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第37話
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「まさか、あの人が……いや、きっとそうだわ。あの人しかいない」
その確信がセリーヌの胸に強く芽生えた瞬間、絶望と共に、ふと小さな光が灯った。犯人がもしわかっているのなら、まだ打つ手があるかもしれない。希望のかけらが彼女の心を少しだけ温めた。
ある夜、セリーヌは書斎で捜査の報告書に目を凝らしながら、どこか遠くを見つめるルドルフの元へ向かった。
「――ルドルフ。私に、心当たりがございます」
「本当か!?」
その真剣な声に、ルドルフは思わず驚きの表情を浮かべた。予想もしなかった言葉に、一瞬言葉を失い、目の前のセリーヌを見つめながら、彼の心は一瞬で混乱に包まれた。
セリーヌは、少し躊躇しながらも、決して後ろ髪を引かれることなく一歩前に進み出ると、深く息を吸い込み意を決して言葉を紡いだ。
「はい。ですが……これは、私の過去が生んだ、亡霊なのです。陛下の手を煩わせるわけにはまいりません。どうか、この件は、私に預けてはいただけないでしょうか」
「何を言うんだ、セリーヌ! 君一人で行かせるなど、できるわけがないだろう!」
ルドルフは激しく反対したが、セリーヌの瞳は微動だにしなかった。それは、皇后としての冷静さを保った瞳ではなく、ただひたすらに我が子を救い出すために戦おうとする、一人の母親としての決死の覚悟を宿した瞳だった。彼女のその目は、どんな言葉にも、どんな反対にも揺るがなかった。
「犯人は、おそらく、私が直接会わなければ、交渉のテーブルにすらつかないでしょう。大軍を差し向ければ、逆上して、クロエに何をするかわかりません。お願いです、ルドルフ。私を、信じてください」
ルドルフは、苦悩に顔を歪めた。愛する妻を、たった一人で危険な虎の穴に送り込むなど、考えただけで心が引き裂かれそうだった。しかし、セリーヌの言うことにも一理があると彼は冷静に考え始めた。
何より、母親としての彼女の決意を、無下にすることはできなかった。彼女がどれだけ強い意志を持っているかを理解していたからこそ、彼は心の中で葛藤しながらも、その選択を尊重せざるを得なかった。
「……わかった」
長い沈黙が二人の間に流れ、ルドルフはその重い空気を感じながら深く息を吐いた。何度も頭の中で考えを巡らせた末、彼はゆっくりと重々しく頷いた。その表情には決意が込められており、何かを受け入れたことで、これから先に待つであろう試練を覚悟したように見えた。
「だが、約束してくれ。決して、無理はしないと。君の身に何かあれば、私は……私は、世界を焼き尽くしてでも、犯人を八つ裂きにするだろう」
その言葉は、夫としての、ぎりぎりの愛情を込めた表現だった。彼の心の奥底で、言葉にすることさえためらわれるような感情が溢れ、必死に抑えながらも彼はセリーヌに伝えたかった。愛し合う者として、決して傷つけたくないという強い思いが、その一言に凝縮されていた。
「はい。ありがとう存じます、陛下」
セリーヌは、ルドルフを刺激したくないという本当の理由を、決して口にしなかった。それは、ブラッドが帝国の皇帝であるルドルフに対して、どれほどの嫉妬と劣等感を抱いているかを彼に知られたくなかったからだ。
自分の心の中で、それは母と元夫との間で繰り広げられる対決であり、その戦いの中で、無用な刺激を与えることは避けたかった。だからこそ、護衛は必要最低限にとどめようと決め、セリーヌは慎重に帝国最強の騎士たちの中から、ほんの数名を選び出すことにした。
その確信がセリーヌの胸に強く芽生えた瞬間、絶望と共に、ふと小さな光が灯った。犯人がもしわかっているのなら、まだ打つ手があるかもしれない。希望のかけらが彼女の心を少しだけ温めた。
ある夜、セリーヌは書斎で捜査の報告書に目を凝らしながら、どこか遠くを見つめるルドルフの元へ向かった。
「――ルドルフ。私に、心当たりがございます」
「本当か!?」
その真剣な声に、ルドルフは思わず驚きの表情を浮かべた。予想もしなかった言葉に、一瞬言葉を失い、目の前のセリーヌを見つめながら、彼の心は一瞬で混乱に包まれた。
セリーヌは、少し躊躇しながらも、決して後ろ髪を引かれることなく一歩前に進み出ると、深く息を吸い込み意を決して言葉を紡いだ。
「はい。ですが……これは、私の過去が生んだ、亡霊なのです。陛下の手を煩わせるわけにはまいりません。どうか、この件は、私に預けてはいただけないでしょうか」
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ルドルフは激しく反対したが、セリーヌの瞳は微動だにしなかった。それは、皇后としての冷静さを保った瞳ではなく、ただひたすらに我が子を救い出すために戦おうとする、一人の母親としての決死の覚悟を宿した瞳だった。彼女のその目は、どんな言葉にも、どんな反対にも揺るがなかった。
「犯人は、おそらく、私が直接会わなければ、交渉のテーブルにすらつかないでしょう。大軍を差し向ければ、逆上して、クロエに何をするかわかりません。お願いです、ルドルフ。私を、信じてください」
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何より、母親としての彼女の決意を、無下にすることはできなかった。彼女がどれだけ強い意志を持っているかを理解していたからこそ、彼は心の中で葛藤しながらも、その選択を尊重せざるを得なかった。
「……わかった」
長い沈黙が二人の間に流れ、ルドルフはその重い空気を感じながら深く息を吐いた。何度も頭の中で考えを巡らせた末、彼はゆっくりと重々しく頷いた。その表情には決意が込められており、何かを受け入れたことで、これから先に待つであろう試練を覚悟したように見えた。
「だが、約束してくれ。決して、無理はしないと。君の身に何かあれば、私は……私は、世界を焼き尽くしてでも、犯人を八つ裂きにするだろう」
その言葉は、夫としての、ぎりぎりの愛情を込めた表現だった。彼の心の奥底で、言葉にすることさえためらわれるような感情が溢れ、必死に抑えながらも彼はセリーヌに伝えたかった。愛し合う者として、決して傷つけたくないという強い思いが、その一言に凝縮されていた。
「はい。ありがとう存じます、陛下」
セリーヌは、ルドルフを刺激したくないという本当の理由を、決して口にしなかった。それは、ブラッドが帝国の皇帝であるルドルフに対して、どれほどの嫉妬と劣等感を抱いているかを彼に知られたくなかったからだ。
自分の心の中で、それは母と元夫との間で繰り広げられる対決であり、その戦いの中で、無用な刺激を与えることは避けたかった。だからこそ、護衛は必要最低限にとどめようと決め、セリーヌは慎重に帝国最強の騎士たちの中から、ほんの数名を選び出すことにした。
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