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第38話
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何度も連絡を取り、ブラッドが指定した場所へと足を運んだ。恐らく、彼は警戒心を強めているだろう。それもそのはず、皇女を誘拐したのだから。しかし、セリーヌは一人で会うという条件を引き受け、約束通り、護衛は少し離れた場所で待機させた。
訪れた場所は、ブラッドの心そのものが映し出されたかのような場所だった。暗くて陰気な館の姿は、その雰囲気からしても、何か恐ろしい秘密を抱えているかのように感じさせる。セリーヌは馬車から降り、目の前にそびえ立つその古びた扉を見つめた。息を呑みながら一歩一歩、静かに足を踏み出し扉の前に立つ。
その扉が、重々しく音を立てて開かれると、暗闇の中からブラッドが姿を現した。以前の彼とは別人のようだった。目の下には深い隈ができ、顔色は青白く病人のように思えた。セレニティの館に押しかけて復縁を迫ったあの時の、まだ明るさが残っていた面影は、今ではまったく感じられなかった。
それでも、彼の目には、何か言い知れぬ力が感じられた。セリーヌはその目を見つめ、心の中で何かが震えるのを感じた。彼の存在そのものが恐怖で、悪霊に取り憑かれたかのような凄まじさを帯びているようだった。
「……来たか、セリーヌ」
その声は、長い間声を出していなかったかのように、ひどくかすれていた。さらに、ブラッドの周りには、どこか不気味で悪しき顔をした数人の男たちが現れた。彼らは、クロエをさらった際にブラッドに協力した。そして最近解放されたばかりの札付きの危険人物たちだった。
「私には、一人で会うように言っておきながら、あなたはどうしてこんな人達を連れてきたの?」
「奴らには、少し離れさせておこう。こちらも警戒しているからな。でも、まさか本当に一人で来るとは思わなかったよ。皇帝は君が心配じゃないのか?」
「ルドルフは心配してくれたわ。でも、それでも私の意見を尊重してくれたのよ。さあ、クロエをどこへやったの。今すぐ、あの子を返しなさい!」
娘を返せとセリーヌの声が、怒りを抑えきれずに震えながら、広大なホールの空間に響き渡った。その声は、誰もがその激しさに圧倒されるかのようだった。ブラッドは、予想外の剣幕に一瞬、動揺を見せたが、その表情に浮かべた冷笑が、すぐにその隙間を埋めた。彼女の怒りをもてあそぶかのように、挑戦的な微笑を浮かべていた。
「クロエなら、安全な場所にいる。とても、大事にしているさ。さすがは、俺の娘だ。日に日に、美しくなっていく」
「ふざけないで!」
「ふざけてなどいない。俺は、ただ、父親としての務めを果たしているだけだ」
そのあまりにも身勝手な言い分に、セリーヌは言葉を失った。目の前の男が自分の行動に対して一切の疑念を抱かず、心の底からそれが正義だと信じ込んでいるかのように感じられた。その思い込みが、彼の言葉や振る舞いに深く滲み出ているのが、セリーヌの胸に冷たい立ち上る寒気をもたらした。
ブラッドは、セリーヌの動揺を楽しむかのように、ゆっくりとした足取りで彼女に近づいてきた。その足音が、静寂の中で異様に響き、セリーヌの心をさらに焦がす。彼の瞳の奥には、冷静でありながらも何かが歪んだ狂気の炎が揺らめいているのが見えた。
「セリーヌ……俺は、お前を失いたくない。どうしてもだ。だから、戻ってきてくれ」
彼は突然、セリーヌの腕を掴もうと手を伸ばした。その瞬間、セリーヌは体が反応したのを感じ、ほとんど無意識にその手を払いのけた。彼の腕に触れた手のひらから、不快なものに触れたかのような嫌悪感が、胸にひやりとした感覚となって広がった。
「クロエを返してほしければ、俺の元に戻ってこい。あの皇帝を捨てて、もう一度、俺の妻になるんだ。そうすれば、また三人で昔のように幸せに暮らせる」
「……狂っているわ……」
セリーヌは、恐怖と怒りに体が揺れながら呟いた。この男は、正気を失っている。ブラッドが放つその眼差しは、彼が抱える深い孤独と絶望がにじみ出ているようだった。それに気づいた時、セリーヌの胸は締め付けられ、心の中で迷いや葛藤が湧き上がり始めた。
訪れた場所は、ブラッドの心そのものが映し出されたかのような場所だった。暗くて陰気な館の姿は、その雰囲気からしても、何か恐ろしい秘密を抱えているかのように感じさせる。セリーヌは馬車から降り、目の前にそびえ立つその古びた扉を見つめた。息を呑みながら一歩一歩、静かに足を踏み出し扉の前に立つ。
その扉が、重々しく音を立てて開かれると、暗闇の中からブラッドが姿を現した。以前の彼とは別人のようだった。目の下には深い隈ができ、顔色は青白く病人のように思えた。セレニティの館に押しかけて復縁を迫ったあの時の、まだ明るさが残っていた面影は、今ではまったく感じられなかった。
それでも、彼の目には、何か言い知れぬ力が感じられた。セリーヌはその目を見つめ、心の中で何かが震えるのを感じた。彼の存在そのものが恐怖で、悪霊に取り憑かれたかのような凄まじさを帯びているようだった。
「……来たか、セリーヌ」
その声は、長い間声を出していなかったかのように、ひどくかすれていた。さらに、ブラッドの周りには、どこか不気味で悪しき顔をした数人の男たちが現れた。彼らは、クロエをさらった際にブラッドに協力した。そして最近解放されたばかりの札付きの危険人物たちだった。
「私には、一人で会うように言っておきながら、あなたはどうしてこんな人達を連れてきたの?」
「奴らには、少し離れさせておこう。こちらも警戒しているからな。でも、まさか本当に一人で来るとは思わなかったよ。皇帝は君が心配じゃないのか?」
「ルドルフは心配してくれたわ。でも、それでも私の意見を尊重してくれたのよ。さあ、クロエをどこへやったの。今すぐ、あの子を返しなさい!」
娘を返せとセリーヌの声が、怒りを抑えきれずに震えながら、広大なホールの空間に響き渡った。その声は、誰もがその激しさに圧倒されるかのようだった。ブラッドは、予想外の剣幕に一瞬、動揺を見せたが、その表情に浮かべた冷笑が、すぐにその隙間を埋めた。彼女の怒りをもてあそぶかのように、挑戦的な微笑を浮かべていた。
「クロエなら、安全な場所にいる。とても、大事にしているさ。さすがは、俺の娘だ。日に日に、美しくなっていく」
「ふざけないで!」
「ふざけてなどいない。俺は、ただ、父親としての務めを果たしているだけだ」
そのあまりにも身勝手な言い分に、セリーヌは言葉を失った。目の前の男が自分の行動に対して一切の疑念を抱かず、心の底からそれが正義だと信じ込んでいるかのように感じられた。その思い込みが、彼の言葉や振る舞いに深く滲み出ているのが、セリーヌの胸に冷たい立ち上る寒気をもたらした。
ブラッドは、セリーヌの動揺を楽しむかのように、ゆっくりとした足取りで彼女に近づいてきた。その足音が、静寂の中で異様に響き、セリーヌの心をさらに焦がす。彼の瞳の奥には、冷静でありながらも何かが歪んだ狂気の炎が揺らめいているのが見えた。
「セリーヌ……俺は、お前を失いたくない。どうしてもだ。だから、戻ってきてくれ」
彼は突然、セリーヌの腕を掴もうと手を伸ばした。その瞬間、セリーヌは体が反応したのを感じ、ほとんど無意識にその手を払いのけた。彼の腕に触れた手のひらから、不快なものに触れたかのような嫌悪感が、胸にひやりとした感覚となって広がった。
「クロエを返してほしければ、俺の元に戻ってこい。あの皇帝を捨てて、もう一度、俺の妻になるんだ。そうすれば、また三人で昔のように幸せに暮らせる」
「……狂っているわ……」
セリーヌは、恐怖と怒りに体が揺れながら呟いた。この男は、正気を失っている。ブラッドが放つその眼差しは、彼が抱える深い孤独と絶望がにじみ出ているようだった。それに気づいた時、セリーヌの胸は締め付けられ、心の中で迷いや葛藤が湧き上がり始めた。
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