだったんだ。カイ様は優しいから。泣いている彼女を、突き放すことなんてできなかったんだ。
『それでも、彼は私を選びます。私は、カイ様を信じていますから』
時計塔でリディアに放った私の言葉は、今となってはあまりにも空虚で、どこかおかしく思えて仕方ない。「信じている」と、何の根拠もなく口にしたその瞬間、それが真実だと信じた自分が、どれほど愚かだったかが痛いほど分かる。
それはただの願望、ただの希望だったのだと、今さらながら思い知らされている。その無力感が、心の中で膨らんでいくのを感じ、言葉を発した自分が恥ずかしかった。
胸の内に、引き裂かれるような痛みが走り、息をすることすら苦しくなる。涙があふれ、視界が徐々に滲んでいく。もう、この瞬間を見ていられない。自分を抑えることができず、足が自然と後ろへ下がっていく。私はそのまま足を動かし、急ぎ足でその場を離れていった。
私は、カイ様への差し入れにお茶菓子を用意して、彼の執務室へ向かっていた。けれど、執務室に彼の姿はなかった。
「少し散策に出られました。おそらく、東の庭園かと」
侍従に聞くと、そう教えてくれた。
東の庭園。そこは、王宮の中でも特に奥まった場所にあり、訪れる人も少ない静かな場所だ。そして、私は知っていた。そこが、かつてカイ様とリディアが、よく二人で会っていたという思い出の場所だということを。
胸騒ぎがした。
嫌な予感が、背筋を駆け上る。私は、侍女に菓子を預けると、早足で東の庭園へと向かった。
たどり着いた庭園の入り口。古いガゼボ(西洋風あずまや)がひっそりと佇むその場所から、話し声が聞こえてきた。カイ様の声だ。そして、もう一人は……。
私は、息をひそめ、大きな木の陰に身を隠した。心臓がドクンドクンと鳴り、手のひらに冷たい汗が浮かぶのを感じながら、そこから見えた光景に私は言葉を失う。
ガゼボの中、カイ様とリディアが二人きりで話していた。
リディアは泣いていた。その美しい顔を涙で濡らし、今にも崩れ落ちそうに肩を震わせている。
「……もう、私には帰る場所なんてないの。信じてくれる人なんて、どこにもいない。カイ……私、どうしたらいいのか、分からない……」
か細い声で、彼女はカイ様に訴える。それは、時計塔で私に見せた強気な姿とは似ても似つかない。あまりにもか弱く、庇護欲をそそる姿だった。
「リディア……」
カイ様の声は、困惑しているように聞こえた。
「お願い、カイ。少しだけでいいの。あなたの側にいさせて。あなたがいてくれるだけで、私は……私は、生きていけるから」
そう言うと、リディアは、ふらりとカイ様の胸に倒れ込んだ。
そして、カイ様は……拒まなかった。
それどころか、ためらうように、けれど確かに、その手がそっと持ち上がり、泣きじゃくる彼女の背中を慰めるように……優しく、数回叩いた。
――世界から、音が消えた。
まるで、何か重いもので頭を殴られたかのように、強烈な衝撃が走った。視界がぐにゃりと歪み、目の前のものがすべてぼやけていく。何が起こったのか、信じることができなかった。いや、信じたくなかった。
その瞬間、心が凍りつき、私はその場に立ち尽くすことしかできなかった。目の前に広がる光景が現実だということが、どうしても受け入れられず、頭の中で何度も「これは夢だ、夢だ」と呟くしかなかった。
『彼は、私を拒めないかもしれないわよ?』
リディアの言葉が、脳内で何度も何度も反響する。
ああ、そうか。彼女の言う通りだったんだ。カイ様は優しいから。泣いている彼女を、突き放すことなんてできなかったんだ。
『それでも、彼は私を選びます。私は、カイ様を信じていますから』
時計塔でリディアに放った私の言葉は、今となってはあまりにも空虚で、どこかおかしく思えて仕方ない。「信じている」と、何の根拠もなく口にしたその瞬間、それが真実だと信じた自分が、どれほど愚かだったかが痛いほど分かる。
それはただの願望、ただの希望だったのだと、今さらながら思い知らされている。その無力感が、心の中で膨らんでいくのを感じ、言葉を発した自分が恥ずかしかった。
胸の内に、引き裂かれるような痛みが走り、息をすることすら苦しくなる。涙があふれ、視界が徐々に滲んでいく。もう、この瞬間を見ていられない。自分を抑えることができず、足が自然と後ろへ下がっていく。私はそのまま足を動かし、急ぎ足でその場を離れていった。
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