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第48話
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「き、汚いだと!? そんなこと言ったらパパ泣いちゃうぞ! えーん、うっうぅ、うわぁーん!」
「気持ち悪い……」
ブラッドはその言葉に、さすがに衝撃を受けた。曲がりなりにも王子に向かって娘の言葉はあまりにも酷すぎる。普段なら冷静さを保つことができるはずの彼も、今はその一言に心を打たれてしまった。
「ううっ…えぐっ、うぇぇん……!」
涙が自然と彼の目を潤わせたが、ブラッドはそれを誤魔化すために必死に泣き真似をした。けれど、内心ではその言葉が胸にじわりと響き、痛みとして広がっていった。どんなに堪えようとしても涙をこらえきれなかった。
「おかしな声ださないで! この変態男!」
「な!? クロエはいつから、そんな悪い言葉を使うようになったんだ! いくら天使みたいにかわいいクロエでもパパは許さんぞ!」
クロエの言葉は、重く冷たい石のように彼の心に落ち、動揺を引き起こす刃となった。その様子から、何かがカチンときたことがはっきりと見て取れた。
ブラッドは能力は低いながらも王子という立場にあり、これまでこんな激しい言葉を投げかけられることはなかったのだろう。そんなわけで彼は悪口に対する耐性が弱いのだ。しかも、それが実の娘から発せられた言葉であったため、彼の目には一瞬、驚きと戸惑いが入り混じった表情が浮かんだ。
「大好きなママを苦しませる悪者! あなたなんか死んじゃえばいいのに!!」
さらに、クロエの言葉は追い打ちをかけるように続いた。子どもの言葉は、時に無慈悲で残酷だ。彼女はそのまま追撃を緩めることなく、冷たい言葉を投げかけ続けた。その一言一言がブラッドの心を引き裂き、彼を深い絶望の底へと突き落とした。
(クロエ、ここまでパパのことを憎んでいるのか……俺はどうすればいいんだ)
地獄のような暗闇に飲み込まれていく感覚が、彼の全身を支配する。娘の中で膨れ上がる父への憎しみの波が、もの凄い勢いであふれ出している。それが本物であることをブラッドは否応なく受け入れなければならなかった。
◇
その頃、帝都シルヴァニアの皇帝執務室では、一人の男が焦りと後悔に胸を締めつけられながら机の前に座っていた。皇帝ルドルフは、顔をしかめながら、目の前に広げられた属国の地図を見つめていた。セリーヌがブラッドの元へ向かってから、今日で二十日が経つ。
セリーヌの護衛として付けた騎士からの定時報告は、『皇后様、ならびに皇女様も、ご無事です』といった何の変哲もない言葉ばかり。無事でも彼の心は決して安らぐことはなかった。ルドルフは報告の中に、微妙に隠された不安を感じ取っていた。言葉の裏に潜む微かな違和感に彼の心はざわついていた。
「セリーヌは、まだ戻らないのか!」
ルドルフは、とうとう声を荒げて叫んだ。その声は、部屋の静寂を破ってひどく響いた。思わず頭を抱え、再び机の上の地図に視線を落とす。
「やはり、私もついて行くべきだった……いや、私が護衛役になってでも、彼女のそばにいるべきだったんだ……」
ルドルフは、自分の判断を心の底から悔やんでいた。セリーヌの決意に満ちた瞳に、彼女の強さを信じすぎてしまった。だが、相手は皇女を誘拐する“正気ではない者”だ。
その思いが、彼の胸を締めつけて、自己嫌悪が圧し掛かるように深く沈んでいった。重い鉛の塊が心に乗り上げるように、逃れられない苦しみが彼を支配した。セリーヌとクロエの無事をこの目で確認するまで、彼の心は休まることはなかった。
「気持ち悪い……」
ブラッドはその言葉に、さすがに衝撃を受けた。曲がりなりにも王子に向かって娘の言葉はあまりにも酷すぎる。普段なら冷静さを保つことができるはずの彼も、今はその一言に心を打たれてしまった。
「ううっ…えぐっ、うぇぇん……!」
涙が自然と彼の目を潤わせたが、ブラッドはそれを誤魔化すために必死に泣き真似をした。けれど、内心ではその言葉が胸にじわりと響き、痛みとして広がっていった。どんなに堪えようとしても涙をこらえきれなかった。
「おかしな声ださないで! この変態男!」
「な!? クロエはいつから、そんな悪い言葉を使うようになったんだ! いくら天使みたいにかわいいクロエでもパパは許さんぞ!」
クロエの言葉は、重く冷たい石のように彼の心に落ち、動揺を引き起こす刃となった。その様子から、何かがカチンときたことがはっきりと見て取れた。
ブラッドは能力は低いながらも王子という立場にあり、これまでこんな激しい言葉を投げかけられることはなかったのだろう。そんなわけで彼は悪口に対する耐性が弱いのだ。しかも、それが実の娘から発せられた言葉であったため、彼の目には一瞬、驚きと戸惑いが入り混じった表情が浮かんだ。
「大好きなママを苦しませる悪者! あなたなんか死んじゃえばいいのに!!」
さらに、クロエの言葉は追い打ちをかけるように続いた。子どもの言葉は、時に無慈悲で残酷だ。彼女はそのまま追撃を緩めることなく、冷たい言葉を投げかけ続けた。その一言一言がブラッドの心を引き裂き、彼を深い絶望の底へと突き落とした。
(クロエ、ここまでパパのことを憎んでいるのか……俺はどうすればいいんだ)
地獄のような暗闇に飲み込まれていく感覚が、彼の全身を支配する。娘の中で膨れ上がる父への憎しみの波が、もの凄い勢いであふれ出している。それが本物であることをブラッドは否応なく受け入れなければならなかった。
◇
その頃、帝都シルヴァニアの皇帝執務室では、一人の男が焦りと後悔に胸を締めつけられながら机の前に座っていた。皇帝ルドルフは、顔をしかめながら、目の前に広げられた属国の地図を見つめていた。セリーヌがブラッドの元へ向かってから、今日で二十日が経つ。
セリーヌの護衛として付けた騎士からの定時報告は、『皇后様、ならびに皇女様も、ご無事です』といった何の変哲もない言葉ばかり。無事でも彼の心は決して安らぐことはなかった。ルドルフは報告の中に、微妙に隠された不安を感じ取っていた。言葉の裏に潜む微かな違和感に彼の心はざわついていた。
「セリーヌは、まだ戻らないのか!」
ルドルフは、とうとう声を荒げて叫んだ。その声は、部屋の静寂を破ってひどく響いた。思わず頭を抱え、再び机の上の地図に視線を落とす。
「やはり、私もついて行くべきだった……いや、私が護衛役になってでも、彼女のそばにいるべきだったんだ……」
ルドルフは、自分の判断を心の底から悔やんでいた。セリーヌの決意に満ちた瞳に、彼女の強さを信じすぎてしまった。だが、相手は皇女を誘拐する“正気ではない者”だ。
その思いが、彼の胸を締めつけて、自己嫌悪が圧し掛かるように深く沈んでいった。重い鉛の塊が心に乗り上げるように、逃れられない苦しみが彼を支配した。セリーヌとクロエの無事をこの目で確認するまで、彼の心は休まることはなかった。
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