9 / 33
幼馴染の理不尽な要望
しおりを挟む
ランスロット男爵家の扉は、アルディンにとって新たな試練の始まりだった。何度も呼び鈴を鳴らし、ようやく出てきた侍女は、迷惑そうな顔で彼に告げた。
「アルディン様でいらっしゃいますね。お嬢様は、お会いになりたくないと申しております」
「そこをなんとか頼む! リーシャに、どうしても伝えなければならないことがあるんだ」
彼が必死に食い下がると、侍女は困ったように眉を寄せた。
「……リーシャお嬢様は、アルディン様に叩かれた頬が、まだ痛んで会える状態ではない、と。本日はお引き取りください」
平手打ちをした。あの日の記憶が蘇る。リーシャの裏の顔を知り、長い間セフィーナに嫌がらせをしていた。その事実に我を忘れてしまったとはいえ、彼女の顔を打った事実は消えない。後悔と自己嫌悪が胸を焼く。だが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
「頼む! リーシャの機嫌が直るなら、何でもする! そう伝えてくれ!」
侍女はため息をつきながら奥へと戻り、しばらくして再びアルディンの前に現れた。その手には、一枚のメモが握られている。
「お嬢様からの伝言です。『私の気持ちに寄り添う覚悟がおありなら、まずは王都で一番と評判のパティスリー『ラ・レーヌ』のミルクレープをホールで。それから、先日ブティックで見て欲しかったけど高額で諦めたシルクとレースをふんだんに使ったエメラルドグリーンのドレスを用意してちょうだい。それができたら、会うだけ会ってあげるわ』とのことです」
あまりに我儘で、身勝手な要求。今のオルステリア家に、そんな高価なものを買う余裕などあるはずもなかった。だが、アルディンにはもう、彼女の要求を飲む以外の選択肢は残されていなかった。
「……わかった。必ず、用意する」
声を絞り出し、アルディンは足早にその場を離れた。
(母の宝石箱からいくつか拝借して、それを売ってリーシャのドレスを買おう)
伯爵家を救うため。アルディンは、どこまでも堕ちていく覚悟を決めた。リーシャを説得する前から、これほどまでに道が険しいとは。彼女の拗ねた心を解きほぐすのは、至難の業になりそうだった。
リーシャからの面会条件は、悪魔の囁きのようにアルディンの頭の中で反響していた。王都一のパティスリー『ラ・レーヌ』のミルクレープ。これは大丈夫。ケーキが高価でも、問題になるほどの額ではない。
しかし、問題は高級ブティックに飾られていたシルクとレースを贅沢にあしらったエメラルドグリーンのドレス。一応、店に行って値札を確認したが、見た瞬間、頭がクラクラして立っていられなくなりそうだった。今のオルステリア伯爵家の財政状況では、到底手の届かない夢のまた夢のような品だ。
だが、これを用意しなければ、リーシャに会うことすらできない。リーシャに会えなければ、セフィーナへの謝罪は叶わない。そして、セフィーナの許しがなければ、オルステリア家は……破滅する。
「道は、これしかない。どんな手を使ってでも、どんな犠牲を払ってでも条件を整える」
その夜、アルディンは幽霊のような足取りで、母の寝室へと向かった。目的はただ一つ。先祖代々受け継がれてきた母の宝石箱。家のため家族のために、彼は手を汚すのだった。
「アルディン様でいらっしゃいますね。お嬢様は、お会いになりたくないと申しております」
「そこをなんとか頼む! リーシャに、どうしても伝えなければならないことがあるんだ」
彼が必死に食い下がると、侍女は困ったように眉を寄せた。
「……リーシャお嬢様は、アルディン様に叩かれた頬が、まだ痛んで会える状態ではない、と。本日はお引き取りください」
平手打ちをした。あの日の記憶が蘇る。リーシャの裏の顔を知り、長い間セフィーナに嫌がらせをしていた。その事実に我を忘れてしまったとはいえ、彼女の顔を打った事実は消えない。後悔と自己嫌悪が胸を焼く。だが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
「頼む! リーシャの機嫌が直るなら、何でもする! そう伝えてくれ!」
侍女はため息をつきながら奥へと戻り、しばらくして再びアルディンの前に現れた。その手には、一枚のメモが握られている。
「お嬢様からの伝言です。『私の気持ちに寄り添う覚悟がおありなら、まずは王都で一番と評判のパティスリー『ラ・レーヌ』のミルクレープをホールで。それから、先日ブティックで見て欲しかったけど高額で諦めたシルクとレースをふんだんに使ったエメラルドグリーンのドレスを用意してちょうだい。それができたら、会うだけ会ってあげるわ』とのことです」
あまりに我儘で、身勝手な要求。今のオルステリア家に、そんな高価なものを買う余裕などあるはずもなかった。だが、アルディンにはもう、彼女の要求を飲む以外の選択肢は残されていなかった。
「……わかった。必ず、用意する」
声を絞り出し、アルディンは足早にその場を離れた。
(母の宝石箱からいくつか拝借して、それを売ってリーシャのドレスを買おう)
伯爵家を救うため。アルディンは、どこまでも堕ちていく覚悟を決めた。リーシャを説得する前から、これほどまでに道が険しいとは。彼女の拗ねた心を解きほぐすのは、至難の業になりそうだった。
リーシャからの面会条件は、悪魔の囁きのようにアルディンの頭の中で反響していた。王都一のパティスリー『ラ・レーヌ』のミルクレープ。これは大丈夫。ケーキが高価でも、問題になるほどの額ではない。
しかし、問題は高級ブティックに飾られていたシルクとレースを贅沢にあしらったエメラルドグリーンのドレス。一応、店に行って値札を確認したが、見た瞬間、頭がクラクラして立っていられなくなりそうだった。今のオルステリア伯爵家の財政状況では、到底手の届かない夢のまた夢のような品だ。
だが、これを用意しなければ、リーシャに会うことすらできない。リーシャに会えなければ、セフィーナへの謝罪は叶わない。そして、セフィーナの許しがなければ、オルステリア家は……破滅する。
「道は、これしかない。どんな手を使ってでも、どんな犠牲を払ってでも条件を整える」
その夜、アルディンは幽霊のような足取りで、母の寝室へと向かった。目的はただ一つ。先祖代々受け継がれてきた母の宝石箱。家のため家族のために、彼は手を汚すのだった。
1,414
あなたにおすすめの小説
もう演じなくて結構です
梨丸
恋愛
侯爵令嬢セリーヌは最愛の婚約者が自分のことを愛していないことに気づく。
愛しの婚約者様、もう婚約者を演じなくて結構です。
11/5HOTランキング入りしました。ありがとうございます。
感想などいただけると、嬉しいです。
11/14 完結いたしました。
11/16 完結小説ランキング総合8位、恋愛部門4位ありがとうございます。
幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!
ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。
同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。
そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。
あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。
「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」
その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。
そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。
正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
【完結】精神的に弱い幼馴染を優先する婚約者を捨てたら、彼の兄と結婚することになりました
当麻リコ
恋愛
侯爵令嬢アメリアの婚約者であるミュスカーは、幼馴染みであるリリィばかりを優先する。
リリィは繊細だから僕が支えてあげないといけないのだと、誇らしそうに。
結婚を間近に控え、アメリアは不安だった。
指輪選びや衣装決めにはじまり、結婚に関する大事な話し合いの全てにおいて、ミュスカーはリリィの呼び出しに応じて行ってしまう。
そんな彼を見続けて、とうとうアメリアは彼との結婚生活を諦めた。
けれど正式に婚約の解消を求めてミュスカーの父親に相談すると、少し時間をくれと言って保留にされてしまう。
仕方なく保留を承知した一ヵ月後、国外視察で家を空けていたミュスカーの兄、アーロンが帰ってきてアメリアにこう告げた。
「必ず幸せにすると約束する。どうか俺と結婚して欲しい」
ずっと好きで、けれど他に好きな女性がいるからと諦めていたアーロンからの告白に、アメリアは戸惑いながらも頷くことしか出来なかった。
婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢
alunam
恋愛
婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。
既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……
愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……
そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……
これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。
※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定
それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる