幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

佐藤 美奈

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第67話

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「あなたたち……自分の生まれた国も、貴族としての誇りも、すべて捨ててしまったのね。敵国に魂を売ってまで、手に入れたいものって、何?」

「うるさい! 説教しないで! 私たちが何もかも失ったのは、全部あんたのせいじゃない! あんたが、カイ殿下の隣で幸せそうに笑っているからよ!」

「そうだ! 俺達が不幸なのは、全部お前のせいだ!」

私の問いに、ローズが瞬時に反応した。金切り声が耳を突き刺すように響き、その声にはあまりにも露骨な動揺が隠せなかった。そのすぐ後、オリバーが同意する形で冷酷に続ける。

「俺たちが泥水をすすって生きている間に、お前たちは愛を育み、未来を誓い合った。許せるものか! 俺たちがどん底から這い上がるために、お前を利用して、何が悪い!」

ふたりの目には、すでに理性が完全に消えていた。その目に浮かんでいたのは、ただ自分たちの不幸を他人のせいにして、それを心の中で膨らませていく感情と、それに支配された怒りだけだった。

自分たちの辛さを誰かにぶつけることでしか、気持ちを楽にできなくなっているように見えた。瞳の奥に広がるその感情は、ただの怒りや悲しみではなく、破壊を求めるようなものだった。

(ダメだ、話が通じない……)

私は、作戦を変えることにした。彼らを挑発し、隙を作り出すしかない。

(相手の裏をかくには、こちらから心をかき乱す)

「ふふっ……ああ、そう。可哀想に。でも、残念だったわね。あなたたちがどんなに足掻いても、カイ様は、あなたたちなんかに負けはしない。彼は、あなたたちが想像もできないくらい、強くて、賢くて、そして……私を愛してくれているから!」

「黙れッ!!!!」

私の挑発に、逆上したローズの手が鋭く振り上げられる。
パンッ! という乾いた一撃が私の顔面を正確にとらえた。火でも灯されたかのような熱が右頬を駆け上がり、思考が一瞬、真っ白に塗りつぶされる。

脚から力が抜け、私は無様に石の床へと崩れ落ちた。冷たさが皮膚を刺し、口の中には錆びた鉄の味がじわじわと満ちていく。見上げると、ローズが肩で息をしながら立ち尽くしていた。その表情には怒りの名残と、言葉にできない揺らぎが混じっていた。

「……その、余裕ぶった顔が、気に食わないのよ!」

じんじんと痛む頬が、現実の重さを教えてくる。涙ではなく、でもそれに近い何かが、視界の端を滲ませていた。強くなりたかった。何もかも打ち破る力が欲しかった。でも今の私は、こうして縛られたまま、ただ悔しさに身を震わせるだけ。

ずっとまとってきた心の鎧が、音を立てて剥がれ落ちていく。強さを装う仮面の裏から、こぼれそうな涙が今にも溢れ出そうだった。だけど、泣くことだけは許せなかった。

(カイ様……私のために、危険な道を踏み込まないで……そんなこと、望んでいない。でも……私、もう、限界なの。この孤独と恐怖に、押し潰されそう。どうか、どうか……あなたに抱きしめてほしい……カイ様)

私は、声にならない叫びを胸の奥に押し込めながら――ただ、彼の名を、何度も何度も心の中で呼んでいた。
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