幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

佐藤 美奈

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第65話

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私が意識を取り戻した時、周囲には石造りの冷たい壁が迫り、カビの湿った匂いが鼻を突いた。そこは光を拒む闇に覆われ、まるで忘れ去られた地下の牢獄のような重苦しく息苦しい空間だった。

背中の後ろでごわごわと硬く編まれた縄が手足を縛り上げ、その拘束感は逃れられぬ牢獄のようだった。口には猿ぐつわが押し込まれ声は完全に封じられて、抵抗の叫びは暗闇に吸い込まれていった。

(……ここは、どこ……?)

周囲の状況を把握しようと動こうとした瞬間、全身の節々が軋む音を立て、刺すような痛みがじわじわと体中に広がり、身動きひとつ満足に取れないもどかしさに苦しめられた。どうやら、地下牢のような場所らしい。壁の小さな窓からは、ほんのわずかな月明かりが差し込んでいるだけだった。

絶望に押しつぶされそうな胸の奥で、涙がじわりとこぼれ落ちそうになった。それでも、その涙を流すことは許されない。今は、凍りついた感情を解き放ち、立ち向かわねばならなかった。

恐怖に足がすくむのを必死にこらえながら、私は意識を研ぎ澄ませて耳を澄ました。鉄扉の向こうからは、男たちの低い話し声が波のように押し寄せ、その先に何か危険な影を感じずにはいられなかった。

「……うまくいったな。まさか、公爵令嬢をさらうなんて、大博打だったが」

「ああ。これで、あのいまいましい王弟殿下も、俺たちの言いなりだ」

「奴は必ず来る。あの女は、奴にとって最高の“餌”だからな」

『餌』『人質』――その冷酷な響きが私の鼓動を止め、血潮が凍りついたかのように身体を硬直させた。まるで底知れぬ闇に飲み込まれるような感覚だった。

狙いはただ一つ、カイ様をおびき寄せること。私が人質となることで、あの方を危険な罠へと誘導しようとしているのだ。そんな現実に気づいた瞬間、胸の奥が押しつぶされそうになった。

(ダメ……! 来ちゃダメよ、カイ様!)

頭の中で懸命に叫び続ける。あの人が、こんな下劣な罠に落ちてしまうはずがないと。しかし同時に、感情の深いところからは、矛盾に満ちた不安な叫びがこだましていた。

(……でも、会いたい。怖い。早く助けに来て……)

彼に来てほしいという切実な願いと、同時に来ないでほしいという恐怖が心の中で激しくぶつかり合った。その相反する思いが心の中で激しくぶつかり合い、胸は耐えきれぬほどの痛みに引き裂かれそうだった。

いや、絶対に諦めてはいけない。私が覚悟を決めて立ち上がらなければ。カイ様を危険に引き寄せるわけにはいかない。だからこそ、私がこの場所から抜け出し、彼を守るための道を見つけ出すんだ。

私は決意を固めると、隠し持っていたものを探した。それは、カイ様が『君の髪には、星のかけらがよく似合う』と言って贈ってくれた星の形をした小さなかんざしだった。誘拐される直前、とっさにドレスの袖の隠しポケットに滑り込ませていた。

幸い、犯人たちはそこまで身体検査をしなかったらしい。私は、必死に体をよじり指先で簪を探る。

(あった!)

指先で簪をどうにか掴むと、背中に回した手の中で、少しずつ縄を切ろうと試みた。硬い縄は、なかなか切れない。でも、諦めるわけにはいかなかった。

忍び足のように控えめなきしる音を響かせながら、細く鋭い刃先で縄を削っていく。ひときわ鮮明に響いたその音が、静かな緊張の糸を一気に張りつめさせた。まさにその時だった。

「――おい、何をしてる」

突然、牢の扉が開き、看守らしき男が入ってきた。

(しまった、見つかった!)

男は、私の手から簪をひったくると、にやりと汚い歯を見せて笑った。
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