婚約者を妹に取られた私、幼馴染の〝氷の王子様〟に溺愛される日々

第16話

彼は驚くナタリアやクラスメイトたちを完全に無視し、私を教室から引きずり出すと、そのまま人影のない廊下の隅まで引っ張っていった。そして、急に壁にドン、と手をつかれ、私は完全に逃げ場を失った。壁ドンだ。ただ、甘い雰囲気など、全く感じることはなかった。

「……なんで、髪を切った」

その声は地を這うように低く、何かを抑えつけるような響きを持っていた。彼の瞳には、見たこともないような怒りが浮かび、その冷たさがドライアイスのように、触れただけで火傷をしそうな冷たい熱を帯びていた。

「え……あの……」
「誰に言われた。誰かのために切ったんだ。男か！」

彼の言葉に私は思わず口をつぐむ。声も出せず、ただ震えた。

「ち、違う！　そうじゃなくて……」

怖い。どうしてこんなに怒っているの？　私はただ、カイルを驚かせたかった。喜んでほしかった。それだけなのに、どうしてこんな反応をされるのか、頭の中が真っ白になった。

「……似合って、なかった……？」

涙声でその言葉を絞り出すのが、やっとだった。もし、彼が本当に私の髪型を気に入っていなかったらどうしよう。良かれと思ってしたことが、全部裏目に出てしまったら。もし、私が彼の嫌いな存在になったら。恐怖で、指先がひんやりと冷たくなっていくのを感じた。

カイルは、私の涙目の訴えを受けて、一瞬、言葉を詰まらせ、気まずそうに視線をそらした。その姿に、私は胸が痛くなった。

「……逆だ、馬鹿」

その言葉を聞いて、私は一瞬耳を疑った。え？　今、なんて？

「似合ってる。似合いすぎてるんだよ！」

カイルの言葉が頭の中でぐるぐると回り、混乱して何度も考え直す。彼が言ったことが、私が予想していたものとは全く違っていたので、その反応に驚きすぎて言葉が出てこない。心の中で何度も自分に問いかけるけれど、答えが見つからず、ただただ呆然と立ち尽くすばかりだった。

「だから、腹が立つんだ」

私は、ますます混乱しながらも、さらに聞き返した。

「……は、腹が立つ？」

「お前がさっき教室で、他の男に褒められて、にやにや笑ってるのを見て、死ぬほど気に食わなかった」

その瞬間、カイルは恥ずかしそうに真っ赤な顔を隠すように、乱暴に自分の前髪をかき上げた。彼の頬が、耳まで赤く染まっている。その姿が、どこか愛おしくて私の胸が締めつけられる。

「……お前が、可愛くなりすぎて、他のやつらにモテるのは困る」

なにそれ。怒っていたんじゃなくて、実は私のために嫉妬してくれていたってこと？　彼の言葉をかみしめるうちに、ようやくその意味が少しずつ理解できてきた。心の中で、温かい何かが広がっていくような感覚がして、心臓が今度は嬉しさと愛しさで、違う意味でうるさく鳴り始めた。どうしようもなく胸がいっぱいになる。

「俺以外の前で、あんまり可愛い格好するな」

その言葉に、私は思わず苦笑を漏らした。

「……むちゃくちゃ言う」

「むちゃくちゃでいい。お前は、俺だけのものなんだから」

その一言が、今まで聞いたどんな愛の言葉よりも甘く、呪文のように心に染み渡った。彼の独占欲が、私を世界で一番特別な存在にしてくれるみたいに感じられた。心の中で安心感と幸福感がぐっと込み上げてくる。まるで暖かい光に包まれているような気がして、心がほっと落ち着くのを感じながら、自然と口元に笑顔がこぼれた。