幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

佐藤 美奈

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第68話

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その頃、王都の裏社会に精通する男が、カイの前に引きずり出されていた。男は、カイの全身から放たれる人間離れした殺気に、腰を抜かさんばかりに震えている。

「……申し上げます、殿下。お探しの人々は、おそらく、西の森にある古い砦に……。そこは、数年前からガレリア帝国の残党が、アジトとして使っているという噂が……」

「……オリバーとローズだな」

カイの瞳がわずかに細められたかと思った次の瞬間、情報屋の声がぴたりと止まった。低く抑えた声で呟かれたその一言が、場の空気を一変させる。すでに彼の情報部隊は、誘拐の裏に潜む真実を突き止めていた。あの追放者たちが再び暗闇の底で息づき始め、敵国の残された火種と手を組んでいたという覆しようのない証拠とともに。

「許さない。私怨にかられて、国を裏切り、挙句の果てに……俺のアイラを奪うとは。……絶対に、許さない」

その声は、怒りを飲み込んだ末に絞り出された、静かな断罪のようだった。カイの瞳は何かを決めた者のそれに変わり、彼は立ち上がると、壁にかけてあった愛剣を迷いなく引き抜く。刃先に宿った青白い光は、まるで彼の怒りに呼応して鼓動を刻んでいるかのように脈打ち、剣そのものが意志を持つかのように輝いていた。

「今から、砦へ向かう。精鋭を二十名集めろ。夜明けと共に、突入する」

「はっ!」

「目的は、アイラ様の奪還。そして、我が国を脅かす害虫の駆除だ。抵抗する者は、一人残らず斬り捨てろ」

命令の一言に、温情という選択肢は最初から存在していなかった。騎士団長の表情が揺らいだのは一瞬だけ。カイの目を見たとたん、その揺れは静かに消えた。燃えるように澄んだその瞳は、もはや交渉では揺るがぬ領域にあり、そこに宿る意志の重さが、言葉よりも雄弁にすべてを物語っていた。

「必ず、取り戻す……俺の光を、二度と誰にも奪わせはしない!」

獅子が放つその一声は、叫びというよりも運命を告げる鐘のようだった。夜の底に沈む街に、それは確かに届いていた――夜明けよりも早く、変化を告げる音として。



薄明の光が、東の空にかすかに差し始めた。夜の終わりと、何かの始まりが交差するわずかな隙間。そのとき、私の囚われたこの古い砦に、見えない波が押し寄せてきた。嵐のように荒れ狂うわけではない。だが、すべてを飲み込む静かな怒りのような気配が、今この場所に満ちつつあるのを私は確かに感じていた。

身体は縛られても、心までは縛られていなかった。ローズの手が私の頬を打ちつけ、縄が再び締められたあの瞬間さえ、私の中に消えない炎は確かに灯っていた。
諦めること――それこそが、真の終わりだと知っていたから。

私は、床に散った簪の破片を、指先の感覚だけを頼りに探し続けた。そしてようやく見つけた鋭く尖った一欠片。誰にも気づかれないように、それを背中へと持っていき、夜の静寂に紛れて縄に刃をあてる。一筋の繊維を断つたびに、私は確実に自分の運命を切り開こうとしていた。

(お願い、切れて……!)

指先は傷だらけになり、もう感覚がほとんどない。それでも、私は歯を食いしばって腕を動かし続けた。

沈黙を破ったのは、甲高く鋭い音――剣と剣が衝突する激しい響きだった。その直後、誰かが息絶えるような悲鳴を上げ、それが幾つも続いた。何が起きているのか分からない。ただ、確実に砦の外で“何か”が崩れ始めていることだけは、音の密度で感じ取れた。

牢番たちが騒然とし、怒鳴りながら駆け出していく。その様子は、予想外の敵に動揺する軍隊のようだった。私は息を潜めながら、音の向こう側にいる誰かを心の中で必死に呼び続けた。
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