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第9話
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それからの日々は、奇妙に穏やかだった。
フレッド様との関係は一応修復された、ということになったけれど、彼はやはり『神殿の務めが多忙で』という理由で、屋敷を訪れることはなかった。たまに届くのは、定型的な挨拶文と、結婚式の準備についての簡単な問いかけだけだった。その一文一文が、ひどく白々しく感じられた。
そんな中で、私にとっての安らぎは、ヒューゴ様と過ごす時間だったりした。
彼は基本的に書斎にこもって仕事をしていることが多い。最初は、あの近寄りがたい雰囲気に緊張していたけれど、姉様が不在の時に私がお茶を持っていくと、意外にも穏やかな顔で迎えてくれるようになった。
「マリア嬢。君の淹れる茶は、カミーユのより数段美味いな」
「まあ、お世辞でも嬉しいですわ」
「世辞じゃない。あいつのは、茶葉を蒸らしすぎるか、逆に薄すぎるかのどっちかだ」
そう言って笑う顔は、外交の場で見せる仮面のような笑みとは違う、年相応の青年の顔だった。
ある日の午後、庭のベンチでぼんやりと空を眺めていると、いつの間にかヒューゴ様が隣に座っていた。
「悩みがあるなら、聞くぞ」
「えっ」
「婚約者のことでも、それ以外のことでも、なんでもだ。俺は、君の味方だ。それくらいは信用してもらいたい」
まっすぐな銀灰色の瞳。その真摯な眼差しに、胸の奥がじんわりと温かくなる。この人は、私のことをちゃんと一人の人間として見てくれている。誰かの付属品でも、飾りでもなく。
「……ありがとうございます、ヒューゴ様。そう言っていただけるだけで、心強いです」
この時は、まだ彼に甘えることはできなかった。でも、この義兄がそばにいてくれることが、私の大きな支えになっていたのは事実だった。
そんな穏やかな日常が、再び揺らぎ始めたのは、それから数週間後のこと。
その日、私はヒューゴ様に、彼の書斎へと深刻な顔で呼び出された。
「マリア嬢、君に頼みたいことがある。いや、相談、と言うべきか……」
いつもの余裕のある態度とは違う、彼の困惑しきった表情に、私の心臓が嫌な音を立てる。
「どうかなさいましたの?」
「……単刀直入に言う。最近、カミーユの様子がおかしいんだ」
ヒューゴ様は、苦々しくそう切り出した。
「おかしい、とは?」
「……浮気を、しているかもしれない」
衝撃、という言葉では足りなかった。頭を鈍器で殴られたような感覚。耳がキーンと鳴って、彼の言葉がうまく理解できなかった。
フレッド様との関係は一応修復された、ということになったけれど、彼はやはり『神殿の務めが多忙で』という理由で、屋敷を訪れることはなかった。たまに届くのは、定型的な挨拶文と、結婚式の準備についての簡単な問いかけだけだった。その一文一文が、ひどく白々しく感じられた。
そんな中で、私にとっての安らぎは、ヒューゴ様と過ごす時間だったりした。
彼は基本的に書斎にこもって仕事をしていることが多い。最初は、あの近寄りがたい雰囲気に緊張していたけれど、姉様が不在の時に私がお茶を持っていくと、意外にも穏やかな顔で迎えてくれるようになった。
「マリア嬢。君の淹れる茶は、カミーユのより数段美味いな」
「まあ、お世辞でも嬉しいですわ」
「世辞じゃない。あいつのは、茶葉を蒸らしすぎるか、逆に薄すぎるかのどっちかだ」
そう言って笑う顔は、外交の場で見せる仮面のような笑みとは違う、年相応の青年の顔だった。
ある日の午後、庭のベンチでぼんやりと空を眺めていると、いつの間にかヒューゴ様が隣に座っていた。
「悩みがあるなら、聞くぞ」
「えっ」
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まっすぐな銀灰色の瞳。その真摯な眼差しに、胸の奥がじんわりと温かくなる。この人は、私のことをちゃんと一人の人間として見てくれている。誰かの付属品でも、飾りでもなく。
「……ありがとうございます、ヒューゴ様。そう言っていただけるだけで、心強いです」
この時は、まだ彼に甘えることはできなかった。でも、この義兄がそばにいてくれることが、私の大きな支えになっていたのは事実だった。
そんな穏やかな日常が、再び揺らぎ始めたのは、それから数週間後のこと。
その日、私はヒューゴ様に、彼の書斎へと深刻な顔で呼び出された。
「マリア嬢、君に頼みたいことがある。いや、相談、と言うべきか……」
いつもの余裕のある態度とは違う、彼の困惑しきった表情に、私の心臓が嫌な音を立てる。
「どうかなさいましたの?」
「……単刀直入に言う。最近、カミーユの様子がおかしいんだ」
ヒューゴ様は、苦々しくそう切り出した。
「おかしい、とは?」
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