彼女よりも幼馴染を溺愛して優先の彼と結婚するか悩む

第37話

アンドレは深く息をつき、心の中の霧が晴れたように、冷徹な声で言い放った。

「ああ、どうやら俺の頭はおかしかったようだ」

「アンドレ！」

「そんなにべったり寄ってくるな！　くっついてくるな、気持ち悪い！」

「……え……？」

「今までが、おかしかったんだ。お前に甘やかされ、いや、俺の優柔不断な性格が全ての原因だ。ニーナに対して無責任な態度を取ってきた。今、ようやくその事実に気づいた。これからは、もう迷うことはない」

キャンディの顔が驚愕と怒りに歪んだ。彼女の瞳が震え、涙が一粒ずつ頬を伝って落ちていく。

「私を裏切るというの！？　あんなにも優しくして、あんなにも思わせぶりなことを言っておいて、今更何を言うの！？　私、アンドレにとっては、ただの……ただの遊びだったの！？」

彼女の声は震え、心の痛みと怒りが混じったその言葉は、彼の胸に痛みとして突き刺さるはずだった。しかし、アンドレはその場に立ち尽くして微動だにしない。

「黙れ！」

その言葉は、鋼のように冷たく響いた。

「お前はただの腐れ縁だ。昔からの友達にすぎない。勘違いするな！」

アンドレは情を捨てて強く、キャンディの目をじっと見つめた。彼は剃刀のように細く鋭い目に変わっていた。

「俺が愛しているのは、ニーナだけだ。そして、これからもずっと永遠だ！」

「どうして……どうして、私じゃダメだったの？　小さい頃からずっと、あなたの側にいたのは私だったのに！」

彼女の目からは、涙が止めどなくこぼれ落ちていく。しかし、アンドレは突き放したような表情をしていた。

「ああ、そうだな。しかし、俺が人生をかけて守りたいと思ったのは、ただ一人、ニーナだけだ」

彼女が感情的に涙で訴えかける一方で、アンドレの声は、事務的にすら思えるほど冷たく響く。

キャンディは、疑念を隠せずに目を細めた。彼の態度はまるで別人のようだった。

「アンドレ、あの女に催眠術でもかけられたんじゃないの？」

思わず口をついて出た言葉。あのずる賢い公爵令嬢なら、そんなことをしてもおかしくはない。私の大事な幼馴染に何をしたかと怒りが膨れ上がり、今にも何かを投げつけたくなるほど気が気じゃなかった。しかし、アンドレの返答は予想外だった。

「ニーナの悪口を言うな！　次にニーナの悪口を言ったらぶん殴るぞ！」

アンドレの言葉を聞いて、キャンディは言葉を失った。彼の反応が、少し前の彼とはまったく別人のようだった。これまでの優しさ、そして自分に向ける親しみやすい笑顔はどこへ行ったのか？　その変わりように、心の中に深い違和感が湧き上がる。

（一体、昨日の間に何が起こったの？）

その理由を理解しようと、必死に頭を働かせたが答えはどこにも見つからなかった。アンドレの態度は、まるで180度性格が変わったように思えた。少なくとも自分に対しては少しでも情があったはずだ。しかし今、目の前にいる彼は、その情も温もりも感じさせない冷たい存在だ。

この変化の原因は一体何なのか――キャンディはそれを突き止めなければならないという思いに駆られたが、その思考の先には、まだ見えない暗闇が広がっていた。

キャンディは、泣き崩れながらも必死に立ち上がろうとする。しかし、アンドレはその姿を見ても何も思わず背を向けた。そして容赦なく言った。

「今度ニーナに会ったら、土下座してもらうからな」

「はぁ？　なんで私が、そんなことするわけないでしょ！　あの女に言われたの？」

彼女は声を震わせて叫んだが、アンドレの顔には一片の動揺もない。

「今、俺が決めた。自己中なキノコめ！　今度会った時は、お前の腐った根性を叩き直してやる。覚悟しておけ！」

「この人でなし！　裏切り者！」

キャンディは一歩踏み込んで叫んだ。アンドレは一瞬だけ振り返り、冷たい目でキャンディを見つめた。

「お前は土下座の練習を忘れるなよ。うまくできるまで何度でもやらせるからな」

「男の風上にもおけない、あんたなんか人間のクズよ！　……キノコってなによ？」

キャンディは息を呑み、彼の言葉を必死に受け止めようとしたが、言葉は唇を突いては吐き出される。アンドレは言い終えると足早に屋敷を後にした。

「うわああああああああああああああああああああああああッ!!!」

残されたのは、キャンディの絶望に満ちた泣き声だけ。彼女の涙は止まらず、声はがらんとしたホールに反響し続けていた。